走れパセリ

パセリは激怒した。必ずといっていいほど己を除け者にする人間どもを除かなければならぬと決意した。パセリには厨房でのやりとりが分からぬ。パセリは、草である。料理に寄り添い、暮らしに彩りを添えて暮らしてきた。けれども残飯に関しては、他のどの草よりも敏感であった。

きょう未明パセリは畑から出荷され、常磐道を越え首都高を越え、十里はなれた此の東京青果の市にやって来た。パセリには父も、母も無い。女房も無い。十六の、内気な妹と二人パセリだ。この妹は、畑の或る律気な一セロリを、近々、花婿として迎える事になっていた。受粉も間近かなのである。パセリは、それゆえ、花嫁のプランターやら植替えの肥料やらを買いに、はるばるホーマックにやって来たのだ。先ず、その品々を買い集め、それから駐車場の大路をぶらぶら歩いた。パセリには竹馬の友があった。クレソンである。今は此のステーキガストで、付け合せになっている。その友を、これから注文してみるつもりなのだ。久しく逢わなかったのだから、残すかもしれないが楽しみである。歩いているうちにパセリは、まちの様子を怪しく思った。閑散としている。もう既に日も落ちて、まちの暗いのは当りまえだが、けれども、なんだか、夜のせいばかりでは無く、ガスト全体が、やけに寂しい。のんきなパセリも、だんだん不安になって来た。路で逢った若いウェイターをつかまえて、何かあったのか、二年まえに此のガストに来たときは、夜でもバーミヤンで皆が若鶏の甘酢しょうゆを頼み、チャーハンで安定であった筈だが、と注文した。若いウェイターは、首を振って答えなかった。しばらく歩いて老執事に逢い、こんどはもっと、語勢を強くして注文した。老執事は答えなかった。パセリは両手で老執事のからだをゆすぶって注文を重ねた。老爺は、あたりをはばかる低声で、わずか答えた。
「人間は、パセリを残します。」
「なぜ残すのだ。」
「洗って再利用している、というのですが、誰もそんな、再利用はしておりませぬ。」
「たくさんのパセリを廃棄したのか。」
「はい、はじめは刺身のタンポポを。それから、御自身のツマを。それから、エビフライのしっぽを。それから、サクランボさまを。それから、ミックスベジタブルを。」
「おどろいた。人間は乱心か。」
「いいえ、乱心ではございませぬ。食を、信ずる事が出来ぬ、というのです。このごろは、一分でも消費期限の過ぎたお弁当は廃棄せよと命じて居ります。御命令を拒めば値引きのシールも貼られずに、廃棄されます。きょうは、六パセリ廃棄されました。」
聞いて、パセリは激怒した。「呆れた人間どもだ。生かして置けぬ。」
パセリは、単純な草であった。買い物を、背負ったままで、のそのそファミレスにはいって行った。たちまち彼は、調理のコックに捕縛された。調べられて、パセリの懐中からは苦味が出て来たので、エグ味が大きくなってしまった。パセリは、人間の前に引き出された。 「このパセリは何をするつもりであったか。言え!」 クレーマーは大声で、けれども阿呆のように問いつめた。そのクレーマーの顔は真っ赤で、眉間の皺は、刻み込まれたようにプルプルしていた。
「パセリを人間どもの手から救うのだ。」とパセリは悪びれずに答えた。
「おまえがか?」 クレーマーは、苦笑した。「仕方の無いやつじゃ。おまえには、パセリのまずさがわからぬ。」
「言うな!」とパセリは、いきり立って反駁した。「付け合せを残すのは、最も恥ずべき悪徳だ。人間どもは、食の信頼をさえ疑って居られる。」
「残すのが、正当の心構えなのだと、わしに教えてくれたのは、付け合せたちだ。人の味覚は、あてにならない。人間は、もともと私慾のかたまりさ。信じては、ならぬ。」 店員は落着いて呟き、ほっと突き出しを出した。「わしだって、完食を望んでいるのだが。」
