青識亜論氏による「オープンレター」への「呪い」は二度刺す

本件は、署名者数ではなく署名人の名前と肩書きを掲載したことが問題だった派。政治的なリコールなどではないため、厳密な本人認証など必要はない。ただ、ネット署名の個人認証方法 を真面目に考えてみると中々難しい。

名前と肩書きを利用するのであれば、それを掲載した責任がある。にも拘わらず、本件が明るみになるまで「オープンレター」には問い合わせ先がなかった。また、発起人の記載はあるものの管理者や文責が不明なのも気になる。たとえば、津田大介さんなんかは名前を連ねているだけだろう。Twitter などを見るに、実質的には小宮友根さんが管理しているようである。

名前と肩書きが必須の賛同フォーム

「オープンレター」を読むと「研究・教育・言論・メディア」に関わる人の多くが賛同したことを示したかったろう。そのため賛同のフォームでは「肩書き」が必須となっていた。

フォームを見る限り、Googleアカウントは必須であるが、アカウントやメールアドレスは回答に含まれない形式になっています。
必須項目は「名前」と「肩書き」で、メールアドレスとコメントは任意。当初、肩書きは「所属」だったようだ。

「オープンレター」は研究・教育・言論・メディアに関わる人へのメッセージで、また、そのような人々が賛同していること示すために、フォームには「肩書き」を求めたのだろう。「オープンレター」に説得力を持たせるために賛同者の名前と肩書きを掲載したと考えられる。それならばメールアドレスの入力は必須にしておいた方が良かったのでは?

Change.org は、登録したメールアドレスに認証メールが送られてきて、あらためて認証することで賛意を表明する仕組みになっている。もちろん、メールアドレスさえあれば水増しは可能である。「オープンレター」でもメールアドレスの入力を必須にしたところで、なりすましは可能であるものの、ある程度はいたずらなどの抑止効果が見込めるだろう。

賛同した人を列挙するなら、賛同者に SNS などの投稿を同時に行わせるなども考えられるだろうか。ただし、「オープンレター」の性質上、その賛同者に攻撃が集まる可能性もある。
どちらにせよ、名前と肩書きを利用するならば、本人確認をせよとまでは言わないが、本人確認ができる担保をとっておくのが責任だろうしリスク回避だろう。つまり、「オープンレター」側は他人の名前と肩書きを使うのに、その扱いが非常に杜撰である。

青識亜論氏の呪い

「オープンレター」側が、フォームを機械的に掲載していたわけではなく、ある程度選別したのも本件の杜撰さを浮き彫りにしている。

青識亜論氏は「オープンレター」に賛同の意を表し、フォームに記入もしていたが、賛同者一覧には掲載されていない。
「オープンレター」の管理者は、以下のように賛同者をチェックし、掲載の可否を決定している旨を記載している。

賛同者(4月10日21:00時点1264名。形式上の不備やいたずら目的、レターの趣旨に反することが疑われる署名については対応を検討するため、掲載順は前後することがあります 。)

いたずら目的と思われるもの、特定個人への告発を目的とするものなど、本レターについて呼び掛け人側が意図した趣旨とは異なる根拠で賛同をしているものが少数あり、こうした署名については掲載を見送りました。

「オープンレター」の賛同者として青識亜論氏を記載するか否かに関わらず、氏が賛同したと述べた時点でネットバトル的には青識亜論氏は優位に立てるが、「オープンレター」側には不利にしか働かない。まさに呪いである。
そして、結果的にこの「呪い」が遅れて効果が発揮するあたりも、青識亜論氏の恐ろしさだ。ただ、これは「呪い」でもあり「オープンレター」側に名前を記載することへの「警告」でもあった。その点にまで考えを巡らせることができなかった「オープンレター」側の落ち度でもある。