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「頭の良い人」=お利口さん

お利口(clever)と賢い(wise)

頭の良い人といると疲れる。に関してkanoseさんが、「頭が良い人」のイメージにて分析してるんですが、この場合、確かに「頭の良い人」=「自分にとって都合良い人」だよね。そして、結局は「コミュニケーション能力の高い人」=「頭の良い人」へと帰着してる。つまりは、口先だけの世渡り名人が頭の良い人って事になるのだで、なんか釈然としない。
そもそも、「頭が良い」という評価は環境によって変わってくるわけで、例えば学校ならテストで高得点を取れれば頭が良いが、職場では仕事がスムーズに出来る「リアルタイム性能の高い人」や「コミュニケーション能力の高い人」が頭が良いと評価される。また、のび太のような悪知恵が働く人も頭が良いと評価される環境もあろう。結局は、その環境で評価の高い人が「頭が良い」と評価されるんですが、それは英語で言うとcleverつまり、お利口さんであって、決してwise=賢いでは無い。ちなみにwiseは経験に裏づけされた知識なので、例えば普段は座っているだけの上司が、いざとなると力を発揮するみたいな、つまり頼れる人ってことかしら。wiseは博学って事ですが、その知識を経験に基づいて生かせないと本当の意味で賢くないです。
ちなみに、頭の良い人といると疲れる。のは、頭が良いと思っている人が、実は本当の意味で頭が良くないからです。ただのお利口さんだから。本当の意味で頭の良い人は、頭の悪い人の思考をトレースできるはず。

天才とは

先の「頭の良い人」=お利口さんである。つまり。天才ではない。そもそも、我々凡人は天才ではない。あくまでイメージですが、天才と凡人の違いはOSやハードの性能の違いでなく、そもそも次元が違うじゃないか。普通のコンピュータと量子コンピュータみたいに。つまり、凡人はOSが環境にマッチし、ハードの性能が良ければ「頭の良い人」となる。適材適所みたいなもんか。しかし、天才はそもそも次元が違う。次元が違うので、3次元に住む我々が、4次元を4次元として見ることが出来ないように、天才の考えることは我々凡人では理解できない。天才の考えるおこぼれを利用することは出来るが天才の考えは理解できない。それは3次元に生じた4次元物体が3次元の連続して認識できるが、4次元物体の本当の形は到底理解できないように。
岸和田博士の科学的愛情における天才感もそんな感じで、天才とはそもそも我々凡人とは違う生き物であるという考えであるし。