Twitterにて、ひな祭りにおける菱餅は女性器、甘酒は精液を象徴しているとの画像が出回っていました。
出回っている画像の出典は、「雛祭り」と性教育の深イイ関係★ のようです。また、この記事は Amazon.co.jp: 身体知-身体が教えてくれること (木星叢書): 内田 樹, 三砂 ちづる: 本 および風俗史関係のサイトを出典としているようです。
本が手に入らないのですが、身体知 に該当の箇所が引用されていたので、以下に引用します*1。
むかしはお雛祭りに13歳までの女の子を集めて性教育をしたらしいのですね。
ひしもちは性器のかたちで、しじみの佃煮、はまぐりの潮汁、赤貝のぬたは女性の成長をあらわしていて、ちらしずしは、高野豆腐のように甘い男も、ちりめんじゃこのようにたよりない男も、ごぼうのように歯ごたえのある男も、みんなちゃんときちんとかみしめてわかってから男を決めなさいということだったらしいですね。(三砂)
少なくとも、身体知には甘酒が精液であることは書かれていないようです。
ネットで検索した限りでは、上記のサイトや本を除くと2006年の記事である 菱餅と甘酒 - 丹々荘日記 くらいしか甘酒が精液を象徴していると書かれている記事が見つかりませんでした。また、この記事においても伝聞であり、2006年時点でネットで調べた限りでは、もっともらしい説明は見つけられなかったとのこと。
菱餅が女性器の象徴である点は ひなまつりに飾る菱餅は - BIGLOBEなんでも相談室 や 菱餅 - Wikipedia などにも見られますが、共にきちんとした出典が無く伝聞の域を出ません。
気になって調べてみましたが「菱餅が女性器で、甘酒が精液の象徴」というのは、眉唾と考えて良いでしょう。恐らく、三砂ちづるさんの家系か地域、あるいは世代で、そのような教育がなされたのではないでしょうか。一般的な事象ではなさそうです。
ハマグリのお吸い物や、ちらし寿司の意味合いについては間違っていません。ただし、性教育の意味合いがあるか、と問われると首をかしげますが。
現在のようなひな祭りはいつ頃から?
現在のようなひな人形=内裏雛を飾る形式のひな祭りは江戸時代の武家社会からと考えられます。庶民に広まり一般的になったのは明治の頃でしょう。
内裏雛が比較的新しい文化である点は、関西*2と関東でお内裏様の左右が違うことからもうかがい知れます。
日本は元来左側が高位で帝は左側に立つのが通例でした*3。そのため、内裏における宮中の並びを模した内裏雛において、お内裏様を左側に配置していました*4。しかし、大正天皇の結婚式の際に、西洋の右上位に倣い、大正天皇が右側に立った*5ことから、関東ではお内裏様を右に置くようになりました(()お内裏様視点で右。ひな人形を見る場合は左)。
菱餅の由来
菱餅も江戸時代頃から飾られるようになりました。全国に広まったのは、やはり明治の頃でしょう。
色の由来
菱餅は、赤、白、緑の三色が基本で、現在では五色や七色のものも見られます。菱餅とひなまつりの色の由来 [暮らしの歳時記] All About によると江戸時代はの頃は二色で、明治の頃になって三色になったとする説があります。
三色それぞれに意味があります。
赤色はクチナシの実由来の色で、クチナシには厄払いや解毒作用などがあります。また、祖先を尊んだとの説もあります。また、桃の花の色を模しているとも。桃は、邪気を払い、不老長寿の象徴でもあります。
白は菱の実入りで、菱の実には子孫繁栄の意味があり、血圧を下げる効果もあるとされます。また、白は清浄、残雪を表現しているとも。
緑は蓬入りで、蓬には穢れを祓う意味があり、増血作用があるとされます、緑は、春の若草を表わすとも。
菱餅が菱形の由来は諸説ある
菱餅が菱形である理由は諸説あるようで、ざっくりと以下にまとめてみます。
- 心臓の形
- 植物の菱は子孫繁栄と長寿の象徴であり、その形にあやかった*6
- 菱の実のみを食べて千年生きながらえた仙人がいた
