シドニアの行く末と 長道とつむぎの未来

弐瓶勉作品であるシドニアの騎士が2014年の春から3Dアニメとして放映されている。監督のインタビュー記事や、マンガ☆ライフ |『シドニアの騎士』とポリゴン・ピクチュアズが魅せるフルCGの挑戦について でも語られるようにフル3DCGであることの利点を用いたアニメ作品で非常に興味深い。音響が良いなと感じていたが、監督によると映像の納期が遅れないため、音響にきっちりと時間を割くことができるのだという。
アニメ版はほぼ原作通りであるが、ストーリー展開が一部再構成され、緑川纈が司令補に抜擢された経緯が描写されるなど、原作では描かれていない補足描写も追加されている。話の構成が原作と異なるため、エナ星白に怯える岐神海苔夫や、イザナが義手、義足化する前に基底湖そばの旅館へ行くなど、原作との違いも見られる。シドニアの騎士弐瓶勉の中でも分かりやすい作品ではあるが、アニメは更に理解しやすいように描かれている。


シドニアの騎士は、弐瓶勉作品の中では分かりやすいが、それでも謎が多い。本稿ではシドニアの騎士の世界観について、弐瓶勉作品である、BLAME!BIOMEGAなどを踏まえて語っていく。故に、弐瓶勉作品のネタバレを含む。

弐瓶勉作品のキーワード

弐瓶勉作品を読み解く上で重要となるのは、カオス、不死、人間の超越、そして敵対者との融合である。


カオスは主人公達の敵対する状況であり、主人公の目的は秩序を取り戻すことにある。
不死者が多く存在するが、望んで不死になったものと、不死として生まれたものに二分される。主人公達は不死として生まれたものであり、望んで不死となったものと敵対することとなる。
カオスは人間を超越しようとしたものにより発生する。つまり、人間の超越を目指すものはやはり主人公の敵である。
しかしながら、敵対者との融合無くして弐瓶勉作品は終局を迎えない。
シドニアの騎士における、カオス、不死、人間の超越、そして敵対者との融合を他の作品と比較しながら、シドニアの行く末、そして長道とツムギの未来について考えて行きたい。


先ずは、BLAME!BIOMEGAについて簡単に触れながら、シドニアの騎士の中核とも言えるガウナについて語っていきたい。

カオスとの戦いを描く弐瓶勉

弐瓶勉作品はカオスが舞台であり、カオスとの戦いが描かれている。カオスを維持、生成するものが、主人公達と敵対するものである。カオスの誕生は何かしらの意思が介在しているが、カオスの振る舞いは自然災害のそれに近い。
シドニアの騎士におけるカオスとはガウナそのものだ。ガウナにも意思はあるようだが、人間との意思疎通は不可能であり、そのため人間にとって殆ど厄災であり自然災害に等しい存在として映る。

BLAME!はネット端末遺伝子を有する人間によるアクセスの無くなった都市構造そのものがカオスである。主人公であるキリイ(霧亥)は都市の秩序を取り戻すためにネット端末遺伝子を探し求めている。

BIOMEGAでは、ドローン禍がカオスであり、それを引き起こしたナレイン将軍やニアルディと主人公である庚造一らは敵対している。その後、地球は復物主の世界として改変される。そして、その復物主の世界でもドローン禍が発生しており、造一らはニアルディと戦うこととなる。

無秩序な都市構造 BLAME!

BLAME!のスピンオフであるNOiSEによると、BLAME!開始時からおよそ3000年以上も前の人類は自身を直接ネットにアクセスできるように身体を機械的、遺伝子的に改変していた。電脳コイルのような拡張現実が直接網膜に映し出され、自らの記憶や精神をネットにバックアップすることも可能であったようだ。人類がネットへのアクセスする際は「ネット端末遺伝子」による承認が必要であった。

しかし、とある厄災により人類は「感染」し「ネット端末遺伝子」が傷つけらる。厄災の原因は、種々の示唆がなされているがよく分かっていない。管理者を失った都市は秩序を失い肥大化していく。NOiSEによると都市構造体は月にまで到達しているようだ。
ネットに接続している人間を守る、つまり秩序を司るはずであったセーフガードは「ネット端末遺伝子」を持たない人間を排除している。結果としてセーフガードはカオスを維持する存在に成り下がっている。
無秩序に拡張された世界で生きるのはケイ素生物である。ケイ素生物は、セーフガードの技術を流用した教団によりケイ素ベースに作り替えられた人間の末裔である。カオスから生まれたケイ素生物は、カオスである無秩序な都市構造を存続させなければならない。彼らは、「ネット端末遺伝子」によりカオスが是正されると秩序を取り戻した都市から排除される。つまり、「ネット端末遺伝子」を求めるキリイとは敵対関係にある。

