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車が必須であるか否かなんて住んでみないと分かりません

池田信夫先生*1twitter 上の発言からちょっとした車が必要か否かあったので、僕も述べてみる。住めば都という言葉があるように住んで見ないと、その土地のことは分かりませんよ。

都市構造を変える方がコストかかるよね

「郊外」がどの程度の規模の町を指すのか分からない。文中から察するに、ベットタウンやニュータウンがそれに近いか。過疎化が進み店舗の減った、あるいは農業などの第一次産業を主体とした「田舎」を想定してる人にとっては、その「郊外」ですら都会という感覚。
街を作り変えるという発想が出来ないのが想像力の欠如と断じているのだけど、街を作り変えるのはコストがかかりすぎるだろう。シムシティというゲームですら、再開発は一苦労だ。街作りというのは、10年、20年のスパンで考えるものではないだろう。マンションですら最低30年、一軒家だと50年先まで考える。建築物の器である街はそれこそ、100年、200年先を考えなければならないだろう。またまたシムシティで申し訳ないが、ゲーム開始時に確固たる最終形をイメージできなければ理想の都市を作ることは難しい。
街を作り変えるという発想が出来ないのが想像力の欠如と断じているのだけど、ある地域に住んだ事がなければ、その地域の利便性は分かりません。池田先生や id:fukken の人は田舎を肌で感じたことがるのか。これは想像力の問題ではなく、体験しなければ理解するのが難しいことなので仕方がない。というわけで、ちょっと特殊な僕の故郷である長崎について説明してみよう。

坂の町 長崎

僕の故郷である長崎市は坂が多いことで有名です。最近、Google Japan Blog: ストリートビューの対象エリアを拡大 され長崎も見られるようになったので坂の多さを実感してみてください。坂が多すぎるのか、自転車保有率 が14%の沖縄県の次に低くなんと22%。45位の鹿児島は35%ですから、この二県の自転車保有率は著しく低い。僕の周りにも自転車に乗れない人が多かったです。山の方に住んでると自転車を練習するスペースすらないですし、行きは良い良い帰りはきつい、というわけで乗る利点がない。高校などは土地の関係で山の上にあることが多く、校則に「自転車で登校してはならない」と書いてるんですけど、誰が自転車で登校するかと思いました。自転車が少ない反動なのか長崎市は原付の保有台数が多く、人口40万人なのにナンバーが5桁もある。
長崎市は平地が少ないため、山の斜面にまで家が建っています。長崎市における山の斜面にまで家が詰まった様子は 長崎ガイド のT・斉藤さんによる、@nifty:デイリーポータルZ:長崎の巨大要塞 をご覧ください。この斜面にへばりついた住宅地は小さな路地でつながっているので、自動車はおろか自転車も使えない。郵便や宅配便の配達人は自分の足で運んでいるし、救急車も人力だ。聞いた話では、70年代前後の働き盛りの人々が、山の斜面の土地は安からとバンバン家を建てたそうだ。建築当時は若さもあり坂の上り下りは苦ではなかったが、現在は年老いてしまい買い物に行くのも大変で問題になっているらしい。

「街の構造は社会のあり方(自動車の有無とか)によって変わる」

とある。社会のあり方で街の構造が変わるのは確かで、長崎の斜面にある家も「一戸建てを建てるのが成功者」という社会のあり方で出来た側面がある。しかし、斜面に建てざるを得なかったのは、斜面にしか家を建てることが出来なかったから。「郊外」も駐車場の完備されたショッピングモールを建てるだけの土地があったから可能であったわけで、街の構造は揺ぎ無い「土地」によって決まる。「土地」に依存しない、あるいは土地をものともせず街の構造が変わるのは「都会」だからじゃないでしょうか。

車を必要としない未来は本当に望まれているの?

