図書館の本を地震の際に落とすべきか落とさないべきか

書籍を落とす図書館は利用者の安全を考えているか?

2021年2月13日の23時に福島県沖を震源とする最大震度6強マグニチュード7.3の地震が発生しまた。2011年3月11日に発生した東日本大震災の余震のようです。
マグニチュードこそ東日本大震災より小さいものの、揺れは今回の方が大きかったとの話もあり、東北地方を中心に被害が出ています。図書館も例外ではなく、書籍が本棚から落下し散乱した写真が Twitter にもツイートされていました。

そんなツイート群の中に図書館で書籍が本棚から落下し散乱していることを悲しんでいるツイートがありました。そのツイートに引用RTで書籍を落下させることで本棚の倒壊を防いでいるとの指摘があったのですが、疑問が浮かびました。

以前に、本棚から書籍の落下を防ぐ方策を調べていた際に、揺れを感知し書籍の落下を防ぐ商品があったのを思い出したからです。「落とすべき」というのは、この商品と矛盾するように思います。また、書籍に限りませんが棚から荷物を落とさない工夫をするグッズが防災対策として売られています。

そこで、地震の際に本棚から書籍を落とすのか落とさないのか、どちらがいいのかを調べてみました。

図書館事情によって異なる

先に結論を述べますが、図書館の建物としての構造、図書館施設としての用途、図書館の利用者、図書館の蔵書数、開架の具合、本棚の設置数や閲覧室の広さなどなど、図書館によって条件が異なるため一概に「落とすのが正しい」とか「落とさない方が安全」とは断言できません。

書籍よりも人命の方が大切です。書籍を落とさないようにすると本棚が揺れに耐えきれず倒壊する危険性があります。そうらないようにするには、書籍を落とし本棚の倒壊を未然に防いだ方が人命を守れます。しかしながら、書籍の落下により怪我をする可能性もありますし、散乱した書籍により避難経路を確保できない場合もあるでしょう。図書館の構造が強固で免震の本棚を設置できれば、書籍の落下を防止でき安全性を確保できます。しかし、そのためにはお金が必要です。予算の都合でそのような対策が取れない図書館は多いでしょう。

重い書籍は高所に置かないとか、避難経路を確保するように本棚を設置するとか、あるいはそもそも書籍が落下しないようにするとか、図書館施設や本棚の状況によって「書籍を落とす」「書籍を落とさない」を選択し、利用者の安全を確保する必要があるはずです。

つまりは、「書籍を落とした」のは安全ではありますが、それだけで本当に利用者の安全を考えているかは判断できないのです。

落とすべき?落とさないべき?

地震対策として書籍を本棚から落とすべきか落とさないべきかを調べてみると、ライブラリアン*1の間では、本棚を転倒させる危険性を軽減できるなら書籍を落下させた方が安全であるとの考えがあったようです。書籍よりも人命の方が大切で、書籍や本棚は復旧や修理ができますが人命はそうはいきません。

[特集]図書館と災害・安全対策 において、2003年9月26日に十勝沖で発生したM8の大地震における、帯広市図書館の様子が綴られています。その中から、著者の地震対策の考えを以下に引用します。

図書館に働く者として落下し床に散乱した本を拾い上げながら棚に戻すときほど切ない思いをすることはない。表紙が折れ,ページが破れた本たちの姿を見ると,彼らの叫び声が聞こえそうで胸が痛む。だが,書架の転倒により利用者が受ける恐怖や被害を思えば,何を最優先すべきか,結論は見えている。落下しにくく,利用しやすく,開架冊数が多く,床面積が広すぎないなどとは夢。

要するに、書籍よりも人命が重いので、書籍を落として棚の転倒を防ぐべき。落下しにくいのが理想ではあるが、それを実現するのは困難であるとの見解です。

筑波大学附属図書館長であった植松貞夫氏が記した 図書館建築と設備(PDF, 2009年) における「6. 強い地震に対する安全確保の対策」にも以下のようにあります。

高書架はしょうぎ倒しになり、低書架は横に移動する。いずれからも本が転落する。(書架は本を振り落とすことで転倒・崩壊を免れる、人が書架間にいる場合には、本が降ってくる危険があるが、 そうでないと書架が倒壊する)

ここでも、本棚を倒壊させるよりは、書籍を落下させた方が安全であるとの主張が見られます。ただし、本棚を倒壊させない工夫も述べられています。

一方で、図書館などに本棚を卸す業者は、書籍を落下させない設備を売りにしています。たとえば、日本ファイリングはブックキーパーという書籍落下防止バーを販売しています。普段は書籍がスムーズに出し入れできるように落下防止バーが下がっていますが、揺れを感知するとバーが自動的に上がり、書籍の落下を防ぐ仕組みになっています。

ブックキーパー | 図書館/研究室/オフィス | 製品情報 | 日本ファイリング株式会社

あるいは、金剛株式会社のウェブサイトには文字通り、| 図書館の地震対策 | 金剛株式会社:KONGO という特集ページがあります。免震の本棚などが紹介されており、書籍を落下させない利点として、落下時の怪我防止、避難通路の確保、書籍の保護および復旧作業の軽減などが挙げられています。

「落下させる」から「上手に落とす」へ

地震対策として書籍を「落とす」と「落とさない」の二つの主張が見つかりました。ただ、調べて行くと、2011年の東日本大震災以降では「落とす」から「上手に落とす」にシフトしているように思われます。

