カスタネットとミハルスとハンドカスタネット

赤青の板をゴム紐で括った木製打楽器は「ミハルス」は「カスタネット」か にてまとめ直した。

ミハルスって何ぞ?

お前らがカスタネットだと思ってる赤と青のあれは ミハルス だったんだよ」というネタが上がっていた。

ミハルス - Wikipedia によると、けいおんのうんたんでお馴染みの学校教育で使われる赤と青の板をゴム紐で括った木製打楽器はミハルスという名称だというのだ。ミハルスとは舞踊家・千葉みはるがスペインの カスタネット - Wikipedia を元に考案した打楽器であるようだ。

でもそれって本当なの?

先に結論を書いておくと、赤と青の板をゴム紐で括った木製打楽器はミハルスではない。ハンドカスタネットと呼ぶのが相応しいだろう。

ミハルスとは何か

ミハルスとはどのような打楽器だったのか。ミハルスとは一体なんなのか にその概略図が描かれているが、ミハルス - Wikipedia に掲げられている赤と青の板をゴム紐で括った木製打楽器とは随分違う。二枚の板から構成される点は共通しているが、ミハルスは板が蝶番で繋がっており、指の差込口がある。これは本来、ミハルスが片手で音を鳴らす打楽器として考案されたためだろう。スペインのカスタネットも片手で扱う打楽器である。琉球舞踊に用いられる、四つ竹 も片手で扱う。四つ竹やカスタネットを簡単に扱えるようにしたのがミハルスといえるだろう。

ミハルスに関しては、東京家政大学の細田淳子による論文が詳しい。

上記の論文には、細田淳子が試作したミハルスの写真が掲載されているが、我々の知る赤と青の板をゴム紐で括った木製打楽器とは異なる形であることが分かるだろう。また、同論文によるとミハルスは昭和8年後に考案され、学校教育にも使われたが、戦後にハンドカスタネットが登場したことで姿を消してしまったという。

赤と青の板をゴム紐で括った木製打楽器の名称

現在学校で広く使われる赤と青の板をゴム紐で括った木製打楽器はなんと呼ぶべきなのか。
ミハルスとは一体なんなのかミハルス - Wikipediaカスタネット - Wikipedia から判断するに、千葉みはるのミハルスを元に白桜社の冨澤捷が考案したのが赤と青の板をゴム紐で括った木製打楽器であるようだ。白桜社はこれをカスタネット、あるいはハンドカスタネットという名称で販売していたようである。音をよく鳴らすため板に突起がつけらている点はミハルスと共通している。


カスタネット - Wikipedia では、赤と青の板をゴム紐で括った木製打楽器をミハルスと呼ぶかカスタネットと呼ぶかは一概には決められないと編者はしている。一方 ミハルス - Wikipedia の編者は1947年(昭和22年)における音楽の学習指導要領を元に赤と青の板をゴム紐で括った木製打楽器をミハルスと呼ぶべきだとしている。そこで学習指導要領を調べてみたので以下に引用する。

5.児童の身体的発育状態を考慮し,楽器を使用する場合には小型のものを選択することが望ましい。例えば,拍子木・ミハルス・トライアングル・鈴・カスタネット・タンブリンその他児童の製作した簡単な打楽器を主体とする。

小学校1年生の器楽教育において、リズム感覚を運動的にとらえるために打楽器を使うのが良いと記されている。小型で簡単に扱える打楽器としてミハルスが代表に上げられてるが、その他にも「カスタネット」の表記がある。つまり、1947年(昭和22年)における音楽の学習指導要領ではミハルスカスタネットを別の楽器として記している。
ミハルスは昭和8年頃に考案され学校教育に使われていた。昭和22年当時の学校教育者は千葉みはるのミハルスを知っていたし、実際に現場で扱っていたはずだ。しかし、戦後となる昭和20年以降には白桜社の冨澤捷が考案した現在良く知られる形のゴム紐でつなげられた木製打楽器に取って代わった。この木製打楽器は当時なんと呼ばれていたのか。学習指導要領から判断すると「カスタネット」であることは間違い無いだろう。

