「沢木耕太郎 推理ドキュメント 運命の一枚 〜"戦場"写真 最大の謎に挑む〜」はNHKの"ヤラセ"なのか?

上記のブログは、NHK沢木耕太郎による「崩れ落ちる兵士」に関するドキュメンタリー番組にて、以前から同写真は真贋論争が絶えなかったにもかかわらず、NHK沢木耕太郎はその先人たちの研修や調査を隠匿し、あたかも自分たちだけで、しかも自分たちが最初に「崩れ落ちる兵士」は作られたものだと突き止めた、と主張するのはヤラセであると主張している。しかし、同じ番組を見た私は、NHK沢木耕太郎が先人たちの成果を踏みにじったとは感じなかった。少なくとも、「崩れ落ちる兵士」の真贋論争について触れていたし、NHK沢木耕太郎だけで真実にたどり着いた、という内容ではなかったと記憶している。


NHKの番組紹介ページである NHKスペシャル|沢木耕太郎 推理ドキュメント運命の一枚〜"戦場"写真 最大の謎に挑む〜 で「真贋論争が絶えない」と書かれているように、番組はNHK沢木耕太郎が「崩れ落ちる兵士」のやらせを初めて突き止めたという構成ではない。

「崩れ落ちる兵士」の真贋論争

「崩れ落ちる兵士」は真贋論争が絶えなかった。


キャパの「崩れ落ちる兵士」は フェデリコ・ボレル・ガルシア - Wikipedia とされるが、同ページでも指摘されるようにボレル本人であるかどうかは疑わしいとも言われる。


また、撮影場所がきちんと検証されたのは ロバート・キャパ「崩れ落ちる兵士」にやらせ疑惑、スペイン紙 写真2枚 国際ニュース : AFPBB News の記事にあるように意外と新しく2009年である。


NHKのドキュメントと沢木耕太郎による「キャパの十字架」の内容は 崩れ落ちる兵士 - Wikipedia の「真贋論争と謎解き」に詳しくまとめられている。この項目から判断するに「キャパの十字架」は上記の二点をきちんと踏まえている。番組を完全に記憶しているわけではないが、「崩れ落ちる兵士」が撮影された場所は沢木が発見した、という構成はでなかったと思う。

「崩れ落ちる兵士」を撮影したのは誰か

NHK沢木耕太郎は、撮影された場所や、アングルをCGで再現し、どのようにして「崩れ落ちる兵士」が撮影されたかを新たに検証した。アングルや被写体との距離などの検証はCGが得意とするところである。もしCGが無い時代にこの番組が作られたとしたら、NHKならば「崩れ落ちた兵士」が撮影された場所で、実際に「崩れ落ちる兵士」を再現したかもしれない。


キャパは恋人であったゲルダ・タローと共にスペインのエスペホの丘で訓練中の兵士たちの写真を撮影していた。もちろん、この時点でやらせの可能性がある。キャパはライカ、ゲルダはローライフレックスを愛用していた。ライカのフレームは長方形でローライフレックスは正方形である。つまり、長方形の写真はキャパが、正方形のはゲルダが撮影した事がわかる。

