サマータイムは暑さ対策になるのか

2020年に開催される東京オリンピックにおいて暑さ対策の一環として日本標準時を2時間前にずらすサマータイムの導入が検討されている。最初の報道は7月末であったが、8月6日から謎のスピード感で議論が進んでいる。

サマータイムのある国に住んでいたが、スマートフォンなどの時計が勝手に切り替わるため、スマートフォンを目覚まし時計代わりに使っておけば特に困ることはなかった。
時計が一斉に切り替わり、日のでている時間が長くなるだけで、生活時間が特に変化するわけではない。いつもの時間に起きて、ご飯を食べて、学校や仕事に行き、帰宅して寝るだけだ。ただし、サマータイムになってから、あるいは終わってからは、時差ボケにより体調が優れないこともあった。特に、サマータイムが終了する方が酷かったように思う。日照時間が急に短くなり、十分に日の光を十分に浴びられないからだろう。

サマータイム期間中は日が長いため、夜の9時くらいまで外でお酒を飲んでいても、治安の面で安心というのはあった。逆に、冬は直ぐ暗くなるし寒いのもあって、家に引きこもることが多い。ボードゲームなどが発展するのも、そのような下地があるのかなと思った。

日本で、余暇のためにサマータイムを導入するメリットは、あんまりないと感じた。夏も冬も日が暮れようが外食でお酒を飲むことができる。そうでなければ、忘年会や新年会など行われないだろう。

サマータイムの議論が活発化

東京オリンピック「サマータイム導入検討を」 組織委、政府に
東京五輪へサマータイム論 暑さ対策に腐心 官房長官は慎重 :日本経済新聞
五輪でサマータイム?暑さ対策…総理が前向き姿勢

7月28日に、大会組織委員会が政府に要請したと各種機関が報道したものの、その後、官房長官が政府としては検討していないとコメントした。

【東京五輪】酷暑対策でサマータイム導入へ 秋の臨時国会で議員立法 31、32年限定(1/2ページ) - 産経ニュース
森氏、サマータイム再度要望 首相「内閣としても検討」:朝日新聞デジタル

8月6日に産経新聞が、内閣ではなく自民党議員立法を目指していると報道するも、7月末と同様に官房長官が内閣では検討していないと述べた。
ところが、8月7日に、産経新聞以外の報道機関も、大会組織委員会が再度要請したとの報道を行う。NHK朝日新聞世論調査まで行っており、半数以上が導入に賛成であることが明らかになった。

東京五輪終わっても「サマータイム」恒久的運用へ 議員立法による成立を目指す : スポーツ報知

当初は、2019年と2020年の時限立法とされていたが、8日現在では恒久法として運用が検討されるに至っている。このまま譲歩したように見せかけて、2時間ずらしから1時間にするのではないかと目論んでいる。

1990年代から検討されてきたサマータイム

夏時間 - Wikipedia
サマータイムとは、夏の間だけ標準時をずらす制度。緯度の高い欧米などでは、太陽がでている時間を有効に活用するため4月から10月頃に時計を1時間進めている。
標準時そのものを変更するため、タイムシフトとは異なる。タイムシフトでは標準時は変化せず、個々人や業種によって就業時間をシフトする制度である。早めに仕事を始めれば、通常よりも仕事が早く終わり、その時間を使って用事を済ませたり、余暇を楽しむことができる。あるいは、遅めに出勤してラッシュ時を避けることなども可能となる。
一方で、サマータイムでは標準時がずれるため、タイムシフトのような効果は得られない。一斉にずれるため、就業時間そのものに変化は無い。起床時における太陽がでている時間帯を増やすのが目的である。日が沈むまでの時間が延びる効果がある。

日本ではGHQの占領下に、主に省エネ対策として1949年から実施されたが、占領が終了した後の1952年には打ち切られた。

一旦は廃止されたものの、1995年頃から再検討が行われ、議員立法への働きかけや、経団連による自民党への提案、温暖化対策として自民政権や民主政権下でも検討されていたが、法案提出までには至っていない。近年では、2011年の東日本大震災に伴い夏の電力不足が懸念され検討がなされたが、やはり導入には至らなかった。

政府による検討は、サマータイムパンフレット にも詳しいが、1980年からサマータイムへの意識調査が行われ、常に過半数以上が賛成する結果にも関わらず導入されていない。

オリンピックへ向けたサマータイム

今回は、オリンピックにおける暑さ対策として検討されている。サマータイムとしては異例で、標準時を2時間進めることが提案されている。

東京を基準として2時間前倒しにするケースを考えると、サマータイム期間中の夏では、朝の7時前後で空が明るみ始め、14時に太陽が最も高い位置に来る。結果として気温のピークは15時から17時頃になり、20時頃までは空が明るく、21時前後から暗くなってくる*1

