「帝王切開」が「帝王」なのは、とても複雑な事情があるのです

残念ながら、その俗説は誤りです。「Kaiser」は現代のドイツ語では皇帝以外の意味がありませんし、「Schnitt」は英語の「section」にあたり、日本語訳するならば「切開」、「切除」、「切断」に当たります。
恐らく、 帝王切開 - 語源由来辞典 を参考にしたのでしょうが、「帝王切開」がそのように呼ばれるに至ったのは、とても複雑な経緯があるのです。

ガイウス・ユリウス・カエサルカエサルは分家の意

詳しい経緯はWikipediaにまとまっています。
「帝王切開」は、英語ならば「Caesarean section」、ドイツ語では「Kaiserschnitt」です。「皇帝の」を意味する「Caesarean」の語源は古代ローマまでさかのぼり、切るなどを意味する「caedere」が由来です。

古代ローマの「Lex Caesarea」=遺児法において、分娩時に死亡した妊婦は遺児を取り出して埋葬される決まりでした。この際、遺体から取り出された遺児を「切り取られた者」という意味で「caeso」あるいは「caesar」と読んでいました。

一方、Gaius Iulius Cæsar(ガイウス・ユリウス・カエサル)が帝政ローマの礎を築いたことから、「カエサル」はローマ皇帝の称号となりました。ドイツ語の「Kaiser(カイザー)」やロシア語のロシア語の「царь(ツァーリ)」もこの「カエサル」に由来します。
この「Cæsar(カエサル)」の本来の意味は、Iulius(ユリウス)の「分家」という意味です。先の「caedere」から派生した言葉で、「Lex Caesarea」=遺児法における「caesar」と同じく「切り取られた者」を意味し、これが「分家」を指す言葉として使われています。

帝王切開をラテン語で書くと「sectio caesarea」となりますが、本来の意味で翻訳すると「切り取られた者の切除」となり、重複表現になっています。「Lex Caesarea」=遺児法 におけるニュアンスだと、「caesar」は胎児あるいは嬰児を意味するでしょうから「胎児切除」もしくは「嬰児切除」と翻訳するのが適当かもしれません。切除する前は胎児ですが、した後は嬰児なのでどちらが適しているかは判断が難しいです。「切除」も「切り分け」にした方が適切な気もします。

本来「sectio caesarea」 は「胎児の切り分け」を意味していたはずですが、「caesarea」の「切り分けられた者」という意味が失われ、皇帝を意味する「Caesar」の方が残り、結果として近代のドイツ語、オランダ語ハンガリー語トルコ語などは「帝王切開」としか解せない言葉になってしまいます。日本語や韓国語はドイツ語を翻訳しているため、「帝王切開」としか訳しようがありません。その他、スラブ語やロシア語、アラビア語も同様に「帝王切開」としか解釈できない言葉が利用されています。

誤訳ではないが、ある意味誤訳

ドイツ語の「Kaiserschnitt」は「帝王切開」としか訳しようがないため、誤訳ではありません。誤訳ではありませんが、ドイツ語になる前の段階で意味の喪失などがあり、誤訳が生じて締っている状態です。

本来「胎児の切り分け」を意味した筈の言葉が「帝王切開」になってしまったのには複雑な事情が絡んでいます。それに加え、各種辞書に、帝王切開の由来として「カエサルが帝王切開で生まれたから」と記載されていることもあります。当時の技術では帝王切開で助かる可能性はありません。帝王切開自体は16世紀頃から行われていたそうですが、母子ともに生存可能になったのは19世紀以降、さらに成功率が高くなったのは20世紀になってからです。中国の皇帝説などもあり、「帝王切開」の語源に様々な俗説がります。

さし当たって、帝王切開 - 語源由来辞典には、「Kaiser」には「切る」という意味があると書いていますが、現代ドイツ語の「Kaiser」には「切る」という意味は無いので訂正して頂きたいです。

「Kaiser」はカエサルの名前から「皇帝」を意味するようになった語だが、カエサルの名前の「Caesar」の部分は「分家」を意味し、元は「切る」「分ける」といった意味から派生した語で、「Kaiser」も同様に「切る」といった意味があることから間違いである。