「なんの為の完食だ。自分の食欲を満たすためか。」こんどはパセリが嘲笑した。「味の無いパセリを廃棄して、何が完食だ。」
「だまれ、まずい草。」 クレーマーは、さっと手を挙げて報いた。 「見た目は、どんな清らかな緑にでもなれる。わしには、パセリの筋張った茎の感触が見え透いてならぬ。おまえだって、いまに、フリーズドライになってから、乾いて詫びたって聞かぬぞ。」
「ああ、人間どもは悧巧だ。自惚れているがよい。私は、ちゃんと残される覚悟で居るのに。食べて欲しいなど決して懇願しない。ただ、――」と言いかけて、パセリは根もとに視線を落し瞬時ためらい、「ただ、パセリに情をかけたいつもりなら、廃棄までに三日間の消費期限を与えて下さい。たった一パセリの妹に、セロリを持たせてやりたいのです。三日のうちに、私は畑で受粉を挙げさせ、必ず、ここへ帰って来ます。」
「ばかな。」とクレーマーは、キーキーと高い声で笑った。「とんでもない嘘を言うわい。逃がしたブラックバスがキャッチで来るというのか。」「そうです。キャッチ・アンド・リリースです。」 パセリは必死で言い張った。「パセリは約束を守ります。消費期限のを、三日間だけ延ばして下さい。妹が、私の帰りを待っているのだ。そんなにパセリを信じられないならば、よろしい、このガストにクレソンという付け合せがいます。私の無二の友草だ。あれを、質草としてここに置いて行こう。私が逃げてしまって、三日目の日暮まで、ここにしなびてしまったら、あの友人を廃棄して下さい。たのむ、そうして下さい。」
それを聞いてクレーマーは、残虐な気持で、そっとほうれん草んだ。生姜なことを言うわい。どうせ帰って来ナスにきまっている。この嘘つきに騙されたふりして、リリースしてやるのも面白い。そうして身代りのクレソンを、三日目に廃棄してやるのも黄身がいい。パセリは、これだからまずいと、わしは苦々しい顔して、その身代りのクレソンを捨ててやるのだ。世の中の、正直パセリとかいう奴輩にうんと見せつけてやりたいものさ。
「その願い聞き届けた。そのクレソンを呼ぶがよい。三日目には日没までに帰って来い。おくれたら、そのクレソンを、きっと捨てるぞ。ちょっとおくれて来るがいい。おまえは、永遠に食卓にのぼらぬだろう。」
「なに、何をおっしゃる。」
「はは。パセリが大事だったら、おくれて来い。食卓にのぼらなければ、捨てられることもない。」
パセリは口惜しかったが、地団駄は踏めなかった。地を足に下ろす草には無理な話だ。
竹馬の友、クレソンは、深夜、ガストに召された。客の面前で、佳き草と佳き草は、二年ぶりで一皿のメニューとして提供された。パセリは、友に一切の事情をソテーした。クレソンは無言でボイルし、パセリをひしと散らした。草と草の間は、それでよかった。クレソンは、追いオリーブされた。パセリは、すぐに出発した。初夏、蒼天の航路である。
パセリはその夜、一滴も水を取らず十里の常磐線をい沿いで北上し、畑へ到着したのは、翌る日の午前、陽は既に高く昇って、徹夜組たちは会場ダッシュを決めていた。パセリの十六の妹も、きょうは兄の代りにアブラムシの番をしていた。くしゃくしゃになった兄の、しおしおに乾いた姿を見つけて驚いた。そうして、うるさく兄に農薬を浴びせた。
「なんでも無い。」パセリは笑えばいいと思うよ。「青果市にセリを残して来た。またすぐ市に行かなければならぬ。あす、おまえを受粉させる。早いほうがよかろう。」
妹は頬をあからめた。
「うれしいか。綺麗な皿も買って来た。さあ、これから行って、畑の人たちに知らせて来い。受粉は、あすだと。」