オリンピック組織委員会の目論見としては、暑さ対策として現在の早朝5時からマラソンをスタートさせたいが、それではスタッフもボランティアも観客も集まれないため、サマータイムを導入して、その時刻を7時にずらしたいのだろう。
2時間前倒しにするサマータイムを導入すれば、午前中に行われる競技は涼しい時間帯に終えることができ暑さ対策になるものの、それは暑さを午後に追いやっただけで、午後に行われる競技へのしわ寄せとなる。オリンピック競技スケジュール|東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会 から抽出すると、陸上の決勝、アーチェリー、野球とソフトボール、自転車、馬術、サッカー、近代五種ラグビー、テニス、ビーチバレーである。暑い時間帯である15時から17時に行われるのは、アーチェリー、自転車(ロード・トラック)、テニス、ビーチバレーとなる。
また、本来ナイトゲームとして行われるサッカーや野球などの競技も、21時頃まで日が出ているため、暑さの引かない状況で競技が行われることになるだろう。

つまり、暑さ対策としては一長一短である。そもそもサマータイムは太陽の出ている時間を延ばすために行われる制度である。日が沈むまでは気温が下がらないため、暑さ対策とは矛盾する制度である。

オリンピックにおける輸送問題

サマータイムを導入するしないに関わらず、通販の利用を控えるような要請が出ている時点で、輸送上の問題がつきまとうのは明かだろう。「東京2020」その日、電車は止まり駅では大混乱が起きる…専門家が警鐘 - FNN.jpプライムオンライン との記事もあり、夜に行われる競技では会場から帰宅できない人が出てくると予測されている。公共交通機関は特別ダイヤを組むなり、組織委などはシャトルバスなどを用意する必要があるだろう。過去には JR東日本:プレスリリース:「2002FIFAワールドカップ」大会期間中の対応について にあるように、2002年のワールドカップの際に、臨時スケジュールが組まれた前例もある。また、毎年大晦日と元旦にはには二年参りのため終夜運転が行われている。
サマータイムの導入に拘わらず、マラソンや、サッカーや野球の決勝が行われる日には、終夜運転を見越した運行スケジュールが必要となりそうだ。

サマータイムのメリットとデメリット

サマータイム導入のため、そのメリットが提示されるが、本当に効果があるのだろうか。

省エネは照明とエアコンのトレードオフ

先ず省エネが謳われる。日のでている時間が延びるため、照明を使用する時間が減り省エネとなる理屈であるが、エアコンが利用される現代においては、トレードオフとなる可能性がある。実際、計画停電と空調節電対策(速報)(9): 行動の変化(サマータイムなど) | 産総研:安全科学研究部門– 持続可能な社会実現に向けた評価研究部門 | 産総研 AIST RISS との試算がある。現代の夏の電力ピークは気温が高くなる昼間である。また、今年は猛暑のため熱中症対策として就寝時でもエアコンの利用が推奨されている。サマータイムによって就寝時の気温が上昇すると考えられる。そのため、照明への電力は減るが、エアコンへの電力は増加する可能性すらある。つまり、サマータイムに省エネ効果があるかは不明である。

余暇も残業の時間も増減しない

次に、余暇の時間が増えるとされる。これは、屋外で明るい内に行う余暇には当てはまるが、そうでない余暇は関係が無い。例えば、屋外でサッカーなどを行う場合、照明を利用する必要はなくなる。ただし、暑い中で運動を行うことになり、熱中症の危険性が増す懸念もある。
逆に サマータイム導入で日本から無くなるもの一覧 にあるように、暗くなってから楽しむ余暇の時間が減ってしまう。七夕、ねぷた祭り、灯籠流しなどは、暗くなってから行わなければ風情がないだろう。花火大会や京都の五山送り火なども、暗くなってから行おうとすれば、21時や22時にずれ込んでしまう。枕草子ではないけども「夏は夜」であろう。

しばし、タイムシフトと混同していると思われる論考もある。
News Up えっ!サマータイム? | NHKニュース *2における「会社の始業や就業が早まって余暇が確保できれば、趣味や飲食に充てる時間が増えて年間5000億円くらい個人消費が伸びるという見方もあります」なる論考は、タイムシフトについて述べているように思える。先にも述べたが、サマータイムタイムシフトは異なる。サマータイムは標準時が一斉にずれるため仕事が終わる時間は変わらない。サマータイムパンフレット にも挙げられている北海道や滋賀での事例はサマータイムではなく、タイムシフトである。余暇の活用として「家族とのふれあい」や「地域の活動」などができるのは、タイムシフトによって、他の人よりも早めに帰宅できたからだ。
そもそも、タイムシフトにしてもサマータイムにしても、労働時間が増減するわけでは無い。そのため、余暇の時間も増えなければ、原理的には残業時間が増減することもない。
また、北海道の事例では省エネ効果があったとされるが サマータイム実施結果 | 総合政策部政策局参事 にあるように、タイムシフトと並行して省エネへの意識改革も行っており、この北海道の事例により省エネ効果があったと結論付けるのは疑問である。

健康増進?

