市販のシャンプーで髪や頭皮のタンパク質は変性しません

追記:「市販のシャンプーでタンパク質は変性しません」から改題しました

美容師は日に数十回シャンプーする

既にコメント欄にも書かれていますが、市販のシャンプーで卵白のタンパク質が変性するから危険であるというのは解釈が間違っています。

ただし、前提として美容師さんは日に何度もお客さんの頭をシャンプーします。つまり、シャンプーを何度も使うので、低刺激のシャンプーを使った方が良いでしょう。

美容師が一日辺り何回くらいお客さんを洗髪するかを推測してみます。お客さん一人当りの接客時間は、カットのみでしたら1時間位なので、大体5人かそれ以上でしょう。美容院の場合、カット前と後に頭髪を洗浄するので、美容師さんは一日に10回以上もシャンプーを使うことになります。頭髪の洗浄はアシスタントが担当することもあります。シャンプーを主に担当している方もおり、その方は一日あたり10回ではすまないかもしれません。

一日辺り、10回もシャンプー液を使うなら、肌のことも考えて低刺激のシャンプーの使用が望ましいです。美容師さんの手は、カット時にお客の顔の近づき、鏡にずっと映っているので、荒れてない方が好ましいです。
市販のシャンプーは汚れがよく落ちますが、それは裏を返すと刺激が強すぎます。美容師に限らず、肌が荒れやすい人も注意が必要です。また、シャンプーなどは薄めて使った方が効果的ですし、刺激も抑えられます。

石けん=界面活性剤

コメント欄にも書かれていますが、シャンプーと卵白を混ぜて白く濁るのは乳化しているからだと考えられます。水と油は混ざりませんが、界面活性剤を使うと混ざります。これが乳化です。
石けんもシャンプーも界面活性剤の作用によって油汚れが落ちます。

界面活性剤は、しばしマッチ棒のような形で表現されます。マッチの頭が水にとく溶ける部分で、軸が油によく溶ける部位です。水の中に少量の油分があり、そこに界面活性剤を加えると、界面活性剤の軸の部分が油を取り囲むように球を作ります。すると、水によく溶ける頭の部分が外側になるので、界面活性剤に包まれた油が水に溶けるようになります。これが、界面活性剤が油汚れを落とす乳化の仕組みです。水と油の両方に溶けるので、両親媒性物質と呼んだりもします。

この界面活性剤に包まれた球体をミセルと呼びますが、このミセルのサイズが可視光サイズ以上だと白く懸濁して見えます。ミセルのサイズは界面活性剤の種類や濃度によって変わります。可視光サイズ未満のミセルを調製すると、水溶液に色を付けずに油性の香料などを溶かすことができます。

ちなみに、水が少ない場合は軸の方が外側を向いた逆ミセルになることもあります。界面活性剤の形や性質、濃度によって、色々な形状を取ります。気になった人は、「ベシクル」や「リオトロピック液晶(ライオトロピック液晶とも)」で検索してみましょう。

水+卵白+シャンプーで白くなるのは乳化作用

卵白と水とシャンプーを加えて振ると白く濁るのは、この乳化の作用によるものだと思われます。卵白に主に含まれるのはアルブミンというタンパク質です。油ではありませんが、水よりも油によく溶けます。水と卵白だけでは混じりませんが、界面活性剤を加えると界面活性剤と卵白のタンパク質がミセルを形成します。このサイズが、可視光サイズ以上だと白く濁ります。

乳化するか、また白く濁るか否かは、ミセルの種類や、濃度などによっても変わってきます。今は消されてしまった、『美容師が市販シャンプーを買ってみた実験と結果と【安くて良いシャンプー】のススメ』 の実験は濃度などが考慮されていないので詳細はわかりませんが、乳化したりしなかったりしたのでしょう。もしかしたら、シリコンシャンプーの方が乳化しやすい傾向があるのかもしれませんが。また、界面活性剤はタンパク質と相互作用するので、タンパク質を変性させます。ただし、目玉焼きで卵白が白くなるような不可逆的なものではありません。


この実験もどきは、シリコンシャンプーがよくないことを印象づけるために、悪徳業者が行う手口のようです。卵白は火が通ると白くなります。これは紛れもなく、タンパク質が変性した結果です。タンパク質は加熱されると構造が変わってしまい、通常は元に戻ることはありません。すると、タンパク質としての機能を果たせなくなります。生物が過熱により死ぬのは、このタンパク質変性のためです。
つまり、タンパク質が白く濁る=タンパク質が変性した→変性すると元に戻らない=体に良くない、というイメージを植え付けやすいのでしょう。
まぁ、最近は 米国の生化学者チーム、ゆでたまごを液状に戻す技術を開発。戻してどうする? - Engadget Japanese なんて研究が行われていますが。

ちなみに、このタンパク質変性を利用しているのがミツバチです。スズメバチを熱殺するニホンミツバチ で紹介されるように、ミツバチは巣を守るために、スズメバチの周りに群がります。この状態を蜂球といいます。蜂球の中は45度前後にもなり、スズメバチは死んでしまいます。ミツバチが、やや高い体温まで耐えられるからなせる技です。