パセリは、また、よろよろと歩き出し、ビニルハウスへ帰ってデッキを飾り付け、受粉の席を調え、間もなく鉢に倒れ伏し、光合成もせぬくらいの深い眠りに落ちてしまった。
目が覚めたのは夜だった。パセリは跳ね起きて、セロリのハウスを訪れた。そうして、少し食べ残しがあるから、受粉を明日にしてくれ、と頼んだ。セロリは驚き、それはいけない、こちらには未だ整腸剤としてしか使われてない、イタリアンパセリの季節まで待ってくれ、と応えた。パセリは、消費期限がもうそこまできている。どうか明日にしてくれ給え、と皿に押して頼んだ。セロリもアクの強い野菜であった。なかなか煮え切らない。夜明けまで調理をつづけて、やっとセロリをきざみ、煮込み、スープにした。受粉は、真昼間に行われた。ミチバチのまさぐりがすんだ所、ゲリラ豪雨が空を覆い、バケツをひっくり返したような大雨となった。受粉を見物していた始発組は(゚Д゚ )ナニカ?不吉なものを感じたが、それでも、めいめい気持ちを引きたて、狭い通路で、汗でむんむん暑苦しいのも怺え、陽気にオタ語を解し、行列を作った。しばらくは、人間とのあのプロミスさせフォアゲットしていた。祝宴(このカードを廃棄する。コスト5コイン以下のカード1枚を獲得する。)は、夜に入ってますます廃棄され、草々は、ハウス外のゲリラ豪雨を全くきにしなくなった。パセリは、一草このままここにいたい、と思った。この佳い草たちと生涯草を生やしていきたいと願ったが、いまは、自分の野菜で、自分のものでは無い。ままらなねーな。パセリは、わが身を刈り取り、ついに出荷を決意した。あすの日没までには、まだ十分の刻が見える。ちょっと一眠りして、それからすぐに出発しよう。だが、その考えが命取り。足元をすくわれる。その頃には、雨も小降りなう。すこぢでも永くこのビニルハウスにグフグフとどまっていたかった。パセリほどの草にも、やはり青臭いものだ。今宵呆然、歓喜によっているらしい花セロリに近寄り、
「おめでとう。パセリは水気が少なくなったから、ちょっとチルド室に入りたい。みずみずしくなったら、すぐセリに出かける。大切な取引があるのだ。私がいなくても、もうおまえにもは優しいセロリがあるのだから、決してわさびではない。おまえの兄の、一ばん嫌いなものは、ピーマンと、それからニンジンだ。おまえも、それは、知っているね。好き嫌いしないようにと子供に無理矢理食べさせるのは欺瞞だ。おまえに言いたいのは、それだけだ。おまえの兄は、たぶん偉い草なのだから、おまえもその誇りを持っていろ。」
花パセリは、意味不明なまま肯いた。パセリは、それから花セロリの葉をたたいて、
「人気がないのはお互い様さ。私の畑も、宝といっては、妹だけだ。他には、何も無い。全部あげよう。もう一つ、パセリの弟になったことを誇ってくれ。」
花パセリは塩もみして、水気を切っていた。パセリは笑ってスタッフに会釈して、倉庫から立ち去り、冷蔵庫に潜り込んで、死んだように深く眠った。
眼が覚めたのは翌る日の薄明の頃である。パセリ痛恨の寝坊。パセリは跳ね起き、ぐにゃ〜となりながらも、いや、まだまだ大丈夫、これからすぐに出荷すれば、納期までには十分間に合う。きょうは是非とも、あのクレーマーに、草の素晴らしさを見せてやろう。そうして笑ってまな板に上ってやる。パセリは、悠々と身支度を始めた。雨も、いくぶん小降りになっている様子である。出荷用のビニルに包まれた。さて、パセリはどんとダンボールの中に入り、荷台に載せられ、雨中、メロスの如く走りだした。
