JASRACが京都大学にボブ・ディランの歌詞を引用した式辞に関して問い合わせた件

すっかり、立命館によるpixivの小説の用いた解析の方が問題にはなっていますが・・・・・・。こちらも、その内交通整理したいですね。

引用は利用目的を確認せずとも判断できるのでは?

著作権法32条が定めるところの「引用」は公正な慣行に合致するのであれば、著作権者の承諾を得ることに無しに著作物を利用できます。
JASRACは最終的に、式辞ではボブ・ディランの歌詞を「引用」したと判断していますが、利用目的を確認せずとも判断可能ですし、ネットメディアの取材においては引用か否かを判断する立場にないと応えていて、言動がちぐはぐに思えます。
第三者からの問いあわせたがあったため、JASRACは公平性を保つために京都大学へ利用目的の確認を行ったのでしょうが、その第三者へは利用目的などが開示されるのですかね?そんなことはないと思われますし、引用か否かは京都大学へ利用目的を確認せずとも判断できるはずなので、余計な仕事をしているなという気がします。

一連の報道で気になるのは、JASRACではなくCRICがJ-Castの電話取材において「歌詞は全部でなくても一節でもアウト」と述べている点。JASRACの判断と真っ向から矛盾しますし、著作権法32条をないがしろにしています。いったいどのようなロジックなのか気になるところです。

京都大学の式辞には茨木のり子の詩である「6月」の全文が用いられ、京都大学のHPには全文転載されています。これは流石に
著作権法が認めるところの「引用」とは言えないでしょう。京都大学式辞とJASRACに関する続報:問題はボブディランだけではなかった(栗原潔) - 個人 - Yahoo!ニュース によると、この「6月」には歌がつき、JASRACに管理されているようです。つまり「歌詞」であるとも解釈できるのですが、JASRAC京都大学に問い合わせたんですかね。会見はボブ・ディランしか述べていないので、そもそも第三者の問い合わせもボブ・ディランのみだったのでしょう。この点をわざわざJASRACに問い合わせる気がありませんが、JASRACがどのような判断を下すのかも気になるところです。

歌詞の引用はできる

今回の件で、JASRACは歌詞の引用を認めることが分かりましたが、CRICは一小節でも侵害だとしており、両者の見解は異なっています。また、問題となった京都大学の式辞には茨木のり子の詩が全文転載されており、JASRACに「歌」としても登録されているので、今後の展開が気になります。