- 菱はインドでは幼い女児を救った植物とされ縁起物である *7
- 女性器の形を模した
- 大地を表わす
古今東西様々なシンボルがありますが、古いシンボルほどその由来ははっきりとせず、意味も文化や時代によって様変わりします。百合の象徴であるとされる フルール・ド・リス - Wikipedia も必ずしも花をかたどったものでは無いとする説があります。
ハーケンクロイツ - Wikipedia も現在はナチス・ドイツの象徴となっていますが、それ以前から十字と同様によく使われたシンボルでした。十字といえば、キリスト教のシンボルですが、単純な図形故に、こちらも非常に古くから使われています。
上記のようにシンボルの由来ははっきりとしないことが多いです。菱餅が女性器の象徴であるというのは、菱餅の形の由来の諸説ある中の一つにすぎません。ただ、ざっと調べた限りでは 菱餅とひなまつりの色の由来 [暮らしの歳時記] All About には、菱餅は菱の実から作られたともあり、菱餅が菱形なのは菱の実にあやかったと考えるのが有力のように思えます。そもそも、菱という形が菱の実に由来するのでは*8。
ひな祭りには甘酒では無く、白酒を飲む
本来桃の節句では 桃花酒 を飲んだそうです。桃花酒は桃の花びらを浮かべたお酒で、中国の桃の節句で飲まれており、その風習が日本にも伝わったようです。
江戸時代の頃から、白酒が飲まれるようになったようです。白酒と甘酒は別物!桃花酒で大人のひな祭り によると豊島屋が流行らせたのだそう。白は百に通ずるので縁起が良いのも幸いしたのでしょう。
御神酒にも白酒を備える場合があり、桃の節句などに白酒を備えていたのが、江戸時代頃から飲まれるようになった、とする説もあります。ちなみに、御神酒の白酒は神田で採れた米で醸造した酒をそのまま濾したもので、桃の節句に飲まれるようになった白酒は蒸した餅米にみりん、あるいは米麹や焼酎を加えたものなので、別物です。
また、ひな祭りと白酒 には、大蛇を宿した女性が桃の節句に白酒を飲んだら、大蛇を流産させることができた、との言い伝えもあります。
甘酒は夏の季語で、江戸時代の頃には夏ばて予防に飲まれていたようです。ひな祭りで甘酒が飲まれるようになったのはいつ頃かはわかりませんが、お酒の飲めない子どものために白酒の代わりとして飲まれるようになったのが、いつのまにか甘酒の方が一般的になったのではないでしょうか。恐らく、明治の終わりから昭和の終わり、あるいは戦後くらいに一般的になったのではないでしょうか。
以上のように、桃の節句に飲んでいたのは本来は桃花酒であり、それが江戸時代頃に白酒となり、甘酒が飲まれるようになったのは比較的最近のことのようです。酒を飲むのは邪気を払うためで、長寿を願いを込めてでしょう。白酒を飲んで大蛇を流産させた、という言い伝えからしても、白酒には精液の意味合いはなさそうです。
甘酒が精液の象徴であるという言説は、菱餅が女性器である以上に信頼性がありません。
ハマグリは夫婦和合の象徴
ハマグリの貝殻は対になっている貝でないとぴったりと合わさらないことから、昔から夫婦和合の象徴でした。江戸時代では、360個=一年分のハマグリの貝殻が入った貝桶が嫁入り道具だったそうです。
ハマグリのお吸い物がひな祭りに食べられるようになったのかは分かりませんが、食べる理由は旬だからじゃないでしょうか。ハマグリが身近で無い地域では、食べないのではないでしょうか。
ちなみに、雛祭り によると京都ではひな祭りにシジミの佃煮を食べるそうです。
ちらし寿司の意味
ひな祭りにちらし寿司を食べるようになった理由はよく分かりません。ハレの日に寿司を食べるのと関係しているのでしょう。
生魚を使う、ちらし寿司は江戸前寿司に使用する寿司種を"ちらした"ことに由来します。江戸以外で、ハレの日に食べられていたのはバラ寿司などと呼ばれ、酢飯に干し椎茸や、高野豆腐などを混ぜ込み、生魚を使わないことが多いようです。バラ寿司がいつ頃から食べられるようになったのかは分かりませんが、寿司の歴史,起源 によると酢は安土桃山時代頃から使われるようになったことから、やはり江戸時代頃ではないでしょか。