サマータイムパンフレット では、健康増進や交通事故の低下もメリットとしてあげられている。しかし、サマータイム—健康に与える影響 一般社団法人 日本睡眠学会 サマータイム制度に関する特別委員会 では真逆のことが述べられている。睡眠障害が懸念され、サマータイム導入による交通事故が増加した事例があるという。ただし、交通事故に関しては、変化が無いとの報告もある。

今回は、暑さ対策としてサマータイムの導入が検討されているが、先に述べたように、この効果も一長一短である。日のでている時間を延ばす制度を利用して暑さ対策を実施するのは矛盾している。
ラソンを5時からスタートさせたいのであれば、公共交通機関などの運行スケジュールを変更する方法もある。サマータイムを導入するしないに関わらず、運行スケジュールの調整は必要になりそうで、それならサマータイムを導入しない方が導入コストやリスクが少ないのではなかろうか。

サマータイム導入コスト

サマータイムを日本に導入する場合に、どれくらいのコストがかかるのかはきちんと論じられていない。きちんと試算することが困難であろう。現在は、世界中の時計が同期されているため、影響は日本国内だけでなく国外にもおよぶ。為替や株式市場、銀行取引などの金融の他、飛行機などの輸送への影響も考えられる。また、一般にサマータイムが導入されている国でも1時間までと、2時間ずらす前例はない。

特に問題となるのが、コンピューターやスマートフォンなどのOSである。毎年恒例となった「iOS」のサマータイムバグが今年も発生 | 気になる、記になる… のようにAppleもやらかしているため、スムーズに移行するとも思えない。そもそも、MicrosoftGoogleAppleが日本のためだけにきちんと対応するのかも疑問である。iPhoneにわざわざSuicaを導入したAppleは対応してくれそうだが、Pixel を発売しないGoogleや、おま国使用のSurface Goを発売するMicrosoftは心配だ。

国内では、標準時変更など考慮されていない古い機械への対応が未知数だ。踏切や信号機などはきちんと動作するのであろうか。

コストがかかっても、メリットが上回れば導入も吝かではない。そもそも、導入さえできてしまえば、一般人はサマータイムを意識する必要は無い。スマホなどは自動的に時刻が切り替わるし、テレビ番組などもサマータイムに沿って進行する。鉄道やバスのスケジュールもサマータイムで合わせて動くだけだ。同じ時間に起きて、ご飯を食べて、仕事へ行ったり学校へ行ったり、あるいは遊びに行って帰宅して、寝るだけだ。もちろん、人によっては時差ボケに苦しむだろうが。

サマータイムのメリットとデメリットはトレードオフ

サマータイムのメリットはデメリットとのトレードオフである。日のでている時間に行う余暇の時間は増えるが、日が暮れてから楽しむ余暇の時間は減る。そもそも、労働時間が変化しなければ、余暇の時間そのものが増減することはない。これは、デメリットとして挙げられる残業時間も同様で、基本的には増減しない。

省エネに関しても良く分からない。日がでている時間が増えるため照明にへの電力量は減るが、エアコンの稼働時間とトレードオフになる可能性がある。現在の夏の電力ピークは日のでている日中であるため、日のでている時間を有効活用するサマータイムは、省エネにならない可能性もある。

暑さ対策としては、午前中は涼しいが、午後は日が沈む21時頃まで暑さが残ってしまう。余暇の時間である夕方に気温のピークが来て、就寝時にも気温が下がらない。暑さ対策としては、むしろ逆効果かもしれない。

恐らく明確なデメリットとしては、睡眠障害がある。これに関しては、現在サマータイムを導入している国でも問題になっている。

サマータイムを実施しても、余暇の時間そのものは増減しないし、省エネ効果も不明である。暑さ対策に関しては、日のでている時間を延ばすための制度と矛盾している。日常生活に対する影響は、睡眠障害が懸念されるが、大した影響はほぼないと考える。
導入コストは十分に議論されていないが、導入派は安く見積もり過ぎだろう。2000年問題ほどのリスクでは無いだろうが、決して安いものではないはずだ。

個人的には、導入するメリットもないのだから、わざわざ導入する必要ないと考える。オリンピック期間中の暑さ対策としては、公共交通機関などの運行スケジュールを調整したほうがコストは少ないだろう。サマータイムを導入すれば、公共交通機関もその分だけコストが必要なる。また、導入したところで、オリンピック開催に伴う帰宅困難者などの交通上の問題は生じ得る。それならば、導入しない方がマシであろう。
そもそも、8月に行うのが無理なのである。泥縄で対策して後手後手に回ってしまうから、負荷の高い対策を取らざる得ないのだろう。

*1:ブックマークコメントにもあるが、西日本では朝が暗く夜は遅い時間まで明るいままとなる。

*2:できらぁ!