無秩序と不死者による世界改変 BIOMEGA

人類は24世紀に火星に入植するが、そこで偶然にも極めて毒性と感染力の高いN5Sウィルスを作り出してしまう。人間がN5Sウィルスに感染すると強い再生力を獲得するが、知性はほぼ失われ、ドローンと呼ばれるゾンビのような状態に変質してしまう。N5Sウィルスによるドローン禍によって、火星入植者は全滅する。

その7年後にレーフがDRFの前身となるマイクロボルト社を創設。レーフは自らに延命処置を施し、ついには不老不死の肉体を手に入れる。彼は種族全体を不老不死化する「人類総改換計画」を打ち立てた。
DRFの現総主であるニアルディは人間が増えすぎるとそれに反発。一方DRFの下部組織である公衆衛生局のナレイン将軍は不老不死化による人口統制を掲げ「人類改換計画」に肯定的な立場を取る。二人は親しい間柄であったが、思想の違いにより袂を分かつこととなる。
ナレイン将軍らは毒性を弱めたN5Sウィルスを用いて、知識を保ったままた強い再生力を有する新しい人類を創成を目指した。人間を超えた存在への転生を目的とする点は、BLAME!におけるケイ素生物を生み出した教団の理念とよく似ている。
一方、ニアルディは残留思念を読み取る能力により発見した復物主を用いて地球を自らの望む世界に改変しようとしていた。復物主はどんなものでも作り出せるが、地球を改変するには多量の逆相写像重合体の元となるドローンが必要であった。つまり、ニアルディとナレイン将軍の最終目標は異なるが、ドローン禍を起こす必要があった点では一致しており、DRFは地球でドローン禍を引き起こすために、火星へと探査船を送る。


東亜重工はドローン禍の発生を阻止するためDRFと対立する。N5Sウィルス対策として、合成人間である庚造一らを製造する。造一はドローン禍の拡散の阻止とN5Sウイルス適応者を発見するために、重二輪に搭載された人工知能カノエ・フユと共に、人工島9JOへと潜入する。そこで、N5Sウイルス適応者と思われるイオン・グリーンと、彼女を保護する二足歩行をし人語を用いる熊のコズロフに出会う。ゴズロフの見た目はシドニアの騎士のヒ山によく似ている。

造一らの活躍もむなしく、ドローン禍は世界に拡散し、ニアルディの思惑通り地球は復物主により改変されてしまう。しかしながら、実際に構築されたのはニアルディの望む世界では無く、コズロフの無意識下の世界であった。復物主の世界は、直径100キロメートル、長さ50億キロメートルの紐状であり、ゴスロフの曖昧な思考により作製されたため、地球に比べてカオスな世界となっている。
ニアルディは復物主の世界においても実質世界を統治しているDRFの総主であるが、復物主に吸収されかけている。復物主を完全に支配するために、新たな肉体として復物主の子であるフニペーロを生み出すが、フニペーロは造一らと協力しニアルディと戦うこととなる。
フニペーロはニアルディと同等の能力を有し、思念束*1や示現構成体*2を操る。

復物主の世界でもドローン禍は発生している。ニアルディの仕業なのかは分からないが、ニアルディが復物主から分離できれば再度自分の望む世界の創成をドローン用いて実行可能である。

カオスそのものであるガウナ

シドニアの騎士におけるカオスとはガウナに他ならない。シドニアの騎士とはどのような物語かを語ることは、ガウナとは何かを解きほぐすことに他ならない。

ABARAのガウナ

ABARAの奇居子は正体不明の生物で、「胞」(えな)に身を包み人間を捕食して大きくなる。示隔空間を展開することで人間の目で見ることのできない状態となる。
人間が奇居子になることもあり、その場合は白奇居子と呼ばれる。白奇居子を元として、対奇居子として開発されたのが黒奇居子である。ABARAの主人公である駆動電次は黒奇居子に改造された人間である。駆動電次は人間としての知性と精神を有しているが、同じ黒奇居子である那由多には殆ど知性が無い。これは黒奇居子化される際に失われたためである。那由多は黒奇居子を移植された阿由多と同調している。白奇居子を駆除する際には那由多は阿由によってコントロールされる。
黒奇居子は奇居子に対抗するために奇居子から作り出され、那由多は同調した阿由多により遠隔操作されるなど、シドニアの騎士の融合個体と共通する点が多い。