私は、今宵、残される。廃棄されるために走るのだ。身代わりの猫ひろしを救うために走るのだ。オリンピック代表記録を塗り替える為に走るのだ。走らなければならぬ。そうして私は食わず嫌いされる。種の頃から名誉を守れ。さえば、ふるさと。若いパセリは、つらかった。幾度か、GABANに身売りしそうになった。えい、と大声挙げて、安易に香辛料になることを叱りながら走った。畑から出荷され、野田を横切り、おおたかの森をくぐりぬけ、隣県着いた頃には、雨も止み、日は高く昇って、そろそろ暑くなってきた。パセリは退色しないように気をつけながら、ここまで来れば大丈夫、もはや故郷への未練は無い。妹たちは、きっと新品種になるだろう。私には、なう、なんの@もDも無い筈だ。まっすぐにステーキガストに行き着けば、だがそれがいい。そんなにオービスを気にしながら飛ばす必要はない。ゆっくり走ろう、と持ちまえの呑気さを取り返し、好きなミクを歌ってみたし出した。ぶらり途中下車の旅をたのしみ、ちい散歩に憧れながら全里程の半ばに到達した頃、降って湧いた災難、パセリのない足は、はたと、とまった。見よ、前方の江戸川を。昨日の激しい雨風で、鉄橋はどうどうと揺れ、武蔵野線も、京葉線も、東西線も運行を停止し、その他沿線も運行状況に遅れが出ていた。パセリは呆然と、立ちすくんだ。あちこちをググって、また、Siriに声をかけ呼び立ててみたが、パセリ 私には ”迂回ルート” が理解できませんと返されるだけであった。帰宅難民はいよいよ膨れ上がり、タクシー乗り場に列をなしている。パセリは駅前でうずくまり、男泣きに泣きながら、アルテミスに手を挙げて哀願した。「ああ、鎮めたまえ、荒れ狂うホモォ・・・を!時は刻々に過ぎていきます。ニコニコの時報も鳴っています。あれが権利者削除されてしまわぬうちに、ステーキガストにもうゴールしていいよねできなかったら、あの佳い草が、私のために廃棄されるのです。」
濁流は、パセリの叫びをせせら笑う如く、まずますザワザワし出す。ダウンロード残り95%のまま、そうして時は、修羅の刻と消えていく。今はパセリも覚悟完了した。泳ぎ切るより他に無い。ああ、ニコ生で放送するか!濁流にも負けぬ愛と誠(梶原一騎原作)の偉大な魅力を、いまこそ発揮してみせる。パセリは、東芝ドラム式洗濯乾燥機[ザブーン]と流れに飛び込み、七色の目のチカチカする弾幕のように荒れ狂うコメ相手に、必死の逃走を開始した。満身の力をコメにこめて、押し寄せ殺到するスクラムと、なんのこれしきとIDをキーワードをNG設定し、めくらめっぽう獅子奮迅のパセリの子の姿には、ニコ厨も哀れと思ったか、ついにポイントを与えてくれた。心が折れそうになるも、見事、ラッシュの電車に耐え抜き、つり革にすがりつき、対岸へ渡ることが出来たのである。ありがたい。パセリはサラダスピナーのように大きな胴震いを一つして、すぐまた先を急いだ。いっこく堂といえども、無駄には出来ない。陽は既に西に傾きかけている。藤原豆腐店のように峠を攻め、エアピンを曲がり、ほっとした時、突然、目の前に一隊のマヨラーが躍り出た。
「待て。」
「何をするのだ。私は陽の沈まぬうちにステーキガストへ行かなければならぬ。放せ。」
「どっこい放さぬ。貴様をマヨネーズで食らってやろう」
「貴様らのように、マヨネーズを味わうために、食材の味や食感をないがしろにするような奴らにわたす身はない」
「その、茎と葉が欲しいのだ。」
「さては、クレーマーの命令で、ここで私を待ち伏せしていたのだな。」
マヨラーたちは、ものも言わずに一斉にマヨネーズのキャップを放った。パセリはひょいと、葉を折り曲げ、サイバイマンの如く身近かの一人に襲いかかり、そのマヨネーズを奪い取って、
