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同じ内容の文章でも、自分で書くと記憶に残る

あるニュースを読んでそれに関する感想や、議論に関する自分の意見を書こうとしたとき、自分よりも秀逸な感想や意見を見つけると、一気に書く気がなくなってしまうことがしばしばある。しかしながら、自分の感想、意見を書いて残しておけば、後で見た時にその時の思考や印象が思い出させる。

自分の過去ログを読み漁る

暇に任せてというか、単にやる気が無いだけなのだけども、一年位前の自分の過去ログを読み漁ってみた。すると、昔の方が色んなニュースに対する感想をつらつらと書いていたなという気がします。はてブの影響かなと思ったけれども、当時からやっていたわけで、あまり関係ないかも。恐らく、自分がニュースに対して敏感で無くなったり、以前よりも興味が薄れているということに起因するのだろう。そして、それ以上に自分の中にある言いたいことを吐き出したい欲求の方が強いから、そちらを優先したいからだとも思う。
さて、このように自分が過去に書いたニュースに関する感想などを読んでみると、当時の状況が思い出されて面白い。まぁ、これぞ日記の醍醐味なのだけども、自分がどうしてそのような考えに至ったかという点も分かるし、そのニュースそのものに関する色々な思い出が自然と浮かんでくるのが中々楽しかった。ニュース不感症にりつつある自分ですが、もうちょっとコメントや感想を残して行こうかと思った。

同じ内容が既に書かれていると書く気が失せる

ニュースサイトを巡回し、気になったニュースの感想や意見でも書こうと思うと、既にあるサイトで秀逸な文章が書かれているのを発見してしまう。そうすると、一瞬にして書く気が失せてしまう。RPGでダンジョンに潜る際に、それなりに準備をしたが、いきなり強い敵が出てきて、のこのことダンジョンを後にしたみたいな、そんな秀逸な文章に叶わないですよという敵前逃亡みたいな。書いても意味ないじゃんと思ってしまうわけです。
しかし、秀逸な文章に完膚なきまでに打ちのめされ、ニュースに対する自分の意見を書かないと、自分の意見を忘れてしまうのですね。どんなに秀逸で、自分とほぼ同意見でも、自分で書いたのではないから、その時の自分の印象は思い出せない。しかし、自分の意見を書いておけば、後からそれを見返した時に、どのような経緯で、どんな思考で感想や意見を書いたかを思い出せる。そんなことを、自分の過去ログを漁りながら思いました。つまり兎に角書くしかないのですよ。

自分で考え書け!

というわけで、明日は明日の風が吹くのyas-toroさんははすげーなと素直に感心します。良く一つのニュースに対してこれだけ感想が書けるなと。しかも毎日。そして、実際に自分の記事が取り上げられると、すんごい嬉しかったり。そして、それは自分にも言えること。きっと、自分があるサイトの記事に関する感想を書けば、その記事を書いた人は何かしら感じてくれるに違いないのである。
しかし、誰もが書いているから書いても意味がない。は間違っているを読んで、この記事を書くのに何度も挫折しかけたことか。