シドニアの騎士のガウナの基本性質

シドニアの騎士のガウナ(奇居子)は丸い本体とそれを包む胞衣(エナ)から構成される。ヘイグス粒子をエネルギー源とし、エナはヘイグス粒子により生成される。ヘイグス粒子は宇宙空間に無尽蔵に存在するため、ガウナはエナを幾らでも展開できる。また、殆どの観測装置により発見されない不可視化状態になることもできる。エナに包まれた本体や不可視化などはABARAの奇居子と共通する点である。

ガウナは本体が破壊されない限り活動を停止しない。活動を停止させるためには、外皮であるエナを排除し、露出した本体をカビで破壊しなければならない。本体撃破前に分離したエナは、分解すること無くその形状を保つことがある。本体より分離されたエナの寿命は不明だが、恐らくほぼ不死に近いと考えられる。

ガウナによる地球の破壊

シドニアの歴史を追いながら、ガウナの性質を解き明かしていこう。
ガウナはヘイグス粒子とカビに群がる性質を有している。人類はヘイグス粒子利用以前にガウナに接触していたが*3、ヘイグス粒子を利用し始めるまではガウナが人類へアクションを起こすことは無かった。人類がヘイグス粒子を利用すると同時に、ガウナが地球へ侵攻*4したのも、ヘイグス粒子に群がる性質のためであろう。
星白によると、ガウナは地球に降臨した際に初めて人型を取ったようだ。個人的にガウナの地球降臨のイメージは、巨神兵東京に現るに近い。人型ガウナのイメージもナウシカ巨神兵に近く、衆合船などはナウシカの植物や粘菌を思わせる。
ガウナの地球降臨により地球は破壊され、人類はシドニア*5をはじめとする播種船を建造し太陽系を脱出し、新天地の探索を余儀なくされる。


ガウナはヘイグス粒子に群がるため、人類がヘイグス粒子を利用しなければ脅威にならない筈だが、遠距離通信、惑星間航行やテラフォーミングのエネルギー源としてヘイグス粒子は不可欠であり、地球を失い新天地を求める人類にとってガウナの脅威に怯えつつも、ヘイグス粒子を利用する以外に手立てが無い。

カビの発見とエナの性質

ガウナを討伐できるカビは、知的生命体により建造されたと思われる浮遊物内で、シドニアの現艦長である小林らにより発見された*6。シドニアと最も近い距離にあった播種船であるアポシムズとの交信はそれ以前に途絶えているため*7、シドニア以外の播種船がカビを有しているかは不明。
カビはエナの性質を利用し人工的に製造できる。建造物内から回収されたカビもエナの性質によって作られたと考えられる。つまり、技術的にはシドニア以外の播種船でもカビは製造可能である。


本体撃破前に分離したエナは、撃破後も本体なしで活動可能である。エナはあらゆるものの完全なるコピーを作り出すことが可能で、人間をコピーしたエナは、本人の記憶と人格を保有している。生殖も可能で女性型のエナからは身体はエナだが人間の心を有する融合個体が生まれる。
シドニアでは脳を取り出された融合個体のエナから人工カビや非常に固い装甲などを製造している。かなたのエナからは製造された重力子放射線射出装置のように、エナを利用すれば仕組みが不明なものも作製可能である。


衛人を再現した紅天蛾(ベニスズメ)や、エナ星白、仄炒をコピーした巨大なガウナ仄炒など、ガウナはエナを用いてあらゆるもののコピーを生成している。また、先の重力子放射線射出装置など原理が不明の装置もエナは製造可能である。恐らく、カビも建造物を作った知的生命体により製造されたのであろう。
コピーに留まらず、どのようなものでも生成可能なエナの性質はBIOMEGAに登場する復物主によく似ている。復物主自体に意思はなく、生成を望む者の意思によりあらゆるものが生成可能である。復物主は地球自体を全く異質な世界に作り替えることすらも可能である。

ガウナの目的は?

シドニアを襲うガウナの目的は、ヘイグス粒子、カビ、および融合個体の接触および回収だろう。
本体から剥離されたエナがヘイグス粒子に引き寄せられないことと、ガウナ本体がヘイグス粒子を利用しエナを生成していることから、ヘイグス粒子に群がる性質は本体によるものだろう。
一方、外生研のエナ星白がシドニアの保管するカビをずっと見つめていた点、人工カビを製造している脳を取り除かれた融合個体がガウナを引きつける放射線を発している点、かなたが非常に小さなガウナを発見できた点などを考慮すると、カビや融合個体に惹かれるのはガウナ本体では無くエナの性質だと考えられる。


ガウナの目的はヘイグス粒子を得ることであるが、それだけでは無いように思える。
ここからは、私の推測になるがガウナとエナは元々別の生命体だったのではないだろうか。
ガウナは「寄居虫(ごうな:ヤドカリの意)」の古名「がうな」が名前の由来である。また、エナはガウナ本体の生死に関わらす単独で活動可能である。以上の二点から、ガウナはエナにヤドカリが殻を借りるように寄生した生命体なのではないだろうか。

