さやかは激怒した。必ず、かの邪智暴虐のほむほむを除かなければならぬと決意した。

さやかは激怒した。必ず、かの邪智暴虐のほむほむを除かなければならぬと決意した。さやかには難しいことがわからぬ。さやかは、群馬の女子中学生である。CDを探し、まどかと遊んで暮して来た。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。きょう放課後さやかは学校を出発し、野を越え山越え、十里はなれた此のショッピングモールにやって来た。さやかには父も、母もいる。彼氏も無い。同い年の、内気な上条を見舞うだけだ。この上条は、交通事故で両手が使えなくなっていた。退院も間近かなのである。さやかは、それゆえ、さらなるモーションをかけようとクラシックCDやらを買いに、はるばるモールにやって来たのだ。先ず、その品々を買い集め、それからホットドックをかぶりついた。さやかには竹馬の友があった。鹿目まどかである。今は此のショッピングモールで、音楽を聞いている。その友が、急にいなくなったのだ。まどかはしっかりした娘だから、さやかに声をかけずに何処かに行くなど不安である。歩いているうちにさやかは、、フロアの様子を怪しく思った。ひっそりしている。空き店舗の多い階層で、フロアの暗いのは当りまえだが、けれども、なんだか、人気のせいばかりでは無く、フロア全体が、やけに寂しい。のんきなさやかも、だんだん不安になって来た。路で拾った消化器をぶちまけて、転校生からまどかを救い、コスプレなのか、その白い生き物はぬいぐるみなのか、と質問した。ほむほむは、首を振って答えなかった。しばらく歩いて魔女に逢い、こんどはもっと、語勢を強くして質問した。魔女は答えなかった。さやかはマミさんに助けられ質問を重ねた。マミさんは、あたりをはばかる低声で、わずか答えた。
「魔女は、人を殺します。」
「なぜ殺すのだ。」
魔法少女が希望を振りまくように、魔女は絶望を蒔き散らす」
「たくさんの人を殺したのか。」
「不安や猜疑心、過剰な怒りや憎しみ、そういう災いの種を世界にもたらしているんだ」
「おどろいた。あの転校生も魔法少女か。」
「魔女を倒せば、それなりの見返りがあるの」
「だから、時と場合によっては手柄の取り合いになって、ぶつかることもあるのよね」
聞いて、さやかは激怒した。「呆れた魔法少女だ。生かして置けぬ。」
さやかは、単純な娘であった。QBを、抱いたままで、のそのそグリーフシードを見守った。たちまちそれは、孵化を始めた。魔女の迷宮に飲み込まれ、ほむほむも入ってきたので、騒ぎが大きくなってしまった。マミは、魔女にの前引き出された。
「このマスケットで何をするつもりであったか。言え!」お菓子の魔女は静かに、けれども威厳を以って玉座に付いた。その魔女の顔は蒼白で、ウサギの耳は、ショックキングにピンクであった。
ティロ・フィナーレ」とマミは悪びれずに答えた。
「おまえがか?」魔女は、憫笑した。「仕方の無いやつじゃ。おまえには、わしの孤独がわからぬ。」
「あっ」とは、いきり立ってマミられた。「二人とも!今すぐ僕と契約を!願い事を決めるんだ、早く!」
「疑うのが、正当の心構えなのだと、わしに教えてくれたのは、おまえたちだ。人の心は、あてにならない。QBは、もともと私慾のかたまりさ。信じては、ならぬ。」ほむほむは落着いて呟き、ほっと溜息をついた。「目に焼き付けておきなさい。魔法少女になるって、そういうことよ」
「返せよ。それは…それは…マミさんのものだ!」こんどはさやかが激高した。「返せって言ってるだろ!マミさんに!」
「そうよ。」ほむほむは、さっと顔をシャフト角に挙げて報いた。「これは魔法少女のためのもの。貴女達には、触る資格なんてない」


