ボクの見たゴジラS.P

ひとつの作品には体験した人の数だけ解釈がある。どんな作品だってそうだが、ゴジラS.P はその見方の違いを意識して作られているように思う。

円城塔作品のアニメ化

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ゴジラS.Pは高橋敦史さんの監督作品であるけれど、SF考証・シリーズ構成・脚本は円城塔さんによるものだ(以下、敬称略)。

もともと、円城塔はSF考証として本作品に参加したけれども、設定を考証するにもシリーズ構成すら決まっていなかったことから、最終的に脚本まで手がけることになったという。
作品のアイデア円城塔だけでなく、監督である高橋敦史やその他スタッフによるものだろう。それを脚本としてまとめたのが円城塔であり、アニメとして起こしたのが高橋敦史となる。

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私は円城塔の作品を数点読んでいるため、ゴジラS.Pを円城塔の作品として見てしまう。高橋敦史の作品をほとんど見ていないため、余計にだ。ただ、円城塔は文字表現の創作者であり、描写していく作家ではない。文字通り、円城塔の紡ぐ文字は、文字表現でしかない。つまり、映像表現への落とし込みは高橋敦史の力であり、それにより随分と咀嚼しやすくなっている。ペロ2やユングなどコミカルさは「映画ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険」を手がけた高橋敦史の味付けだろう。

特異点の物語

ゴジラS.Pは特異点の物語である。様々な事象に対して「特異点」が用いられているが、それぞれの「特異点」が区別できないように仕組まれている。それが、ゴジラS.Pを読み解くのを難しくしている。円城塔は言葉遊びの作家である。特定のキーワードの意味や文字そのものを敷衍していく。脚注で構成されまくった「烏有此譚」や、文字そのものを題材とした「文字渦」などがあるが、共に文章でしか成立し得ない作品だ。「特異点」もそれと同じように、多角的な言葉となっている。
ゴジラS.Pの各話タイトルは、ひらがなのみだが、時間差で表示される際に他の意味にも取れ多義的だ。また、各話毎にもつながりがあるようで、円城塔の言葉遊びが映える。

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ゴジラS.Pには様々な「特異点」があり、また「特異点」の「特異点」があり、それぞれの「特異点」がお互いに干渉し合っている。銘々の「特異点」が時に覇権を争い、時には融合し、またある時には意味をなさなくなっている。
たくさんの「特異点」があるように見えるが、実際は一つの「特異点」である。なぜならば、シンギュラポイントと複数形ではないからだ。それぞれが別の角度から見た「特異点」とでも解釈すればいいのだろうか。アーキタイプが高次元から三次元空間へ映された影のため、容易にその形が変わってしまうように。

Self-Reference ENGINE」のアニメ化では!?

ゴジラS.Pの感想で自分が一番言いたいことはコレ。どうしても円城塔のデビュー作である「Self-Reference ENGINE」が思い出される。

この小説の概要を述べるのは非常に難しい。そもそも、自分の読み方が正しいのかも確証がない。
がんばって説明すると、時空間を実際に作り出しシミュレートできる巨大知性体と呼ばれる超計算機が乱立した結果、それらが造りだし時空同士が干渉し合い、宇宙の時空間がぶっ壊れた話である。
超計算機による時空がお互いに干渉し合い、互いの領域を守るために時空間を書き換え合っている。さながら物語を作るように。時間の方向も超計算機の作り出した世界の中でバラバラだ。超計算機の作り出す世界は、ある種のシミュレーション結果であるため、時間を巻き戻すことすら可能となっている。

端的にまとめると「Self-Reference ENGINE」は特異点である超計算機から作り出された物語が、相互に作用しながら綴られた短編集である。

破局と時空の相転移

Self-Reference ENGINE」における時空間の崩壊は、ゴジラS.Pでは訪れなかった「破局」のように思える。「破局」では特異点同士の干渉により時空間の崩壊が起こるのだろう。そして「破局」そのものも特異点である。

破局」の前後では時空の様相が異なっている。「破局」の前は時空が決定論的であるが、その後は未決定論的になっているように思える。つまり、時空の相が転移している。
破局」の直前までは特異点たる超時空計算器により未来予測が可能であった。その後は計算結果が定まらない。つまり、直前までは未来が決まっているが、その後は未定である。少なくとも、葦原は「破局」後の未来を予測できないことを異常と捉えているから、時空が決定論的であると考えていたのであろう。有川ユンと神野銘によるチャットの時刻が過去に記録されていたことも、決定論的時空であることを示唆している。
決定論的時空ではないにしても、ドラえもん的な準決定論的時空である可能性もある。つまり、のび太ジャイ子と結婚しても静香と結婚してもセワシが生まれることには変わりが無いように、未来に起こることは大筋では変わらない時空。決定論的時空よりも柔軟であるが、特定の結果は回避できないので因果律は強固である。有川ユンが未来の夕食を推測しその通りになったが、類推過程は外していたのに似ている。