エナは何かを生成するため、つまり活動するためには、他者の意識が必要である。意識というよりも、イメージを思い浮かべる力、想像力や自我と言った方が良いかも知れない。エナは何かを生成するために自我の元ととして、ガウナ本体が必要となる。
BIOMEGAの復物主も、他者の想像力なくしては活動ができない。BIOMEGAにおいて、復物主と融合したニアルディは自我を復物主に吸収されかけている。ドローン禍自体も、そもそもは復物主の性質によるものと考えると、復物主の目的はドローン禍を引き起こしながら、あらゆるものを取り込み成長することにあるのだろう。
シドニアの騎士においては、ガウナ本体とエナのどちらが主体かは分からないが、彼らが繁栄するためにはより多くの想像力を取り込む必要がある。特にガウナ本体が有さない想像力が必要だ。その結果が、星白を取り込むことで生み出した紅天蛾(ベニスズメ)であろう。これにより、ガウナは人間のような戦略や戦術でもってシドニアを襲い始め、より効率的にシドニアを襲撃できるようになった。つまり、星白をコピーすることでガウナは自らを進化させたわけだ。
紅天蛾(ベニスズメ)には、エナ星白が搭乗しているが、復物主に対するニアルディのように、自我が完全に吸収されている。エナが剥離された紅天蛾(ベニスズメ)の本体は、エナの生成をはじめる際にエナ星白も再生成する。再生成されたエナ星白は人間だった星白の完全なるコピーであるため星白の記憶を有している。しかし、人間とは異なる自我が上書きされることで、元の人間としての意識を消失させられ、その記憶だけが利用される存在となっている。
この意識が消失する過程は、R-TYPEにおける、パイロットがバイド化していく過程に似ているなと思う。シドニアの騎士の設定は、SF系シューティングゲームの状況設定に近いなと感じる。シューディングゲームの場合は、往々にして脅威により人類が追い込まれ、自機となる精鋭単騎に人類の生存をかけるからであろうが。


ガウナにおける主体が、本体なのかエナなのかは分からないが、長くエナを利用したことで本体の意識が喪失し、ヘイグス粒子を追い求める性質のみが残ったと考えると面白いかも知れない。
エナが知的生命体によりそう点や、異種交配可能で不定型な知的生命体である点は手塚治虫火の鳥に登場するムーピーを思わせる。シドニアの騎士につきまとう不死性を加味するに、不老不死をテーマとした火の鳥との関係性も深そうだ。

死と不死の物語

シドニアの騎士は死の物語であるが、不死がつきまとう。多くの操縦士が亡くなり、一般船員が犠牲になる。その一方で不死の船員会なるものが存在する。小林やユレ博士は、不死の船員会の一員で、彼らは、クローンに自らの脳を換装しつつ薬物により老化を抑えている。主人公の長道は遺伝子操作による生まれついての不老で、驚異的な蘇生力を有するため事実上の不死である。

ガウナも本体が破壊されない限りは不死である。融合個体も心臓が破壊されない限りは死ぬことはない。
シドニアの騎士は不死がつきまとうが、弐瓶勉作品のおいて不老や不死は特別なことでは無い。

不老で事実上不死の主人公たち

弐瓶勉作品の主人公は不老不死である。
BLAME!のキリイは、高度にサイボーグされた人間である。物語中では長い年月が経過するが老いることは無く、見た目はずっと20代のままであった。驚異的な蘇生力を有し、致命傷を負っても時間がかかるが蘇生可能で、事実上の不死である。
BIOMEGAの庚造一は東亜重工によって造られた合成人間であり、そのため作中で脅威となるN5Sウィルスに感染することはない。作中では数百年が経過しているが見た目が変わることは無く、不老である。高い再生力を有し、殆ど不死に近い。
ABARAの駆動電次も黒奇居子であるため、高い再生力を有しそう簡単には死なない。不老か否かは不明だが、奇居子のためその可能性は高い。

長道も弐瓶勉作品の主人公たちと同じく不老であり、彼らと同程度の不死性を有する。ただし、不死とは言っても火の鳥に登場する不死者のように、バラバラにされても再生できるほどの不死性では無い。


シドニアの住人は光合成ができるように遺伝子操作されている。それでも週一回程度は食事を取るようだ。恐らく、光合成では作り出せない栄養素を補っているものと考えられる。長道は遺伝子操作されたヒロキの換装用クローンであるが、光合成することができない。換装用クローンを利用している小林やユレ博士が光合成を行っているため、長道も光合成ができるように遺伝子を操作できるはずである。長道が光合成できないのは、不老化による影響か、高い再生能力のために必要な処置だったのかもしれない。あるいはヒロキは食べることが好きだったのかもしれない。