「マミさん、本当に優しい人だったんだ」
「戦うために、どういう覚悟がいるのか、私たちに思い知らせるために、あの人は…」と言いかけて、さやかは足もとに視線を落し瞬時ためらい、「ねえQB、この町、どうなっちゃうのかな?マミさんの代わりに、これから誰がみんなを魔女から守ってくれるんだろう」
「長らくここはマミのテリトリーだったけど、空席になれば他の魔法少女が黙ってないよ」とQBは、嗄れた声で低くつぶやいた。「すぐにも他の子が魔女狩りのためにやってくる」
「でもそれって、グリーフシードだけが目当ての奴なんでしょ?あの転校生みたいに」さやかは必死で言い張った。
それを聞いてQBは、残虐な気持で、そっと北叟笑んだ。生意気なことを言うわい。どうせ魔女にならないにきまっている。この嘘つきに騙された振りして、ここを去るの面白い。そうしてまどかを、魔法少女にしてやるのも気味がいい。人は、これだから分からぬと、わしは変わらぬ顔をして、まどかを魔法少女にしてやるのだ。世の中の、正直者とかいう奴輩にうんと見せつけてやりたいものさ。
「確かにマミみたいなタイプは珍しかった。普通はちゃんと損得を考えるよ。誰だって報酬は欲しいさ 」
「なに、何をおっしゃる。」
「でも、それを非難できるとしたら、それは同じ魔法少女としての運命を背負った子だけじゃないかな」
「お別れだね。僕はまた、僕との契約を必要としてる子を探しに行かないと」
さやかは口惜しく、地団駄踏んだ。ものも言いたくなくなった。


竹馬の友、さやかは、放課後、病院に召された。暴君さやかのいぬ間に、さやかとほむほむは、数ループぶりで相逢うた。ほむほむは、忠告を聞き入れたのかと問いただした。まどかは無言で首肯き、ほむほむをベテランと褒めた。
ほむほむは、それでよくなかった。ほむほむは、唇を噛んだ。まどかは、すぐに帰宅した。真っ赤に染め上がる夕日である。


さやかはその放課後、寄り道もせず十里の路を急ぎに急いで、病院へ到着したのは、その日の夕方、陽は既に傾き、、職員たちは夕方の検診の準備をはじめていた。
さやかの十四の上条も、きょうは亜麻色の髪の乙女のCDを聞いていた。よろめいて歩いて来るさやかの、新しいCDを手荷物姿を見つけて 上条は激怒した。必ず、かの邪智暴虐のさやかを除かなければならぬと決意した。
「諦めろって言われたのさ」さやかは無理に笑おうと努めた。「もう演奏は諦めろってさ。先生から直々に言われたよ。今の医学じゃ無理だって。僕の手はもう二度と動かない。奇跡か、魔法でもない限り治らない」
上条は顔を伏せた。
「奇跡も、魔法も、あるんだよ」 さやかは、また、よろよろと歩き出し、屋上へ上がってQBと契約し、願いを叶え、間もなく床に倒れ伏し、呼吸もせぬくらいの深く青い宝石になってしまった。


帰宅したのは夜だった。まどかはすぐ、仁美だと気がついた。そうして、楽しい事情があるから、鹿目さんもご一緒に、と誘われた。鹿目のまどかは驚き、それはいけない、もう真っ暗だ、ご両親も心配している、と答えた。仁美は、ここよりもずっといい場所、ですわ、ええそうですわ、それが素晴らしいですわ、と更に押してたのんだ。鹿目のまどかは日和見であった。仕方なくついていくしかない。町工場まで議論をつづけて、やっと、どうにか仁美をなだめ、すかして、説き伏せることはかなわなかった。儀式は、真夜中に行われた。塩素系漂白剤と酸性洗剤の、魔女への宣誓が済んだころ、まどかの頭を母が覆い、ぽつりぽつりと忠告を思い出し、やがて火がついたように走り出しバケツを投げ捨てた。儀式に列席していた町人たちから、何か不吉なものを感じたが、それでも、めいめい気持を引きたて、狭い家の中へ、むんむん蒸し暑いのも怺え、鍵をしめ、中へ篭った。まどかは、満面に蒼白を湛え、しばらくは、ほむほむとのあの約束をさえ忘れていた。儀式は、夜に入っていよいよ乱れ華やかになり、人々は、魔女の存在を全く気にしなくなった。まどかは、罰なのかな、と思った。弱虫で、嘘つきだったから、バチがあったのかと思ったが、いまは、自分のからだで、自分のものでは無い。ままならぬ事である。さやかは、剣を振り回し、ついに魔女を退治した。まどかの救出までは、危機一髪ってろことである。ちょっと心境の変化で、それから魔法少女になったと、説いた。初めての割には、上手くやったと自画自賛した。さやかほどの娘にも、やはり恐れというものはある。今宵呆然、心を痛めているらしいまどかに近寄り、
「そりゃあちょっとは怖いけど…昨日の奴にはあっさり勝てたし。もしかしたらまどかと仁美、友達二人も同時に亡くしてかもしれないって。そっちの方がよっぽど怖いよね。まー、舞い上がっちゃってますね、私。これからのミタキハラ市の平和はこの魔法少女さやかちゃんが、ガンガン守りまくっちゃいますからねー!」
まどかは、夢見心地で首肯いた。やさかは、それから自らを奮い立たせて、
「なっちゃった後だから言えるの、こういう事は。どうせならって言うのがミソなのよ。私はさ、成るべくして魔法少女になったわけ」