赤と青の板をゴム紐で括った木製打楽器はハンドカスタネット

カスタネットはスペインで発達した楽器で栗の木を使ったことから、スペイン語の栗を表す「カスターニャ」(castaña)から来ている。
カスタネットは片手で扱う打楽器であるが、取り扱いが難しい。そこで昭和8年頃に舞踊家の千葉みはるが考案したのが、ミハルスである。ミハルスは、2枚の板が蝶番でつながれており、外側に指の差込口がある。沖縄舞踊に使われる四つ竹の影響も見られる。戦前に学校教育で広く使われた。
戦後になると、白桜社の冨澤捷がミハルスを元に2枚の板をゴム紐でつなげた打楽器を考案・販売し、それが学校教育においてミハルスに取って代わられた。この2枚の板をゴム紐でつなげた打楽器をなんと呼ぶべきであるかだが、スペインのカスタネットを改良した柄付きカスタネットやコンサートカスタネットなどが扱われており、形状としても、由来としてもカスタネットが元であるから、「ハンドカスタネット」と呼ぶのが相応しいだろう。

追記:赤青の板をゴム紐で括った木製打楽器=ミハルスの勘違はなぜ起きた?

赤青の板をゴム紐で括った木製打楽器=ミハルスは間違い?Wikipediaを鵜呑みするべきかというお話 - NAVER まとめ が詳しいが、Wikipediaのもう一つのソースは ミハルス - 語源由来辞典 であるが、出典元が明らかではない。
ネットで古い話を探すのは難しいが、ミハルス - ♪なるせ音楽教室《produce piacere》♪【兵庫県姫路市飾磨区】 は2007年に書かれた記事で、教えて進路Q&A あなたの質問にみんなが回答する!Q&A - カスタネットの上下はなぜ赤が下か は2003年になされた質問だ。共に、赤青の板をゴム紐で括った木製打楽器=ミハルスとしているが、ミハルスの実物を実際に知っているようには思えない。
私が見つけたネット上で最も古い赤青の板をゴム紐で括った木製打楽器=ミハルスとする記事は バレエ「三角帽子」関連記事−カスタネットについて である。関西シティフィルハーモニー交響楽団 第31回定期演奏会トップ におけるコンテンツで、関西シティフィルハーモニー交響楽団 第31回定期演奏会以降の記録 によると第31回定期演奏会は2000年9月17日に開催されているため2000年頃の記事のようだ。赤青の板をゴム紐で括った木製打楽器をミハルスとする出典元は不明で、伝聞に近い書かれ方をしている。
出典が明らかでない以上推測するしか無いが、かつてミハルスが学校教育で使われたことを知っているが実際にミハルスを見たことがない人が誤解した、あるいはミハルスで音楽教育を受けたが、その形を忘れてしまった人が勘違いした可能性が考えられる。

追記2 ミハルスの図

近代デジタルライブラリー にて1943年(昭和18年)に出版された 国民学校教師の為の簡易楽器指導の実際 にて ミハルスの指導要領と共に、ミハルスの図 が描かれていた。ミハルスカスタネットよりも安価であり、簡易に扱えるとある。ここでのカスタネットとは、スペイン風のカスタネットを指す。図によると、ゴムバンドに親指と中指を通して演奏するようだ。蝶番に関する記述はないが、図から判断するに二つの板は蝶番によりつながれているように見える。やはり、スペインのカスタネットや四つ竹を扱いやすくした楽器のようだ。よく知られる赤と青の板をゴム紐で括った木製打楽器であるハンドカスタネットとよく似ているが、別の楽器であろう。

ミハルスと赤と青の板をゴム紐で括った木製打楽器であるハンドカスタネットが混同されていた可能性もある。
昭和22年 保育要領(試案) における 六 幼児の保育内容 には「カスタネット」、 また 昭和26年 小学校学習指導要領 音楽科編 (試案) における 第Ⅲ章 各学年の指導目標と指導内容 では「カスタネット属」の記述を確認できるが、「ミハルス」という語は見つからない。

先に紹介した細田淳子の論文によると、ミハルスは戦火でほとんど焼けてしまって残っていないようだ。戦後間もない頃ならば、ミハルスのような簡単な打楽器すら貴重だったのではないか。ミハルスは戦後一旦無くなり、その後、赤と青の板をゴム紐で括った木製打楽器であるハンドカスタネットが学校教育現場に広まったのだろう。僕らがカスタネットだと思っていたアレはカスタネットじゃなかった? →「カスタネットで合ってます!」 - ねとらぼ によると白桜社は赤と青の板をゴム紐で括った木製打楽器をカスタネットとして販売していようだし、昭和22年以降学習指導要領からもミハルスが確認できないことから、ミハルスとハンドカスタネットが混同されていた可能性は低いだろう、