性器の3Dデータはわいせつ物なのか

自身の性器の3Dデータを配布したらわいせつ物頒布等罪で逮捕

3Dプリンタで性器の造形を出力できるデータ配布 漫画家「ろくでなし子」逮捕 を受けて主にネット上で議論が入り乱れています。
論点としては、「ろくでなし子」氏逮捕についての議論の交通整理 などが整理されて分かりやすいでしょうか。ただし、ここにさらに警察や政府は3Dプリンタやインターネットを規制したいんだよ派も加わり、それぞれの論点が複雑に絡まり合い、何を問題としているのかがよく分からなくなっています。

わいせつ物に関しては、昨年末に 阿鼻叫喚! 「コミックマーケット85」で起こったワイセツ表現"規制強化”騒動 があったように、警察の規制が厳しくなっているようです。
ろくでなし子さんが自身の女性器の3Dデータをを頒布したこと自体は、3Dデータが性器の模造品、あるいはPC上で閲覧可能な図画であると解釈できるため、【女性器の石こう型はわいせつ物】販売者の男性が書類送検に に類似した事例であると私自身は捉えています。

刑法175条であるわいせつ物頒布等罪は警察が恣意的に運用できる刑法の条文ではありますが、警察は性器の複写物を配ることをアウトとしています。つまり、何がアウトかは明確に線引きされていると考えます。ただし、アダルトグッズの存在を考慮すると、この線引きもかなりアヤフヤになりますが・・・。また、刑法175条の条文やそれに関する判例を追っていくと、本件はかなり微妙な解釈の上に逮捕したようにも思えます。
あやふやなわいせつ物頒布等罪ではありますが、本校では性器の3Dデータはわいせつ物か否かを考えてみます。


ちなみに私の本件に関連して、性器の複写物の配布に関して、ゾーニングなどを施し合意を得た人のみが閲覧するのは問題ないのでは?と考えますが、警察が条文を恣意的に運用しているという批判や、芸術だから問題ないという意見は支持しません。

わいせつとは何か

刑法175条であるわいせつ物頒布等罪の条文は以下となります。条文の解釈は最高裁判例などを参考にします。

刑法175条(わいせつ物頒布等罪)

わいせつな文書、図画、電磁的記録に係る記録媒体その他の物を頒布し、又は公然と陳列した者は、2年以下の懲役又は250万円以下の罰金若しくは科料に処し、又は懲役及び罰金を併科する。電気通信の送信によりわいせつな電磁的記録その他の記録を頒布した者も、同様とする(第1項)。有償で頒布する目的で、前項の物を所持し、又は同項の電磁的記録を保管した者も、同項と同様とする(第2項)。

「わいせつ」とは、いたずらに性欲を興奮または刺激させ、かつ、普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するもの*1、とされます。とても曖昧な規程です。
規定が曖昧なのは、何が「わいせつ」となるかが文化に依存するからです。わいせつな物を配ることが罪になるか否かも文化や倫理に依存します。例えば、纏足の会った中国でわいせつ物頒布等罪が規定された場合に、纏足の写真を頒布するのは罪になるかを考えてみて下さい。

わいせつの規程は文化的側面に依存するため、取り締まる側が恣意的に運用できる条文ではあります。ただし、警察は一貫して「性器を表現した図画や撮影した写真、性器に酷似した模造品」をわいせつな物と判断し、それを頒布あるいは公然陳列した場合に逮捕しているように思えます。図画や写真に関しては性器が見える否か、くらいしか客観的に判断のしようが無いと言えるでしょう。


芸術性があれば、わいせつ性を認めても良いと考えられています。四畳半襖の下張事件 ではわいせつ性の判断にあたって以下の6つの条件から総合的に判断するべきと考えられています。

  1. 当該文書の性に関する露骨で詳細な描写叙述の程度とその手法
  2. 上記*2描写叙述の文書全体に占める比重
  3. 文書に表現された思想等と右描写叙述との関連性
  4. 文書の構成や展開
  5. 芸術性・思想性等による性的刺激の緩和の程度、
  6. これらの観点から該文書を全体としてみたときに、主として、読者の好色的興味にうつたえるものと認められるか否か

性器の3Dデータはわいせつな「物」にあたるか否か

わいせつな物とは、わいせつな文書、図画、電磁的記録に係る記録媒体その他の物を指します。
ろくでなし子さんの、3Dデータは図画、電磁的記録に係る記録媒体その他の物にあたると考えられます。