さやかは揉み手して、てれていた。上条は笑って看護師たちにも会釈して、車椅子に乗り、屋上へ向かって、生まれ変わったように驚いた。
バイオリンを手わされたのは逢魔が刻である。上条は驚き、指は動きか、不安になったが、いや、まだまだ大丈夫、以前通りに手をたぐれば、アベマリアくらいは奏でられる。きょうはかねてからの、願いがかない、最高に幸せな気分であった。そうしてマミさんのことを思った。さやかは、後悔なんてあるわけなかった。
雨も、いくぶん小降りになっている様子である。身仕度は出来た。さて、やさかは、ぶるんと両腕を大きく振って、雨中、矢の如く走り出た。
私は、今宵から、魔女を退治する。退治するために魔法少女になったのだ。友の身代りとなって人を救う為に魔法少女になったのだ。ほむほむの奸佞邪智を打ち破る為に退治するのだ。退治しなければならぬ。そうして、私は殺される。若い時から名誉を守れ。さらば、日常。若いさやかは、つらかった。幾度か、立ちどまりそうになった。えい、えいと大声挙げて自身を叱りながら走った。家を出て、道を横切り、高架をくぐり抜け、駅に着いた頃には、使い魔見つかり、空間は歪み、そろそろ辛くなってきた。さやかは刀を振りかざし、ここまで追い払えば大丈夫、もはや普通の女の子への未練は無い。上条は、きっとバイオリニストになるだろう。私には、後悔なんてあるはずない。
実直に魔女を倒していけば良いのだ。そんなに慌てる必要も無い。ゆっくりしていってね!、と持ちまえの呑気さを取り返し、好きな小歌を人魚姫のような声で歌い出した。ぶらぶらまどかと歩いて勇気づけられ、そろそろ魔女の足跡を半ばに到達した頃、降って湧いた災難、さやかの足は、はたと、とめられた。見よ、前方の少女を。長い髪を後ろに束ね、赤い衣装とブーツに身を包んだ魔法少女がさやかの前に立ちはだかり、さやかの刀を破壊し、三節棍のような槍が大きな弧を描いたかと思うとあっという間もなくさやかを跳ね飛ばしていた。さやかは呆然と、立ちすくんだ。あちこちに飛ばされて、また、助けを求めたが、赤い少女の攻撃は止まず、容赦がない。弱肉強食の事実を突きつけられて、さやかのこころはいよいよ折れそうになっている。
さやかはうずくまり、泣きに泣きながら少女に手を挙げて哀願した。「どうして?ねえ、どうして?魔女じゃないのに。どうして味方同士で戦わなきゃならないの?」
少女は、さやかのメロスの叫びをせせら笑う如く、ますます激しく躍り狂う。息を呑み、捲き、煽り立て、そうして時は、刻一刻と消えて行く。今はさやかも覚悟した。殺しあうしか他に無い。ああ、マミさんも照覧あれ! 連撃にも負けぬ愛と誠の偉大な力を、いまこそ発揮して見せる。さやかは、ざんぶと戦いに飛び込み、百匹の狐のようにうち乱れる乱舞を相手に、必死の闘争を開始した。満身の力を腕にこめて、押し寄せ魔法き引きずる流れを、なんのこれしきと掻きわけ掻きわけ、めくらめっぽう獅子奮迅の人の子の姿には、ほむほむも哀れと思ったか、ついに憐愍を垂れてくれた。押し流されつつも、見事、殺し合いを止めてくれた。ありがたい。