食事の必要性は主人公によって異なる。これはそれぞれの物語の性質が異なるからであろう。
BLAME!のキリイはスティック状の食料を摂取していた。作中の描写から、恐らく長期間食事を取らなくても生きていけると考えられる。BIOMEGAの庚造一は合成人間である。合成人間は食事を取らなくても,僅かな水のみで活動可能である。
ABARAの駆動電次は主油養殖で身を隠して生活できていた事から、普通の人間と同程度の食事をしていたと考えられる。ただし、必ずしも食事を摂取しなければならないのかは不明である。長道は星白との漂流のエピソードより、通常の人間程度の期間食事をしなければ餓死するものと思われる。

主人公以外の不死者

弐瓶勉作品には、主人公以外にも数多くの不死者が登場する。不死のあり方も様々である。ここではBLAME!BIOMEGAに登場する不死者を紹介し、シドニアの騎士と比較していく。

データ化されたBLAME!の不死者

BLAME!のシボは、事故により死亡したが、その後保存されていた人格を元に再生されている。身体と人格が分離しており、様々なボディに人格を換装できる。人間では無いセーフガードのボディを利用したこともある。BLAME!におけるネット端末遺伝子を有する人間も人格がネットに保存されているため、本来的には不死である。ただし、ネット端末遺伝子によるアクセスが無い限りがネットに保存されたままである。
人格を保持したまま新しい身体に換装することで不死であり続ける点は、シドニアの騎士における不死の船員会の理念に近いだろう。落合の身体改造血栓虫などを考慮するに、シドニアでも人格をデータ化することで不死として生き続けるのは技術的に実現できそうである。にもかかわらず、それを行っていないのは落合の開発した技術であるため避けられているのか、落合が技術を破棄してしまったのか。あるいは、シドニアでは資材が限られているため、高価でメンテナンスが必要な機械を使うよりもクローンを使った方がコストパフォーマンスが良いのかもしれない。また、一般には不死の船員会の存在は知らされていないため、一般船員と区別がつかないようにする目的もあるだろう。一般船員のふりをするのは小林の趣味でもある。


BLAME!においては、ケイ素生物も不死である。NOiSEの裾野結はケイ素生物となって3000年近く生き続けている。

BIOMEGAにおける様々な不老不死者

BIOMEGAには様々な不死者が登場する。
物語のキーとなる、リオルードやイオン・グリーンは生まれつき不老不死だ。人間のように見えるが、人間とは異なる種であるため人間と生殖することはできない。不死性は極めて高く、イオン・グリーンは重二輪に轢かれて重体を負っても即座に回復した。リオルードは火星で700年も過ごし生き続けていた。
レーフは延命を繰り返し、レーフとリオルードの受精卵から作られたレーフの換装用クローンに自らの脳を移植することで不老不死となった。ニアルディも世界第二位の高齢者でありながら見た目は20代であることから、恐らくレーフが用いた技術により不老不死となったと考えられる。ナレイン将軍が同じ不老不死なのかは分からない。ナレイン将軍は身体改造されているため、改造による延命の可能性もある。

熊の姿のゴズロフはイオン・グリーンの遺伝子を有するため不老不死である。ただし再生能力はイオンほど高くない。ゴズロフはレーフとリオルードの受精卵から作られたレーフの換装用クローンから取り出した脳を、レーフが飼っていた熊に移植したことで生まれた存在のため、熊部分の再生能力は高くないのだろう。また、ゴズロフは食事を摂取する必要がある。
ゴズロフの見た目はシドニアの騎士のヒ山によく似ている。ヒ山自身も不死の船員会であるから不死のはずである。彼女自身は熊の身体はある種の生命維持装置と説明している。ゴズロフと異なり、背中に縫い目があることから熊の中に人間の身体があるのだろう。食事を摂取し無ければならない点はゴズロフと共通している。シドニアにおいて不死の研究が始まり前から熊の姿であり、現在の身体が換装用クローンなのか、それともずっと同じ身体なのかもよく分からない。落合も身体改造をしていたことから考えて、生命科学的な身体改造技術のひとつなのかもしれない

復主物の子であるフニペーロは、ニアルディが自らの換装用として作った存在なので恐らく不老不死だろう。不老ではあるが長道同様にある程度成長している。

エゴとしての不死者

シドニアの騎士は死の物語である。一般船員や衛人操縦士は意図もたやすく命を落とす。一方で不死もつきまとう。ガウナはもちろんのこと、長道は不老不死だ。そして、不死の船員会がシドニアを統制している。
不死の船員会が不老不死として生き長らえているのは、シドニアを存続させるためという名目だが、実際はシドニアを自分たちの思い通りに管理統制したいというエゴによるものだ。長道が不老不死なのも小林艦長自身のエゴによる。