図画とは絵や写真にあたります。3Dデータ自体は、PC上で再現可能な「絵」であると解釈できそうです。
電磁的記録に係る記録媒体は一旦飛ばします。

その他の物は、性器の模造品にあたります。先に紹介した、女性器の石膏型などが該当します。
ろくでなし子さんの場合は、3Dプリンタに出力可能なデータが、これにあたるでしょう。ただし、3Dプリンタに出力したから逮捕されたわけでありません。女性器をスキャンした3Dデータ自体は、図画にあたると考えた方がすっきりするでしょう。

その他の物が性器の模造品などにあたる点は、アダルトズッグの販売が許されている理由とそう反するように思えます。
アダルトグッズはジョークグッズとして販売されているため、性器に似ているが、性器を模した物では無いという抜け道を利用して販売しているのでしょう。また、以下に引用するように、性器を模造した物がどの程度性器と酷似しているかで、わいせつ物として認定されるかが変わってくるようです。

女性器、男性器に酷似しているものであれば、わいせつ物と認定を受ける可能性は十分にありますが、模した程度のものであれば、わいせつ物とはいえないでしょう

以上から、アダルトグッズは、性器に酷似していないから規制されていないと解釈できるのかもしれません。ただし、あまりに目に余ると見せしめに逮捕する事があるでしょうが。


電磁的記録に係る記録媒体は解釈が分かれますが、PCに関連するとハードディスクなどがこれに当たります。以下に引用するように、現在の所「データ」そのものは「物」ではないと考えられています。

平成23年改正は,上記のように,本条に「電磁的記録に係る記録媒体」を追加することにより,「情報としての画像データ」まで「わいせつ物」に含めるという解釈を否定したものといえます(西田(5版)515頁)。

女性器をスキャンした3DデータをPC上で再現可能な図画と考えると、女性器に酷似した図画のため、わいせつ物と判断できそうです。過去の事例かも、性器を表現した絵や、撮影した写真はわいせつ物として取り締まられています。
ただし、判例によりデータ自体を「物」であると考えるのは難しいのが現状です。
本件は、3Dプリンター:わいせつデータをメール頒布 警視庁逮捕 で記述されるようにメールにて頒布しています。現在の判例では、メールのデータを「物」として扱うことはできないと考えます。

ただし、175条2項「有償で頒布する目的で、前項の物を所持し、又は同項の電磁的記録を保管した者も、同項と同様とする。」とあり、ろくでなし子さんは3DデータをHDDなどに保存していたでしょう。ろくでなし子さんは、わいせつ「物」を頒布する目的で所持したと言えるでしょう。

また、性器の3Dデータが芸術にあたるかどうかですが、わたしの「まん中」を3Dスキャンして、世界初の夢のマンボートを作る計画に支援を! によると3000円以上出資した人に、「まん中3Dデータプレゼント!」とあります。マンボードには芸術性が認められるでしょうが、「まん中3Dデータ」は、性器そのものをスキャンしたデータと考えられるため、芸術性はないのではないでしょうか。

当事者の合意の上なら許されるべきだよ派

性器にモザイクなどの修正がかけられるこの国においては、性器の3Dデータをわいせつ物として扱い、それを頒布したものを逮捕するのは、警察の恣意的な運用だと非難することは難しいと考えます。

日本の現状を考えると、開催に苦労する「春画」展覧会 「アート」と「ポルノ」の境界線はどこにある? に書かれるように春画を美術館などで展示するのはわいせつ物頒布にはならないが、わいせつ物として捉えられる可能性を危惧し、展覧会の開催に及び腰になるなど、性に関して十分に発達していないとも言えます。
ろくでなし子さんの逮捕に思う | 庶民の弁護士 伊東良徳 において語られるように、性器を隠すのは必ずしも望ましいものではないでしょう。

私自身は、お互いが同意の上であり、ゾーニングをするのであれば、性器を隠す必要はないと考えます。故に、そのような方向性の意見や運動であれば指示します。「ろくでなし子」氏逮捕についての議論の交通整理 における「当事者の合意の上なら許されるべきだよ派」にあたるでしょうか。
一方で、現状では性器には修正が必要であり、性器の3Dデータに芸術性があるとも考えないため、芸術だからろくでなし子さんは無罪であるとは考えません。
また、「芸術か猥褻か」というダミー問題 - tanukinohirune で語られるように、警察はインターネットを規制したいから、ろくでなし子さんを見せしめにしたのだという考えにも疑問を覚えます。

女性器を女性自身に取り戻す試み自体には賛同できますが、現状で性器の3Dデータを頒布して逮捕されるのは
仕方が無いなと考えます。また司法では芸術性云々ではなく、性器そのものはわいせつではないと主張して欲しいなと考えます。

*1:最判昭26・5・10

*2:原文は右