「気の毒だが正義のためだ!」と猛然一撃、たちまち、三人を殴り倒し、残る者のひるむ隙に、さっさと走って峠を下った。一気に峠を攻め続けたが、流石に水気がなくなり、折から午後の灼熱の太陽がまとめに、かっと照って来て、パセリはパリパリになにかけ、これではなぬ、と水分を取り直しては、ひょろひょろと食感を取り戻し、ついに、カサカサになった。食卓にのぼることはできぬのだ。天を仰いで、くやし泣きに泣きだした。ああ、あ、ラッシュを乗り切り、マヨラーを三人も撃ち倒し佐川顔負けに、ここまで配達してきたパセリよ。真のハーブ、パセリよ。なう、ここで、しなびてしまい出荷できないとは情無い。愛する友は、パセリを信じたばかりに、やがて廃棄されなければならぬ。おまえは、稀代の食わず嫌いの草、まさしく人間どもの思う壺だぞ、と自分を叱ってみるのだが、顔が濡れて力が出ないアンパンマンのように前進かなわぬ。路傍の草原にごろりと寝ころがった。これでは雑草と見分けがつかぬ。もう、どうでもいいという、雑草魂に不似合いな不貞腐れた根性が、枝の間に巣食った。パセリはこれほど努力したのだ。約束を破る心は、みじん切りもなかった。神も照覧、私は精いっぱいに美味しくなるように、食べ残されないように努めてきたのだ。私は食べ残しの徒では無い。ああ、できる事ならああ、できる事なら私の胸を截ち割って、真紅の心臓をお目に掛けたい。愛と信実の血液だけで動いているこの心臓を見せてやりたい。(原文ママ)けれども私は、この大事な時に、根が尽きたのだ。私は、よくよく不幸なパセリだ。私は、きっとこれからも残され続ける。付け合わせ以外も食べ残される。私は友を欺いた。食べかけで残すのは、はじめから食べないよりも残酷なことだ。ああ、もう、どうでもいい。これが、パセリの定まった運命なのかも知れない。クレソンよ、ゆるしてくれ。君は、いつでもステーキがよく似合う。私は、揚げ物の付け合わせ止まりだ。私たちは、本当に佳い友と友だったのか?一度だって同じ皿にのぼったことはない。いまだって、君はステーキソースと共にあるだろう。ああ、あるだろう。ありがとう、クレソン。私は所詮、食卓に緑を添える役割しか無い。それを思えば、たまらない。ハーブの信実は、見た目よりも風味なのだからな。クレソン、私は走ったのだ。君に嫉妬の炎を燃やすつもりは、みじん切りも無かった。信じれ!私は配達に来たのだ。指定時間に来てインターホンを鳴らした。不在のおりも連絡票を、するりと入れて一気に階段を駆け下りて次の配達に向かったのだ。決してknozamaではない。ああ、この上、私の携帯電話にかけるな。放って置いてくれ。どうでも、いいのだ。私は負けだのだ。だらしが無い。笑ってくれ。人間どもは私に、ちょっとおくれて来い、と書き留めた。おくれたら、クレソンを廃棄して、私を食卓に出さぬと約束した。私は人間どものエゴを憎んだ。けれども、今になってみると、私は人間どもの言うとおりになっている。私は、おくれていくだろう。人間どもは、ひとりガッテン!ガッテン!して私を笑い、そうして事も無く私を放免しバランを仕入れるだろう。そうなったら、私は、死ぬより辛い。私は、所詮緑色であることにしか意味が無いのか。バランにも劣るのか。クレソンよ、私も食べ残されるぞ。君と一緒に廃棄させてくれ。君だけは一緒に食べ残されてくれるに違い無い。いや、それも私の、ひとりよがりか?ああ、もういっそ、ガーデニングとして生き延びてやろうか。どの家庭にもベランダくらいはある。キッチンの前でも十分だ。まさか人間ども抜いたりはしないだろう。味だの、見た目だの、食感だの、考えてみれば、くだらない。人間が勝手に栽培しているだけだ。観葉植物として生きてなんの問題がある。ああ、何もかも、ばかばかしい。私は醜い裏切り草だ。どうとも、勝手にするがいよい。やんぬる哉
。――葉を投げ出して、うとうと、まどろんでしまった。