ちらし寿司、あるいはバラ寿司の具材は家庭や地域によってマチマチです。そもそも、ちらし寿司あるいはバラ寿司が一般的で無い地域もあります。おひな様で食べるちらし寿司(バラ寿司)の具材に関しても、地域や家庭によって様々では無いでしょうか。
「雛祭り」と性教育の深イイ関係★|らんかのそーだったのか!性のコト では、ちりめんじゃこや高野豆腐にごぼうが入っていますが、縁起の良い意味が込められたひな祭りの食べ物|やずや食と健康研究所 ではえび、れんこん、豆が紹介されています。それぞれの意味は、えびは腰が曲がるまで長生きするように、れんこんは見通しがきくように、豆は健康でまめに働けるようにという意味が込められているそうです。
ちらし寿司の具材に込められた意味ってダジャレですね。この感じ、何かに似てるなと思ったらお節料理の中身ですね。
お節料理は、節句にお供えする料理でしたが、それがいつの間にかお正月の料理のみを指すようになりました。現在のような、お節料理が作られるようになったのは、やはり江戸時代頃からで、重箱に詰められるようになったのは明治頃とされます。
縁起の良いとされるお節料理の中身を見ても、多くは江戸時代以降に食べられるようになったものと推測されます。例えば、おせち料理大事典|紀文のお正月 によると伊達巻きは元々長崎で食べられていたカステラかまぼこが江戸に伝わり、伊達者の着物に似ていることから伊達巻きと呼ばれるようになったそうです。
イワシの幼魚である田作りは、カタクチイワシを肥料にすることで5万俵もの米が収穫できたことに由来しますが、干鰯 - Wikipedia によると肥料として使われ始めたのは江戸時代の頃とされます。数の子 - Wikipedia によると足利義輝に数の子が献上された記録が残っているそうです。また、徳川吉宗が数の子をお節料理に加えることを推奨しています。
というわけで、ちらし寿司の具材の意味合いも江戸時代頃にできたものでしょう。また、具材は地域性があるので、必ずしも全国的に同じものが入っているわけではないようです。現在一般的な具材は、エビや錦糸卵などで色合いが鮮やかなものが多そうです。
まとめ
菱餅が菱形の由来は諸説ありますが、菱の実を模しているのが有力そうです。赤、白、緑にも意味があり、菱餅全体としては邪気を払い、健康に過ごせること願っています。
甘酒はそもそも白酒であり、さらに元をたどれば桃花酒が飲まれていました。桃は邪気を払い、長寿の象徴でもあります。白酒は、百に通ずることから長寿にあやかり、また邪気を払う意味もあったようです。いつの間にか、白酒が子どもでも飲める甘酒にとってかわったようです。
ハマグリはぴったりとくっついて離れないことから、夫婦和合の象徴です。いつ頃からひな祭りで食べられるようになったかは分かりませんが、旬の食材だからではないでしょうか。
ちらし寿司も、いつの間にかひな祭りで食べられるようになったようです。具材には地域性があります。具材の込められた意味はお節料理と同じダジャレを用いている場合が多く、子孫繁栄や長寿の願いが込められる場合が多いようです。
以上から、「雛祭り」と性教育の深イイ関係★の画像 | らんかのそーだったのか!性のコト で紹介されるように菱餅が女性器、甘酒が精液の象徴である、というのは疑わしいと考えます。菱餅は女性器由来の可能性もありますが、甘酒に関しては精液由来の記述を見つけられませんでした。
また、ハマグリは夫婦和合、ちらし寿司も結婚の象徴なので、ひな祭りが性教育と深い関係にあったかというと、疑問を感じます。
出典とされる身体知は内田樹さんと 三砂ちづるさんの対談で、ひな祭りが性教育と関係にあったとの言は、三砂さん話よるようです。ひな祭りが性教育と深い関係にあったのは、三砂さんの育った地域、あるいは世代の話で、一般化すべき話ではないように思います。