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著者で読むか、内容で読むか

匿名・実名論や、炎上に関して
先ず言葉の定義

  • 実名
    • ネット以外でも通じる実名
    • 名前でその人のバックグラウンド(ステータス)が特定できる状態
    • 実名というよりも著名?完全実名?
  • 匿名
    • 完全匿名とHNを含む
    • ネット以外でその人のバックグラウンドを特定できない状態

ブログを購読するきっかけ 「人」か「内容」か

ブログを定期的に見る、つまり購読するきっかけは色々あると思います。お気に入りのサイトにリンクされていたとか、ニュースサイトで何度か見かけたとか、好きなタレントや作家が書いているなどなど。色々あるでしょうが、大別すると購読のきっかけは「人」か「内容」かだろう。これは別にブログに限ったことじゃなく、本や音楽などにもいえることですが。
さて、色々なブログがありますが、「人」で読まれ始めたブログ、あるいは「内容」で読まれ始めたブログの違いは何だろう。基本的に「人」で読まれ始めるブログというのは、ネット以外で活動をしており、名の知れた人がブログをやっている場合が殆どだろう。つまり、「人」で読まれ始めるのは実名のブログ。作家やタレントだったり、弁護士や学者だったりと、その人のステータスで読まれている。そのステータスを持つ人が書くから読みたいということになります。
逆に、「内容」で読まれ始めたブログは、ネット上で話題になり、例えばニュースサイトを経由し、紹介されたネタも面白いけど、過去ログも面白そうだなと思えた時に初めて、巡回先に登録することになります。つまり、その人のステータスは関係なくて「内容」のみが問われ、巡回先に加わる。ただし、匿名でも、ある業界で働いていると言うステータスでと読まれる場合もありますが。例えばゲーム業界にいるとか。

巡回先の取捨選択 「内容」次第

ネットをしていると、色々なサイトを巡回したくなりますが、時間は限られているので、自ずと巡回先を厳選する必要があります。他人の不幸は蜜の味: 巡回先から消えるブログ・加わるブログから、巡回先を削除す理由として

・書いてる事がつまらなくなった
・話題が狭くなった
・デザインが読みにくい
・更新頻度があまりにも低い
・閉鎖・移転
他人の不幸は蜜の味: 巡回先から消えるブログ・加わるブログ

などが考えられる。つまり、基本的には「内容」が問われる。どんなに好きなタレントや作家であっても、どんなに過去に素晴らしい記事を書いていたとしても、自分にとってつまらなくなれば、巡回先から消えることが殆どでしょう。
同じことがやっぱり、本や音楽にも当てはまるわけで。例えば漫画ならば、読み始めたきっかけは様々で、好きな作家の新連載だったから、話題になっているからなどでしょう。しかし、読まなくなる理由は「内容」が詰まらなくなったからに尽きるのではないでしょうか。つまり、最終的に問われるのは「内容」でしかない。

ここで敢えて実名・匿名論と炎上に関して

実名・匿名論は昔からされてきた議論ですが、決着は着かない。まぁまず着くはずがない。何度が話題になるのは、落ち着いても新規参入してきた人たちが問題提起するからなのだろうな。
さて、私自身は人それぞれの事情があるから実名や匿名は、その事情に合わせれば良いと思っております。しかし、いつも疑問に思うのはどうして実名派の方々は執拗に実名にこだわり、匿名を排斥しようとするのか。それがさっぱり分からんのです。

実名ブログの炎上

実名ブログは良く炎上してるイメージがある。恐らくは、イメージだけで実名に限らず匿名ブログも炎上してるだろうし、単純に実名ブログのほうが話題になり易いからかもしれない。
炎上に至る経緯は色々でしょう。炎上のサンプルケースとしてデジモノに埋もれる日々: 「炎上」発生のメカニズム - 責任の発生と納得の獲得で紹介された、花岡信昭ウェブサイト - my weblog : 「モーニング娘。」が日本語を壊したを見てみる。炎上に至った経緯は「炎上」発生のメカニズム - 責任の発生と納得の獲得でも考察されているように

「ボクがめった打ちされるはずはない。
 ボクは別に間違ったことを言っているワケではない。
 したがって、攻撃してきた人のほうが、どこかおかしいのである。」
デジモノに埋もれる日々: 「炎上」発生のメカニズム - 責任の発生と納得の獲得

という心理ではないでしょうか。実名ブログを運営する著名人は、ネット以外では確かに著名で、その道に知れ渡った人です。例えば花岡氏の花岡信昭ウェブサイト - 激動の政治経済を独自の視点で考察するの場合、開始当初で読み始める人は、花岡氏を知っている人々。つまり、「人」で読み始めた読者が殆ど。しかし、ネット上で更新する以上、花岡氏を知らない人も流れてきます。ある人は、花岡氏のエントリーが面白いから著作を読んでみようかなとおもうでしょうが、大多数の人はネットのみで留まるのが普通。そして、次第に花岡氏が書いたからよりも、その「内容」で読まれ始めてくる。
しかし、多くの実名ブログ運営者は、「人」ではなく「内容」で読まれているという事実に気が付くことなく、ブログを更新していく。そして、ある日ちょっと世間の認識とは違ったことを書き、その対処に失敗すると炎上する。自分のブログは、自分が書いたから読まれているはずなのに、どうして批判が沸くのだという神経なんじゃないかな。「人」でなく「内容」で判断されるという事実に気がついてない。本来、実名ブログを運営する人々も、その道で知られるようになるまでは「内容」を問われていたはずなのに、不思議なものです。
ブログではなく本や雑誌なら、直接その人に批判が届くことは無いけど、ブログならコメントする、トラックバックするなど様々な手法があることに気がついてないってのも問題なんですが(参考:ブログを始めたあなたへ(もしくは安穏とブログをしてきたあなたへ))。
花岡氏に対して同じような考察が、あなたの正義は誰を殺しますか - マスコミしか経験のないあなたがネットで情報発信する時に守ったほうがいいことで成されていました。ネットで公開する以上、実名であってもどこに馬の骨か分からん奴であることに変わりは無い。だから、ネット上での情報を鵜呑みにしてはいけないのです。

まとめ

長いからまとめる

  • サイトを読み始めるきっかけは「人」か「内容」
    • 「人」で読まれるのは、実名、著名人が書いてるから。つまりステータス
    • 匿名のサイトは「内容」でしか判断されない
  • サイトを読まなくなる理由は「内容」
  • つまり、最終的には「人」よりも「内容」が問われる
  • 実名サイトの運営者の一部は「人」で読まれていると思っている
  • きっかけは確かに「人」だが、結局は「内容」が問われる
  • 「人」か「内容」かの差異に気づけないと炎上する

まとまってるかな・・・
それにしても、花岡氏をどっかで見たなと思ったら、我々の国家はどこに向かっているのか(第2回)花岡信昭氏もそうか。なんというか、ブログはプロが書いているわけじゃないからなーって感想