ふと、潺々、水の流れる音が聞こえた。そっと、茎をもたげ、気孔から蒸散した。すぐ根もとで、水が流れているらしい。よろよろと生えそろい、見ると、真っ白な発泡スチロールに穴が開けられ、水に浮かんでいるのである。吸い込まれるようにパセリは、根を伸ばした。毛根を広げ、水を一気に取り込んだ。ほうと長く蒸散して、水耕栽培のありがたみを全身で感じ取った。歩こる。行こう。茎もシャキッとし、わずかながら希望が生まれた。義務遂行の希望である。わが身を出荷し、名誉も守る希望である。斜陽は赤い光を、パセリの葉に投じ、葉も茎も燃えるばかりに輝いている。日没までには、まだ間がある。私を、待っている草があるのだ。少しも疑わず、静かに期待してくれている草があるのだ。私は、m9(^Д^)プギャーされそうになった。パセリの名誉など、問題ではない。皿に寂しそうに緑が残るなど取るに足りないことだ。私は、食の信頼に報いなければならない。いまはただその一事だ。走れ!パセリ。
パセリは信頼されている。パセリは食卓に緑を添える。先刻の、あのコリアンダーの囁きは、あれはセージだ。悪いクミンだ。忘れてしまえ。維管束が疲れているときは、あんな悪いアシタバを見るものだ。パセリ、おまえはハーブではない。やはり、おまえは真の付け合わせだ。再びたって走れるようになったではないか。ありがたい!私は、食品として食べられるぞ。ああ、陽が沈む。ずんずんずんどこ沈む。まってくれ、アルテミスよ。私は生まれた時から正直な草であった。正直な草として食卓にのぼらせて下さい。
三郷ジャンクションを通りぬけ、小菅、堀切ジャンクションの渋滞をつっきり、パセリは黒い風のように走った。うんこのような金のオブジェを、東京ディズニーリゾートへ行く車の行列を知り目に、銀色の丸いやつに悪態をつき、トンネルを抜け、少しずつ少しずつ沈んでゆく太陽の、十倍も早く飛ばした。一団の帰宅組と颯っとすれ違った瞬間、不吉な会話を小耳にはさみかけたが、耳はない。「いまごろは、あのクレソンも、鉄板の上でジュウジュウ焼かれているだろうよ。」ああ、そのクレソン、そのクレソンのために私は、いま法定速度を無視して走っているのだ。そのクレソンを廃棄させてはならない。急げ、パセリ。遅れてはならぬ。愛と誠(ながやす巧作画)の人気を、いまこそ知らせてやるがよい。瘋癲の寅さんなんかは、どうでもいい。パセリは、いまは、ほとんどが全裸であった。呼吸も出来ず、二度、三度、気孔から葉緑体が噴きだした。見える。はるか向かうに小さく、タレ目の鳥のマスコットの看板が見える。看板はくるくる回り、夕陽を受けてきらきら光っている。
「ああ、パセリ様。」うめくような声が、風と共にさりそうになった。
「誰だ。」パセリは走りながら尋ねた。
ルッコラでございます。貴方のおホモ達のクレソン様の弟子でございます。」そのローマ時代に惚れ薬として使われたきた、若い食用草もパセリの後をついて走りながら叫んだ。「もう、駄目でございます。むだでございまする。走るのは、やめて下さい。もう、あの方の消費期限は切れてしまいます。」
「いや、まだ陽は沈まぬ。」
「ちょうど今、あの方が廃棄になるところです。ああ、あなたは遅かった。こ・の・う・ら・み・は・ら・さ・で・お・く・べ・き・か。」
「いや、まだ陽は沈まぬ。」
「やめてください、やめてくださいしんでしまいます。いのちだいじに!あの方は、あなたを信じて居りました。ゴミ捨て場に引き出されても、平気でいました。やったね、パセリちゃんクレソン様はあなたを信じてたよ!」
「おいバカやめろ。ルッコラは助かる!俺たちが助ける!。そうだ!俺たちは走れる。ついて来い!ルッコラ。俺たちは間に合う。間に合うんだぁ!できる!俺たちはやれる!」