ゴジラS.Pはアーキタイプの存在が示すように別次元が存在している。ただし、多数の世界線において、各々の時空間は決定論的であり柔軟性はなさそうだ。たとえば、バック・トゥ・ザ・フューチャーのように、未来や過去を変えることで異なる世界線への移動はできない。時間軸は変えられないが、特異点を経ることで互いの世界線には干渉できる。つまり、特異点を経て世界線を超越してきたのが怪獣なのであろう。他次元からの侵略が怪獣であり、怪獣もまた特異点である。

特異点の不協和により予測できない未来が特異点たる「破局」である。

ゴジラを借りてきた小説製造機械

円城塔の作風として「設定は借りてくるもの」というのがある。その最たるものが「屍者の帝国」である。

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屍者の帝国」は故・伊藤計劃による未完の小説を、プロット等を元に円城塔が完成させることで世に出た作品だ。現実および虚構作品の人物が登場するが、彼らは作品のために借りられているに過ぎない。ゴジラS.Pにおけるラドンゴジラジェットジャガーも同じように借り物である。借りているに過ぎないので、本来の作品の設定を必ずしも準拠しない。特異点の皮を借りた設定とでもいうか。
ゴジラシン・ゴジラの要素が大きく、ラドンはリアリティラインのために存在している。ただ、ジェットジャガーはやや特殊で、ゴジラ対メガロを補完する形になっている。

円城塔の根幹には物語の自動生成がある。「Self-Reference ENGINE」は巨大知性体同士による物語の改編合戦であり、「屍者の帝国」も小説が自動で生成される話でもある。物語の自動生成は AI 的なものに限定されず、円城塔自身は「小説製造機械になるのが夢で」とも述べている。つまり、物語を紡ぐ知性体が円城塔の核にある。

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ゴジラS.Pの AI も知性体である。ユングジェットジャガーとして、ペロ2は超時空計算器に干渉することで物語の中心にいた。彼らは、有川ユンによるナラタケという AI からなり、その実像は群体である。群体である点は攻殻機動隊フチコマタチコマ)と共通しているが、筐体ごとに個性が生じるのが異なる。各話の冒頭でゴチャゴチャ述べているのが、ナラタケをベースとした AI 達の声であろう。

破局」を回避したユングやペロ2の働きを見る限り、AI もまた特異点である。

閉じ込められた時間

破局」を回避するのは、特異点特異点でなくせばいい。それぞれの特異点をそれぞれの次元か世界線のみに存在できるようにすればいい。その手法が、直交対角化を意味するオーソゴナル・ダイアゴナライザーである。私は、三次元は三次元に、怪獣は怪獣の次元に落とし込む仕掛けとイメージしている。

オーソゴナル・ダイアゴナライザーは OD と表記される。OD は初代ゴジラに登場したオキシジェン・デストロイヤーの頭文字でもある。どちらの OD も対ゴジラの最終兵器である。
OD はアーキタイプを変質させる仕掛けだが、アーキタイプそのものが高次元物質であるため、それを三次元に落とし込むと様々な形態になり得る。ゴジラを屠るには特定の形状を高次元から表出しなければならない。しかし、高次元物質から三次元への射影であるから、その可能性は無数にある。三次元物体の影ですら、少し傾けただけでも変わってしまう。単純な形状であっても、予想だにしない影が生じ得る。ゴジラを屠る形状を見つけ出すには通常の計算機では不可能だ。未来をも見通す超時空計算器でなければ「答え」は得られない。

ODの計算結果はユングやペロ2などの物語生成器である AI に内包されていた。因果律のを崩さないため意味をなさない情報として隠されていた。「破局」の直前にそれが「答え」であることに気がつき、「破局」は回避された。

ループ内の物語

破局」前の時空が決定論的とするならば、「答え」が内包された時空は情報が環状に閉じていることになる。終点は「破局」であるが、起点はよくわからない。葦原が未来を計算し始めた時点、あるいは超時空計算器が存在した時点かもしれない。
起点は不明だが、ある時から「破局」まで時空間が環状に閉じている。まるで、4つのアキータイプで光を閉じ込めたように。それ故に、強固な決定論的時空を形成しているのかもしれない。
しかし、そのループもいずれは崩壊してしまう。光を閉じ込めたアーキタイプが、他次元もしくは時間を先取りしたエネルギーを蓄積しきれずに爆発するように。情報が閉じた時空間では、怪獣のような「特異点」が入り込み増殖することで、特異点同士が干渉し時空間が「破局」してしまう。
破局」を回避するには、情報をループからを逃してやらなければならない。4つのアキータイプの場合は、1つのアーキタイプを取り除けばいい。時空間の場合は、アーキタイプの様相を変えればいい。それが、怪獣を無効化するためのオーソゴナル・ダイアゴナライザーの「答え」である。

上記の説明はループしているのだが、そもそも「破局」までは時空間がループしているのだから始まりも終わりもない。何が原因で何が結果なのかは分からない。共に「特異点」であり、また「特異点」の中の話だ。
つまり、ゴジラS.Pという物語そのものが特異点の中にあり、その特異点から逃れる物語でもある。まぁ、葦原としては決定論的時空から逃れたことでのロボゴジラへの未来が開かれたのであろうが。