死がつきまといながら、限られた不死者のエゴにより世界がコントロールされている様はFF10によく似ているなと感じる。FF10はエボンジュにより作られたシンと究極召還による死のらせんを描いた物語である。究極召還を繰り返すエボンジュを破壊しない限り、それをまとうシンは何度でも再生する。ガウナの本体とエナを思わせる関係だ。シンの中には夢として再現したナルカンドが存在するが、シュガフ船に取り込まれた灰炒が見た世界もガウナかエナが再現したかつて存在した世界なのかもしれない。


さて、弐瓶勉作品の不老不死者は二種に大別できる。望んで不死者になったものと、不死として誕生したものだ。そして、望んで不死者となったものはエゴの塊として描かれる。、望んで不死者となったものは主人公と敵対している。
BLAME!のケイ素生物は、人間を超越するために自らを改造した人間のなれの果てである。BIOMEGAのレーフやニアルディは目的は異なるが、それぞれの望みを果たすために不死者となった。レーフはリルオードに会うためという個人的な目的だが、ニアルディの目的は世界の管理統制である。ニアルディの目指すものは、シドニアにおける不死の船員会のそれに近い。

一方で、長道は望んで不死者になったわけでは無い。ヒロキも不死者として生き続けることを望んではいなかった。
BLAME!のキリイも望んで不死者になったわけではいだろう。シボも同様で、共に目的のために生かされている存在だ。この点はヒロキや長道の置かれた状況に近い。
BIOMEGAの造一ら合成人間は、そもそもが造られた存在だ。フニペーロも同様。彼らは長道と共通する点もあるが、どちらかというと融合個体であるつぐみとの方が相関性が高い。また、BIOMEGAにおけるリオルードやイオン・グリーンらは生まれつき不老不死者である。ゴズロフも望んで不老不死になったわけではない。リオルードやイオン・グリーンは不死を望むものに利用される存在として描かれている。

長道やヒロキは、カオスと戦うために不老不死にされた人間で、この点はBLAME!のキリイに共通する。一方、つむぎはカオスへ対抗するために造られた人間を超えた存在であり、BIOMEGAの合成人間やフニペーロ、ABARAの黒奇居子に近いだろう。

ヒロキはなぜ不死を拒んだか

ヒロキは不死の船員会であったが、不老不死者として生き長らえることを拒んで行方をくらませる。その後老化した状態で発見され延命のための換装用クローンが作られる。その際に小林の命によりヒロキのクローンは生まれついての不老として遺伝子操作される。恐らく、不死を拒むヒロキを不死の船員会として強制的に生き長らえさせるための処置だったのであろう。
しかしながら、ヒロキは換装用クローンを奪い再度姿をくらませる。そして、自らのクローンを孫として育て自らの技術を伝えた。

ヒロキによって育てられたクローンである長道は、シドニアの住人の命を何よりも重要だと考えている。小林は長道の性格がヒロキによく似て来た評している。ヒロキも長道と同様の思いを持っていたからこそ長道を育て技術を伝えたのだろう。
不死の船員会は、シドニアの住人よりも、自らの経験や知識、つまり命を存続させることに重きを置いている。小林の目的はガウナの殲滅であり、やはり住人の命は二の次と考えている。この考えの違いが、ヒロキが不死の船員会から去った理由であろう。
長道の気持ちも、エゴの塊である不死の船員会や小林の思想と対立するものだ。ただし、不死の船員会は小林の息のかかった落合ににより殺されてしまっている。小林自身も自戒しているが、今後長道は小林と対立していくことになるのだろう。

ヒロキはなぜ自らの換装用クローンを孫として育てたのだろうか。
恐らく、ヒロキは子どもを産み育て、教育し次世代につなげ、歴史を紡いでいくことが人間として生きることだと考えていたのだろう。「伝統とは火を守ることであり、灰を崇拝することではない」というマーラーの言葉がある。限られた人間が生きながらえながら管理し続けるのは火を守ることでは無い。次世代を育て伝えた後に、次世代が彼らなりの選択をすることが火を守ることだ。不死者が管理する世界は灰を崇め続けるようなものだ。不死者が灰を崇め続ける限りシドニアの住人の命は省みられない。管理者も次世代を産み育てるならば、住民の命は省みられるようになるだろう。
そもそも、不死ではないシドニアの住人と不死の船員会では、器としての身体の性質が異なるため、精神が全く違うものになるだろう。