沢木は、キャパの遺品から見つかったエスペホの丘で撮影されたおよそ40枚の写真を検証し、一つの写真に着目した。それが、Twitter / tabo0810: 沢木耕太郎って凄いわ。 にて紹介されている写真である。一見すると崩れ落ちる兵士とは何の関係もない写真であるが、よく見ると後ろに白いシャツの男がいるのが分かる。遺品の40枚の写真から、演習に参加した中で白いシャツ男は、この崩れ落ちる兵士の一人しかいないことが明らかとなっている。沢木は足元に映る特徴的なまっすぐに伸びる草の形から、この写真が「崩れ落ちる兵士」の直前に撮影されたものと推測した。
それでは、2つの写真が撮影された時間的間隔はどれくらいだろうか。沢木は、Twitter / tabo0810: 沢木耕太郎って凄いわ。の左端に映るライフル銃の先に注目した。少なくとも、このライフル銃を持つ人物が走り抜けた後でなければ、「崩れ落ちる兵士」は撮影できない。人間の走る速さと被写体との距離から換算して、ライフル銃の人物が走り抜けるのはおよそ1秒である。「崩れ落ちる兵士」と稜線などを比べると、2つの少し離れた位置で撮影した事がわかる。Twitter / tabo0810: 沢木耕太郎って凄いわ。 は長方形なのでライカを使ったキャパが撮影したものである。つまり、キャパは「崩れ落ちる兵士」を撮影するには瞬間移動し無くてはならない。仮にできたとしても、当時の手巻き式のカメラでは一秒という短い間隔で、フォーカスなどを合わせて撮影するのは不可能に近い。そこで、沢木は「崩れ落ちる兵士」を撮影したのはゲルダであると推測した。

「崩れ落ちる兵士」のネガは残っていないが、ニューヨーク近代美術館に所蔵される写真がもっともネガに近いとされる。沢木はそれを元に、CGでの再現と比較した結果、「崩れ落ちる兵士」はゲルダが撮影したことが濃厚となった。ニューヨーク近代美術館ではないが、Robert Capa - In Love and War | American Masters | PBS にある LIFE に掲載された写真は正方形に近い。


「崩れ落ちる兵士」は銃に撃たれて死に行く兵士でもなければ、キャパが撮影したものですらなかった。そのことがキャパにとって十字架となり、キャパを戦場へと駆り立てたのではないかと沢木は推測する。後に、キャパは1944年にはノルマンディー上陸作戦を取材するなど精力的に戦場に赴いている。

NHKはやらせか?

キャパの「崩れ落ちる兵士」  "NHK"のヤラセ - ザウルスでござる ではNHKや沢木らが主張するように「崩れ落ちる兵士」はゲルダが撮影したものではないとしている。その理由は「崩れ落ちる兵士」が仮に正方形であったものをカットしたとするならば、カットする前は空と地面ばかりのおかしな構成になるからだと。しかし、Robert Capa にあるように、LIFE に掲載された写真は正方形に近く空が占める割合が多い。


また、ブログ主はもう一人の崩れ落ちる兵士の写真があることからも、キャパはやらせをやったことは明らかだとも主張している。この点は番組では触れられていなかったが はてなブックマーク - キャパの「崩れ落ちる兵士」  "NHK"のヤラセ - ザウルスでござる を読むともう一人の崩れ落ちる兵士については沢木耕太郎による「キャパの十字架」にも触れられているようだ。


さて、キャパの「崩れ落ちる兵士」  "NHK"のヤラセ - ザウルスでござる は2月3日の記事であるがなぜが17日なってはてブックマークで注目されている。その理由は、ハックル先生こと岩崎夏海先生がブックマークしたからのようだ。

私も、岩崎先生にリプライと送っている方と同じ感想。番組がもう一人の「崩れ落ちる兵士」を紹介しなかったのは構成上の問題だろう。はてなブックマークなどの反応からも、番組をきちんと見れば同ブログのような感想は抱かないと思う。ブログ主は「パソコンの仕事をしながら、ちらちらとつい最後まで観てしまった」と書いているので、番組をきちんと見ていないことは明らかだ。
ブログ主の言うような、この番組の構成を「やらせ」するのは言い過ぎだろう。もちろん、ドキュメンタリーというのは製作者の意図が入るもので、NHKもそこを意識していたから「崩れ落ちる兵士」はやらせとして撮影したものではなく、演習中に偶々坂で足を滑らせた兵士を撮影したという番組構成にしたのだと邪推することはできるけども。

ちなみに、キャパの本名はフリードマン・エンドレ・エルネー。恋人のゲルダ・タローも本名はゲルタ・ポホイル。ロバート・キャパ、戦争写真のミステリー によるとその当時パリにいた岡本太郎から取ったとも言われているらしい。