さやかのソウルジェムは濁ってしまい、すぐまた先を急いだ。一刻といえども、むだには出来ない。陽は既に西に傾きかけている。ぜいぜい荒い呼吸をしながら魔女を追い、追い詰めて、ほっとした時、突然、目の前に一隊の赤い少女が躍り出た。
「まったく。たった一度の奇跡のチャンスをくっだらねぇことに使い潰しやがって」
「お前なんかに何が分かる!」
「惚れた男をモノにするならもっと冴えた手があるじゃない。せっかく手に入れた魔法でさぁ」
「何?」
「今すぐ乗り込んでいって、坊やの手も足も二度と使えないぐらいに潰してやりな」
「絶対に…お前だけは絶対に許さない。今度こそ必ず…!」
「場所変えようか?ここじゃ人目につきそうだ」
魔法少女たちは、ものも言わず一斉にソウルジェムを振り挙げた。まどかはひょいと、からだを折り曲げ、飛鳥の如く身近かのさやかに襲いかかり、そのソウルジェムを奪い取って、「さやかちゃん、ゴメン!」 と猛然一撃、たちまち、ソウルジェムを投げ捨て地面にへたり込んだ。ほむほむは一気に陸橋を駈け降りたが、流石に疲労し、トラックの速さにまともに、追いつけず、さやかは幾度となく眩暈を感じ、これではならぬ、と気を取り直しては、よろよろ二、三歩あるいて、ついに、がくりと膝を折った。立ち上る事が出来ぬのだ。まどかは天を仰いで、くやし泣きに泣き出した。「今のはマズかったよ、まどか」 「よりにもよって、友達を放り投げるなんて、どうかしてるよ」
愛するさやかは、QBを信じたばかりに、やがてゾンビにされなければならぬ。おまえは、稀代の不信の魔法少女、まさしく赤い少女の思う壺だぞ、と自分を叱ってみるのだが、心が萎えて、もはや芋虫ほどにも前進かなわぬ。部屋の青いベッドにごろりと寝ころがった。身体疲労すれば、ソウルジェムも濁る。もう、どうでもいいという、魔法少女に不似合いな不貞腐れた根性が、心の隅に巣喰った。私は、これほど努力したのだ。契約を破る心は、みじんも無かった。マミさんも照覧、私は精一ぱいに努めて来たのだ。動けなくなるまで戦って来たのだ。

赤い少女は不信の徒では無い。ああ、できる事なら自身の胸を截ち割って、真紅のソウルジェムをお目に掛けたい。愛と信実の血液だけで動いているこのソウルジェムを見せてやりたい。けれども私は、精も根も尽きたのだ。アタシは、よくよく不幸な少女だ。アタシは、虐げられた。アタシの一家も虐げられた。だから、アタシは父を欺いた。魔法の力で人心を買っても、はじめから信じられないのと同じ事だ。ああ、もう、どうでもいい。これが、アタシの定った運命なのかも知れない。父よ母よ妹よ、ゆるしてくれ。父は、いつでもアタシを信じた。アタシは父を、欺いた。アタシたちは、本当に佳い家族であったのだ。いちどだって、暗い疑惑の雲を、お互い胸に宿したことは無かった。いまだって、アタシは父のことを尊敬している。ああ、尊敬しているのだ。ありがとう、父よ。良くもアタシをを信じてくれた。それを思えば、たまらない。父と娘の間の信実は、この世で一ばん誇るべき宝なのだからな。父、アタシは戦ったのだ。あなたをを欺くつもりは、みじんも無かった。信じてくれ! アタシは魔女と戦ってきたのだ。下僕を蹴散らした。魔女に囚われた人びとも助けて魔女と戦ってきたのだ。アタシだから、できたのだよ。ああ、この上、アタシに望み給うな。放って置いてくれ。どうでも、いいのだ。アタシは負けたのだ。だらしが無い。笑ってくれ。QBはアタシに、ちょっとおくれて来い、と耳打ちした。魔法少女になったら、どんな願いも叶えてくれると約束した。アタシはQBの卑劣を憎んだ。けれども、今になってみると、アタシは他人の都合を知りもせず、勝手な願いごとをしたせいだ。結局誰もが不幸になった。アタシは、もう二度と他人のために魔法を使ったりしない、この力は、全て自分のためだけに使い切るって誓った。奇跡ってのはタダじゃない。いや、それもアタシの、ひとりよがりか? ああ、もういっそ、悪徳者として生き伸びてやろうか。アタシには魔法の力がある。希望を祈れば、それと同じ分だけの絶望が撒き散らされる。そうやって差し引きをゼロにして、世の中のバランスは成り立ってるんだよ。正義だの、信実だの、愛だの、考えてみれば、くだらない。魔女を殺して自分が生きる。それが魔法少女の定法ではなかったか。ああ、何もかも、ばかばかしい。「私は私のやり方で戦い続けるよ。それがあんたの邪魔になるなら、前みたいに殺しに来ればいい。私は負けないし、もう、恨んだりもしないよ」 ――さやかは、りんごを投げ出して、物別れしてしまった。

