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モテと非モテのブログ論*1

何となくだけど、ブログ論(サイト論)とモテ・非モテ論は、人に注目してほしいという観点からは良く似た話だということ。しかし、両者は良く似ているようで微妙に違う。

ブログを始めた理由

ブログを始める理由は人ぞれぞれで、流行っているからとか、簡単そうだからとか色々でしょう。しかし、webという多くの人に見られる場に文章を公開するという動機の裏には、多かれ少なかれ目立ちたいとか皆に注目して欲しいという理由が必ずあるのではないでしょうか。恐竜はもういないにある、ブロガーになりたくてブログを始めた人こそまさに、人に注目して欲しいからブログを始めたのでしょう。まぁ、実際にブロガーになりたくてブログを始めた人なんているのか疑問ですが、恐らく実名主義アルファブロガーさん達の中にはいるのではないかと睨んでいる。

ブログの先に目指すもの

さて、ブログを始めたら日々更新するわけですが、その先に目指すものとは何か。アクセスアップとか、人気ブロガーになるとかあると思いますが、要するに自分の書いた記事を多くの人に読んでもらいたいってことでしょう。さて、アクセスをアップするあるいは、人気者になるためにはどうしたら良いのか。それこそ、google:ブログ アクセスアップなどで検索すれば、役に立つかはさておき、幾らでも指南書もどきが見つかる。これは、裏返せば多くの人がアクセスアップを目指しているって事でしょう。大体のアクセスアップ指南書には、自分の得意分野を活かせとか、読者が望んでいる記事を見抜けとか、如何に集客するかという術が書かれています。まさに、アクセスを狩り取る攻めの戦法。
それとは別に、アクセスアップは要らないけれど、自分という人間を知ってほしいという場合もあるでしょう。この場合、アクセスや人気にとらわれず自分の書きたいことを書く。ただし、アクセスが要らないかといえばそうではなく、自分のことを理解してくれる人を待っている状態。つまり、待ちの戦法。
アクセスアップを目指すにしろ、自分を理解して欲しくても、どちらにせよ要するに、web上でモテたいということでしょう。

モテと非モテ

なんで、モテと非モテが生じるのか。その一つの回答として、高学歴モテ/非モテの間に立ちはだかるビミョーな壁において、
モテ=自分の優位性を活かす=攻めの戦法=狩猟派=外向的
非モテ=自分を完全に好きになって欲しい=待ちの戦法=農業派=内向的
というわけ方があります。なるほど納得。自分の利点を活かして攻めていけば、異性とつき合えるのは自明の理。恋は待つものじゃなく、自分で掴み取るものです。しかし、待ちで自分を完全に理解し好きになってくれた人と出会えたら言うことないのですが。
ちなみに、研究職に独身貴族が多いのは出会いが少ない上に、研究好きがさらに独身に拍車をかけてると思います。

モテと非モテのブログ論

というわけでようやく本題。web上でモテたいのは、アクセスアップを目指す人も自分のことを知ってほしい人も同じだと思います。ブログにおいてアクセスアップを目指す人は、攻めの戦法ですから、モテ・非モテで言うとモテの思考。逆に自分のことを知ってほしい人は待ちの戦法なので非モテの思考。で、実際にブログを眺めているとアクセスアップを目指す人はそれが目標になってしまっている人が結構多い。成功すれば多大なアクセスを得る代わりに、アクセス数が伸びないとモチベーションが低下し更新頻度も下がる。逆に、自分のことを知ってほしい人は伸び伸びやっている。逆に、自分の好きなことやっているのにアクセス数も多い人もいる。そして、ブログに限らずサイトを継続し、そして一定数のアクセスを稼いでいるサイトってのは多くは非モテの思考の人が多そうだ。だから、web上には非モテが多く見えるのか。

まとめ

ここまで書いたものの、アクセスだけ欲しい人も、自分のことを知って欲しいというだけの人も実際はいないでしょう。要するにバランスで、楽しそうに見えるのは非モテの思考である、待ちの戦法を取っている人に多いと思う。ブログやサイトなんて、ほとんどの人は自分の仕事じゃないのだから、自分のやりたいようにやるのが一番って、いつもの結論に行き着いてしまった。
追記:モテ志向のブログ論