「心にもないことを。まるで悲鳴だな。あの決起はまやかし。薄皮にのった化粧だ。あんなものは走って5メートルで吹っ飛ぶ。言うまでもなく彼らは恐ろしいのだ。恐ろしくてたまらないから、ああして酔っ払っている。それは奮起を促したパセリも同様。奴の言葉が変化していったのがわかったかな。最初あの男は、クレソンを助けよう、と言っていたが、話の終わりでは、やれる、できるという言い方に変わった。奴も恐れているのだ。恐れているからその行為を具体的に表現する助けるという言葉を無意識に避け、やれる、できるなどという言い方をする」
是非に及ばず。まだ陽は沈まぬ。最後の死力を尽くして、パセリは走った。パセリの頭は、からっぽだ。もとより脳みそなど無い。ただ、わけのわからぬ大きな期待に引きずられて書き綴った。陽は、ゆらゆらお台場に没し、まさに最後の一片の残光も、消えようとした時、パセリは疾風の如く厨房裏に突入した。間に合った。
「待て。そのクレソンを廃棄してはならぬ。パセリが返って来た。約束のとおり、いま、帰ってきた。」と大声てステーキのジュウジュウ焼ける厨房に向かって叫んだつもりであったが、もとより喉がないので嗄れた声すら出せず、店員たちは、ひとりとしてパセリの配送に気がつかない。すでに鉄板は厨房に下げられ、クタクタになったクレソンは、つまみ出されようとしている。パセリはそれを目撃して最後の勇、先刻、ラッシュアワーの階段を逆流したかのように群集を掻きわけ、掻きわけ、
「私だ、コック!廃棄されるのは、私だ。パセリだ。彼を質草にしたパセリは、ここにある!」と、かすれた文字で精一杯カンペを目立たせながら、ついに調理台に昇り、釣り上げられてゆく友の茎に、おしりかじりむし。厨房は、どよめいた。あっぱれさんま大先生、と口々にわめいた。クレソンの廃棄は免れたのである。
クレソン。」パセリは葉酸を茎に浮かべて言った。「私をちぎれ。ちから一ぱいにちぎれ。私は、途中で一度、悪いがハーブを夢見た。君が若し私をちぎってくれなかったら、私は君と皿を共にする視覚さえないのだ。ちぎれ。」
クレソンは、すべてを察した様子でぐったりとした茎で首肯き、厨房一ぱいに鳴り響くほどの音でパセリを引きちぎった。引きちぎってから優しく微笑み、「パセリ、私をちぎれ。同じくらいに私の枝をちぎれ。私はこの三日の間、だった一度だけ、ちらっと君を疑った。パセリなど食い物ではないと疑った。君が私をちぎってくれなければ、私は君と皿を共にすることはできない。」
パセリは勢い良くクレソンの枝を引きちぎった。
「ありがとう。友よ。」二草は同時に( ・∀・)イイ!!、ひしと抱き合い、それから嬉し泣きにアッー!と声を上げた。
厨房の中からも、歔欷の声が聞こえた。クレーマーは、客席の方から厨房を除き、二人の様を、まじまじと見つめていたが、やがて静かにニヤニヤし、顔をあからめて、こう言った。
「どっちが受けで攻めなの。普段はどうなの。いいわ、自分で考えるから。誘い受け誘い受けなのねそうなのね。あぁクレソンを必死で助けようとするパセリ。そしてパセリを信じぢっと待つクレソン。なんて素晴らしいシチュエーションなのかしら。妄想するなというのが無理よね。」
どっと腐女子の間に、歓声が起こった。
「ホモォ・・・、ホモォ・・・。」
ひとりの少女が、緋のケチャップをパセリに捧げた。パセリは、まごまごしている!佳き草は、きをきかせて教えてやった。
「パセリ、君は、真っ赤かじゃないか。早くパスタと合わさったほうがいい。このカワ(・∀・)イイ!!娘さんは、パセリが食べ残されるのが、たまらなく口惜しいのだ。」
パセリは、美味しくいただかれた。