ふと耳に、潺々、水の流れる音が聞えた。そっと頭をもたげ、息を呑んで耳をすました。すぐ足もとで、水が流れているらしい。よろよろ起き上って、見ると、岩の裂目から滾々と、何か小さく囁きながら清水が湧き出ているのである。その泉に吸い込まれるようにメロスは身をかがめた。水を両手で掬って、一くち飲んだ。ほうと長い溜息が出て、夢から覚めたような気がした。歩ける。行こう。肉体の疲労恢復と共に、わずかながら希望が生れた。義務遂行の希望である。わが身を殺して、名誉を守る希望である。斜陽は赤い光を、樹々の葉に投じ、葉も枝も燃えるばかりに輝いている。日没までには、まだ間がある。私を、待っている人があるのだ。少しも疑わず、静かに期待してくれている人があるのだ。私は、信じられている。私の命なぞは、問題ではない。死んでお詫び、などと気のいい事は言って居られぬ。私は、信頼に報いなければならぬ。いまはただその一事だ。走れ! メロス。

私は契約したのだ。私は契約したのだ。先刻の、あの仁美の囁きは、あれは夢だ。悪い夢だ。忘れてしまえ。五臓が疲れているときは、ふいとあんな悪い夢を見るものだ。さやか、おまえの恥ではない。やはり、おまえは真の魔法少女だ。上条は再び立ってバイオリンを弾けるようになったじゃないか。ありがたい! 私は、正義の士として死ぬ事が出来るぞ。ああ、心が沈む。ずんずん沈む。待っていろ、魔女よ。私は生れた時から正直な女の子であった。正義の女の子のままにして死なせて下さい。
立ちはだかる魔女を押しのけ、跳ねとばし、さやかは黒い風のように戦った。魔女の空間の、その触手のまっただ中を駆け抜け、まどかを仰天させ、下僕を蹴飛ばし、刀を投げ飛ばし、痛みに耐え、戦った。挫けて負けそうになった瞬間、マミさんの正義を貶めた赤い少女が助太刀にやってきた。「まったく。見てらんねぇっつうの。いいからもうすっこんでなよ。手本を見せてやるからさ」 ああ、そのマミさん、そのマミさんのために私は、いまこんなに戦っているのだ。そのマミさんの意志を死なせてはならない。負けるな、さやか。倒れてはならぬ。愛と魔法の力を、いまこそ知らせてやるがよい。痛みなんかは、どうでもいい。さやかは、いまは、ほとんど真っ黒であった。呼吸も出来ず、二度、三度、口から血が噴き出た。勝てる。空間ははりさけ、魔女は消え去った。グリーフシードが黒々と光っている。

「ああ、さやか」うめくような声が、風と共に聞えた。
「まどか。」さやかは走りながら応えた。
「さやかちゃん…あんな戦い方、ないよ」 そのピンク色の少女も、さやかの後について走りながら叫んだ。
「…ああでもしなきゃ勝てないんだよ。あたし才能ないからさ」
「あんなやり方で戦ってたら、勝てたとしても、さやかちゃんのためにならないよ」
「私の為に何かしようって言うんなら、まず私と同じ立場になってみなさいよ。無理でしょ。当然だよね。ただの同情で人間やめられるわけないもんね?」
「同情なんて…そんな…」
「何でも出来るくせに何もしないあんたの代わりに、あたしがこんな目に遭ってるの。それを棚に上げて、知ったような事言わないで」

言うにや及ぶ。まだ雨は止まぬ。最後の死力を尽して、さやかはさまよった。さやかの頭は、からっぽだ。何一つ考えていない。ただ、わけのわからぬ黒い力にひきずられてさまよった。陽は、ゆらゆら地平線に没し、まさに最後の一片の残光も、消えようとした時、さやかは気がつけば電車の中にいた。
「ねえ、その人のこと、聞かせてよ」
「今あんた達が話してた女の人のこと、もっとよく聞かせてよ」
「お嬢ちゃん中学生?夜遊びは良くないぞ」
「その人、あんたの事が大事で、喜ばせたくて頑張ってたんでしょ?あんたにもそれが分かってたんでしょ?なのに犬と同じなの?ありがとうって言わないの?役に立たなきゃ捨てちゃうの?」
「何こいつ?知り合い…?」
「ねえ、この世界って守る価値あるの?あたし何の為に戦ってたの?教えてよ。今すぐあんたが教えてよ。でないとあたし…」
どっと電車の中に、悲鳴が起った。

「やっと見つけた…。アンタさ、いつまで強情張ってるわけ?」
ひとりの少女が、緋の肩をさやかに捧げた。さやかはもたれかかった。さやかは、息を吐くようにつぶやいた。
「誰かの幸せを祈った分、他の誰かを呪わずにはいられない。私達魔法少女って、そう言う仕組みだったんだね」 「あたしって、ほんとバカ」
さやかは魔女化した。