さてさて、長崎の話はこれくらいにして、田舎は車が必要なんだ!車は贅沢だ!車のない社会を!という議論以前に、本当に車を必要としない未来が望まれているのか、またそのような未来が必ず来るのかという点も十分に議論されていない。
「CO2削減のために、自動車は減らすべきだ!」と。CO2と地球温暖化の因果関係も謎ですが、削減すると決めてしまったからには努力はした方が良いだろう。しかし、それならば石油燃料に環境税かければ良い。また、自動車会社だってバカじゃないんですから、CO2排出の極力少ない車を開発するでしょうし、プリウス価格珍現象“中古車>新車” なんて事が起こるくらいハイブリットカーは売れています。
「来るべき超高齢化社会では、車移動に頼っていると田舎は孤立化してしまうのだ!」という意見もあるかもしれませんが、やはり自動車会社はバカではありませんから、自動運行システムなどで高齢者でも安全で簡単に運転できるようになるかもしれません。
しかし少子高齢化社会は今そこにある問題です。さらなる高齢化社会を見越した街づくりも必要ですが、今解決すべき問題でもあります。また既に、コンパクトシティの実施について - 青森県庁ホームページ のように青森ではコンパクトシティの形成を目指しています。青森の場合は過疎化、及び少子高齢化、そして雪国であることが行政を上げてコンパクトシティ化を推進する原動力になっているのかもしれません。

ところで、車議論がなされる際に、僕の観測範囲、特にはてブ*2では子どもがいるなら都会でも車があった方が便利である、という意見が出ないのが不思議。はてな村でいちばん多いのはギークではなく主婦だ。 という報告があるのにおかしい。遊びに行ったり、送り迎えや、学校行事などなどで都会でも車があった方が便利。勿論、「便利」という理由は贅沢なのだけどできれば楽に子どもを育てたいじゃないさ。

駐輪場が欲しいなら自転車に税金をかければいいのでは?

そもそも、池田先生の車に環境税を発言は目黒区の駅前に自転車を停めていたら撤去されたので、自動車税を増額しそれを自転車のインフラに使えという、居酒屋のおっさん発言が発端なわけで擁護するにも値しない。素直に謝ればいいのに、『私の話を「都会人の傲慢」だとかいう人は、車をもてない人のことをどう考えているのか。』とか発言してさらに傷口を広めている。
で、話を元に戻すと池田先生のぼやきは自動車の環境問題などに話をすり替えてはいるが、本来は放置自転車の問題。自転車保有率が低い長崎市すら、長崎駅前放置自転車撤去跡地活用のアイデアを募集 や、
放置自転車を通して 「もったいない」を伝えたい (PDF注意) などに見られるように平地に位置する長崎駅長崎大学では放置自転車が問題となっています。
自動車税を増額し、それを自転車のインフラに使うという池田先生の理屈に従うならば、自転車に税金をかければよいはずだ。そうすれば自転車の保有台数も減るし、駐輪場も作れて、放置自転車問題は一挙解決!である。さらには、サイクリングロードが整備されるかも!?ただまぁ、本当に目的税として運用されるかも分からないですし、登録の管理も面倒そうなので机上の空論ですけど。
というわけで、

ノビーが引っ張ってきている論は、「社会全体として」自家用車を保有しないという選択をするという話なので、スケール感が全然違う。

って池田先生はそんなこと考えてないというか、そういう反論が出来ればバカにもされない。
また、「最終的な形は、歩いてor自転車で行ける距離で日常的な買い物が賄える、という図」は郊外なら可能でしょうが田舎は厳しい。というか、買い物の話しかしてないのだけど、「田舎」ひいては「郊外」で車が必要なのは日常の買い物も勿論ありますけど、車が無いと仕事に行けない所もある。大きな会社や工場ならば通勤バスを出している所もありますが、規模が小さな会社では厳しく個別に交通費を出した方が安く上がる。これは、住んでみないと実感できないので仕方がない。今後、在宅が増えるかもしれませんが、仕事はそこまで選べませんから、歩いていける距離に仕事場がある街づくりは厳しいでしょうね。

まとめ的な何か

先ず、「郊外では自家用車が必須」は恒真ではない - いつか作ります - 断片部 へのツッコミをまとめると、郊外の定義が謎で、文中から判断する限り田舎を指すわけではなさそう。車が必要ではない街づくりをしなければという前提も不確かである。「郊外」でも買い物程度なら歩いていける範囲の街づくりは可能だろうが、仕事はどうか。また、歩いて移動することすら困難な街というのも存在する。
今後の社会を見据えた上での街づくりをしなければならないだろうが、未来予測と言うのは難しい。
池田先生の提案は、駐輪場の問題であり、自動車を引き合いに出す話ではない。彼の主張からすると駐輪場が足りないなどのを解決したければ、自転車に税をかけると言うのも一つの手ではないか。僕はいやですけど、それ以前に、自転車を駅前に放置しなければ良かったのにという話。