2012年12月に第23回保存フォーラム「地震に対する図書館の備え―良かったこと,分かったこと」が開催されました。
揺れたとき本を落とすか落とさないか,あるいはどううまく落とすか - ささくれ にその感想が書かれています。落とした方がいいが、落とすことでのデメリットや危険性があることが述べられています。

東北学院大学図書館事例報告(PDF) はフォーラムで使われたスライドのようです。発表者である佐藤恵氏は、人命の方が大切であり本棚や資料は修理できるので、書籍を落として本棚の倒壊を防ぐべきだと考えられおられたようです。しかし、東日本大震災から本が散乱し避難の妨げになる可能性が示され、書籍を落とさない場所も必要なのでは?と提言しています。

同フォーラムにおける、建築家の柳瀬寛夫氏のレジュメ(PDF) にも、従来は「本棚を倒壊させるなら、書籍を落下させた方がいい」と考えられていたが、東日本大震災以降はその考えを見直す声が上がっていることが紹介されています。
同レジュメでは、書籍を落下させない方策を紹介すると共に、書籍を落下させる場合にも高所には重い本を置かない、あるいは落下防止策を施す、避難経路に書籍を落とさないなどの指針が示されています。また、書籍の落下を防ぐ手法も紹介されています。
さらに、同レジュメには倒壊した本棚の事例が写真付きでまとめられているので必見です。

落とさない工夫

本棚を扱う岡村製作所の社員が記した 図書館家具と地震(PDF) には、本棚などを扱うメーカーと図書館の双方が、書籍を落とし本棚の倒壊を防ぐべきと考えていたことが述べられています。
しかし、獨協大学天野貞祐記念館内の図書館を請け負う際に書籍が落ちない本棚が求めら、それが転機となり書籍が落ちない本棚の設置を行うようになったと記されているます。
天野貞祐記念館内の図書館は面積に対して蔵書数が多いため本棚を高くしたいのと、地震の際に本が落下すると復旧に時間がかかるため、書籍の落下しない図書館および本棚を望んでいたようです。岡村製作所は、その要望に見事に応えることができました。そして、他の図書館でも書籍を落下させない本棚が設置させていきました。
記述の最後に、地震は震度やマグニチュードなどの数値のみで見るべきで無いと締められていたのが、印象深かったです。

書籍を落とさないことが念頭に置かれた図書館として、北海道の 新ひだか町図書館 があります。同図書館は新館を建設する際に、2003年の十勝沖地震の被害を踏まえ、地震対策が行われました。建物の耐震構造に加え、本棚そのものが基礎に組み込まれています。さらに、本棚にはすべり止めシートが利用されています。

終わりに

従来は人命のため書籍を率先して落とし本棚の倒壊を防ぐことに重点が置かれていました。しかし、阪神淡路大震災東日本大震災など、数多くの地震を経ることで「落とす」ことのデメリットや危険性が顕在化してきました。
背の高い本棚は書籍の落下そのものが危険ですし、また落下により散乱した書籍により避難経路が塞がれる危険性もあります。また、人命が大切とは言え、落下した書籍にはダメージがありますし、それらを修復するのは多大のリソースが必要です。それならば、図書館を新設する際に、そもそも書籍を落下させない、あるい落下しても復旧しやすい設計にする道もあるでしょう。

座談外「大学図書館と危機管理ーふたつの大震災に学ぶ」(PDF)


最後に、筑波大学附属図書館長であった植松貞夫氏が2020年に発表した 図書館建築と図書館家具(PDF) から以下を引用します。

何もしなければ,強い地震では高書架はしょうぎ倒しになり,低書架は横に滑る。連方向にも歪む。書架の転倒は重大事に至る可能性が高いので避けなければならない。高書架は縦横比のバランスが悪いので,本を含めた総重量が重いほど,また重心が高いほど,書架自体に作用する地震力は大きくなり転倒の恐れは高まる。従って,自立型の高書架は床に固定するとともに書架の支柱どうしを書架間通路上部でつなぐ「頭繋ぎ」を施す。同じく低書架には床固定のみを施す。連方向の揺れには書架の中心部にブレース (筋交い)を入れることで対応する。木製書架では書架中央に付ける背板がこれに代替する。壁に沿って置く単式書架は,床固定に加え背面や上部を壁に緊結する。
上記のような固定を専門の施工者が行えば転倒の心配は ないが,本の重さを含めた書架の総重量を軽くし,かつ重心の位置を低くすれば書架にかかる地震力は小さくなり,大きな揺れでの変形を避けることができる。すなわち,揺れの早い段階で高い棚から本が落下することは地震力の軽減になり,書架のダメージ防止には効果的と言える。

つまりは、適材適所。図書館や本棚を耐震や免震にすることも大切だが、それができない場合には書籍を落下させ本棚を倒壊を防ぐべしと。
故に、本棚を倒さないために書籍だけが先に落ちる図書館もあれば、そうでない図書館もある。書籍の落下による怪我や、散乱した書籍による避難経路の阻害などもあるため、落下させない本棚も必要。また、図書館の復旧にかかる時間と人的リソースを考えると、書籍の落下しないことを目指した図書館もありえるのです。

*1:ここでは大学図書館の司書を念頭にしています