器に入れる精神が人間に近くなければ、人間のために戦わない。ヒロキが不死を拒んだのも人間を守る精神を大切にしたからではないか。ヒロキの考える人間を守る精神の重要性は、融合個体であるつむぎとかなたの扱いの違いにも見て取れる。特に、つむぎという名前には歴史を紡ぐというメッセージがあるように思う。

精神の発達

人間を守る精神の重要性は、BIOMEGAの合成人間の設計思想にも表れている。
BIOMEGAにおける庚造一らはドローン禍対策として東亜重工の黒川博士に造られた。黒川博士によると、合成人間の身体はすぐに造ることができるが、データ化された人格や知識を詰め込んでも役に立たないという。問題は精神であり、仮想現実である識臣内で造一ら合成人間やフユらサポートAIの精神を育てていた。
BIOMEGAの合成人間は、灰シリーズに通じるところもある。灰シリーズは人工羊水と圧縮知識で急速に成長させたクローンで見た目は17歳前後であるが、実年齢は5歳程度である。焔や煉も自身の精神が幼い点を自覚している。
また、フニペーロも生まれた当初は幼い身体と精神であったが、ニアルディと戦う頃には大人の身体と精神を有するに至っている。フニペーロが一個人としての精神を有しなかったらニアルディを打倒することはできないであろう。

BLAME!には精神の後退が描かれている。
東亜重工のAIであるメンサーブは人格を有するAIであるが、シボはAIに人格を持たせることは危険だと指摘している。東亜重工にはメンサーブ以外のAIも存在するが、ケイ素生物の侵入後は正常には機能しておらず狂ってしまっている。AIらは人間を守るために行動しているが、人間とは精神が異なるために人間から見ると狂ったかのような選択をしてしまうのだろう。
メンサーブを護衛するセウは、ケイ素生物と戦い傷つく度に、身体を修復しているが、精神までは治療できず、自我が徐々に後退している。戦闘の経験は残っており戦うことはできるが、自我がないためメンサーブのために戦う機械人形と化している。セウとメンサーブの関係は、BIOMEGAにおける造一とフユに近いが、精神発達の面で両者は真逆である。

シドニアの騎士においては、情操教育を施されたつむぎと、薬により制御されるかなたが対照的に描かれている。
つむぎは融合個体の有用性を示すために、落合に乗っ取られた海苔夫によって人間らしい精神を身につけるよう教育された。その役割は、長道やイザナ、纈に委ねられる。つむぎの精神は幼いものであるが、長道と星白のかつての関係を知り、長道に紅天蛾(ベニスズメ)を撃たせるべきではないと感じられるまで成長にするに至っている。
一方で、落合はかなたを自らの身体にしようと考えているため、つむぎのような教育は行わず薬漬けしている。そのため、かなたの精神は極めて未発達であり、赤ん坊に近い。結果として、かなたは暴走し甚大な被害をもたらした。落合に乗っ取られた海苔夫も意識不明となってしまった。

つむぎとかなたの違いは、BIOMEGAの黒川博士が精神を重要と考えた点を補強している。そして、それは長道へ人を守るように教育を施したヒロキの思いでもあるのではないか。

人間の超越と敵対するものとの融合

落合は人間を超越するために融合個体を作り出した。落合は宇宙空間にそのまま出られるほどに身体改造を繰り返しており、人間を超えた存在になることを切望している。

二瓶勉先品では、人間を超えた存在になろうとするもの、そして存在となったものが登場するが、両者は主人公と敵対する関係にある。落合と長道はガウナを倒したい点では利害が一致するが、落合は人間を人間ではないものへ変えようとしているため、その点で敵対する。
BLAME!のケイ素生物は、人間を超えることを切望した教団の末裔である。BIOMEGAでは、公衆衛生局員らも人間を超えることを望み、擬似N5Sウィルスを投与した。両者はカオスを切望するものでもあり、主人公と敵対するものだ。
また、ナレイン将軍は擬似N5Sウィルスを投与した合成人間に脳を転写することで、人間を超える存在になった。ナレイン将軍のなしたことは、かなたを自らの身体にしようとした落合と極めて近い。ナレイン将軍はニアルディを打倒するため造一らと協力するが、この点も落合と長道の関係とよく似ている。


人間の超越を切望するものは主人公と敵対するが、人間を超える存在なしに主人公の役割が終えることはない。
BLAME!においては、人間とセーフガードの融合が物語の終結への道となる。
BLAME!の終盤において、ケイ素生物であるダフィネルは、キリイとシボが得たセウの遺伝子情報を奪い、ネット端末遺伝子を自らに転写しネットへの不正アクセスを試みる。しかしながら、キリイとシボ、そして臨時セーフガードにより不正アクセスは阻止される。その際に、ダフィネルの情報がシボへとダウンロードされる。同時に、ダフィネルが呼び出そうとしていたレベル9のセーフガードもダウンロードされたことから、シボの自我は崩壊する。結果として、レベル9と融合したシボはネット端末遺伝子を有する子どもを宿すこととなる。シボは精神がシボであり、肉体はサナカンであったから、その子どもはシボとサナカンの子どもといえる。
キリイはシボとサナカンの子どもを宿した球体をネット端末遺伝子が感染し得ない場所で孵化させるため、都市構造体の果てを目指すことになる。長い長い旅の末に構造体の果てにたどり着き、そこでネット端末遺伝子を有したシボとサナカンの子どもが誕生する。

BIOMEGAは復物主とニアルディの子であるフニペーロによって終止符が打たれる。造一とフユはフニペーロの成長を見守った点で、キリイの役割に近いだろう。

ZEB-NOIDは敵対するものとの融合により両者の戦いが終焉を迎える。
ZEB-NOIDは、蝿と人類の戦いの結末を描いた短編だ。最後の一人になるまで戦い続けた両者は、お互いの交配という意外な結末を迎える。両者は戦うために遺伝子操作を続けた結果、本来別種であったが互いに交配できるまでに近い存在となってしまったのだ。

融合個体なしに、シドニアの騎士の未来は無いだろう。ガウナとの戦いは、ZEB-NOIDのようにガウナと融合することで終結するのか。それとも、BLAME!BIOMEGAのように、ガウナより生まれた融合個体によりガウナとの戦いが終焉するのか。個人的には長道とつむぎ子どもらによって戦いが終結しそうな気がする。

おまけ考察

長道の臭いのなぞ

地下から出てきて訓練生となった長道だが、当初は他の訓練生から臭いと避けられていた。ロッカーに消臭剤や空気清浄機が入れられる嫌がらせを受けてもいた。長道は実際に臭うのだろうか?
長道を慕う人は人々は当たり前ではあるかもしれないが長道の匂いについては気にしていないようである。また、ヒ山が長道の着ていた宇宙服を臭うと発言していた。以上から、長道自身では無く服が匂うのでは無いのだろうと考えていた。

ところが、ユレ博士が長道は獣の臭いがすると感想を漏らしていた。どうやら光合成を行う人間にしてみると、毎日食事を接種する人間は獣の臭いらしい。となると、シドニアの住人にとっては我々も獣の臭く感じるのだろう。そのように考えると、星白の優しさやイザナが早くから長道を意識していたことが感じられて面白い。

ユレ博士のなぞ

ユレ博士は第四次奇居子防衛戦後に激減した人口を増大させる計画を立案し実行した人物で、その功績により不死の船員会となった。光合成できるように遺伝子操作したのも彼女の功績である。
外生研の所長でもあり、シドニアの生命科学を一手に担っていると考えられる。イザナのような中性や、灰シリーズも彼女がデザインしたのであろう。
ユレ博士はイザナを孫として育てているが、イザナは中性として遺伝子操作したユレのクローンであろう。手足を失ったイザナに機械式の義手を勧めたことから、換装用クローンではないのだろう。ユレ博士がイザナを孫として育てる動機は不明であるが、ヒロキに感化されたのかもしれない。また、科学者の興味として中性であるイザナの成長を観察したいとの欲望もありそうだ。
イザナは着替えこそは男性用更衣室を利用しているが、中性用の風呂があることから、中性はそれなりに存在しているようだ。しかし、女と思ってイザナにサービスをした屋台のお兄ちゃんが驚いていたことからも、広く認知されるほどでも無いのかもしれない。

ユレ博士は落合のように倫理面で禁忌を犯すほどではないものの、人間を光合成できるようにするなど、マッドサイエンティストの気質があるなと感じる。倫理面で言えば小林の方が遙かに危険であるが。
落合に乗っ取られて海苔夫を危険だと感じつつも、落合のガウナを倒すためや未知の現象を解明する姿勢には傾倒しているように見える。
今後、長道とつむぎの関係を取り持つ上で、落合とユレ博士は欠かせない役割を担うはずで、どのような技術を打ち出すのか楽しみである。ただし、ユレ博士は長道とイザナとがくっついて欲しいようだが。

*1:白い触手として描かれているが実態は無い。触れたものの思念を読み取ったり操ることが可能

*2:遠隔操作できる分身体。 示現とは仏や菩薩が人々を救うために種々の姿に身を変えてこの世に現れること

*3:2109年

*4:2371年

*5:2384年

*6:2700年頃

*7:2513年