髪のタンパク質≠卵白のタンパク質

先に述べたように、水と卵白とシャンプーを混ぜると白く濁るのは、タンパク質変性によるものではないと考えられます。界面活性剤はタンパク質を変性させますが、可逆的な変化で、卵白を熱して変性させるほどの変化ではありません。

卵白は変性している可能性がありますが、そもそも卵白と髪に含まれるタンパク質は同じではありません。先に述べたように、卵白はアルブミンです。一方、髪はケラチンからなります。
ケラチンは非常に丈夫なタンパク質です。髪以外にも爪、人間以外であればウロコやくちばしなどもケラチンからなります。
また、皮膚の表皮もケラチンの一種です。真皮はコラーゲンからなります。コラーゲンも繊維質で丈夫なタンパク質です。

ケラチンが丈夫な理由は、ケラチンに含まれる硫黄によるものです。タンパク質同士が硫黄によってつながっている=架橋されているので丈夫になります。ちなみに、天然ゴムに硫黄を加えることで固さを調整できますますが、これも架橋によるものです。最近はあまりに見かけませんが、白熱灯の黒いソケットであるエボナイトは天然ゴムを加硫して硬化させたものです。

美容院と言えば、パーマですが、このパーマのメカニズムにはケラチンに含まれる硫黄が関わっています。
髪は硫黄同士の結合によって固くなっているので、簡単に変形させることができません。パーマのように髪に形を付けたい場合は、この硫黄同士の結合を一旦切る必要があります。
パーマをかける際に、最初に使う薬剤でこの硫黄の結合を切っています。すると、髪の毛が柔らかくなるので、好みの形にします。その後、硫黄を再結合する薬剤を使うと、髪の毛の形が固定化されます。
最初の薬剤には還元作用が、その次のには酸化作用があります。つまり、アルカリ性と酸性の薬剤を使ってるわけで*1、髪や頭皮にしてみればあまり良くないとも言えます。

合成 VS 天然

これまで、界面活性剤の種類は敢えて明言してきませんでした。その理由は、この手の話題には常に「天然物質は安全で合成物質は危険である」という背景があり、面倒だからです。

この思想では「なぜ人は合成物質を作り利用してきたのか」という点が考慮されません。そもそも、安全とされる石けんも天然由来ではありますが合成物質です。天然由来だから良いのだと言う人もいますが、合成として悪玉にされる物質も多くは石油などの天然由来です。

石けんは、動植物の油脂にアルカリ性の物質を加えることで合成されてきました。アルカリ性の物質としては主に灰などが使われていました。
石けんは先に述べたように、界面活性剤により油汚れを落とします。また、一部の菌に作用するため衛生効果もあります。そのため、古くから使われていましたが、硬水では泡立ちがわるい=洗浄力が落ちるという弱点がありました。
その弱点を克服したのが、合成石けんです。祖母が女学校時代に「硬水でも使える石けんができた」ことが同級生の間で話題になったと言っていたので、インパクトのあるニュースだったことがうかがい知れます。

現在主に使われているのは、ラウリル硫酸ナトリウムです。石けんはカルボン酸とナトリウムがイオン結合したものでしたが、ラウリル硫酸ナトリウムはスルホン酸とナトリウムがイオン結合しています。このカルボン酸とスルホン酸の違いにより、界面活性剤としての性質が変わってきます。

硬水には、カルシウムやマグネシウムが含まれます。このカルシウムなどが石けんのカルボン酸と結びつくと、石けんが水に溶けなくなります。これが、石けんカスです。このため、石けんは硬水で使うと泡立ちがよくありません。一方、スルホン酸の場合はカルシウムやマグネシウムと結合しても、水に溶けます。そのため、硬水で使用しても洗浄力が落ちません。

逆に言うと、ラウリル硫酸ナトリウムなどの合成石けんは洗浄力が強いです、また、通常の石けんであればカルシウムやマグネシウムにより固まり洗浄力が落ちますが、合成石けんでは落ちないため、洗浄力が低下しにくいです。

界面活性剤は皮脂や油を落としますが、これらは皮膚をプロテクトもしています。皮脂や油は汚れのもとなので、洗浄する必要がありますが、過剰に落とすと皮膚が荒れてしまいます。だから、日に何度もシャンプーを使用する美容師さんは肌が荒れやすいです。なので、低刺激でラウリル硫酸ナトリウムよりも洗浄力の低いシャンプーを使った方がお肌には良いのです。
また、乾燥気味で肌が荒れやすい人も、洗浄力の高い界面活性剤の使用を避けた方が良いでしょう。洗浄力が高い故に多く使うと肌を守るべき必要な皮脂や油分まで落としてしまい、また、きちんとすすがないと肌に残り炎症を起こしやすいのが、合成石けんが悪者にされやすい理由かなと思います。
界面活性剤は用法、用量を守ってお使いください。シャンプーや洗剤は薄めて使った方が効果的です。泡は必ずしも必要でありません。
もちろん、体感として泡立ちが悪い場合に汚れ落ちにくいのは、実際にその通りです。これは、汚れが界面活性剤の機能を阻害しているからです。

まとめ

市販のシャンプーと水と卵白を混ぜて振ると白く濁るのは乳化作用によるものです。この乳化は、シャンプーに含まれる界面活性剤によるもので、この乳化こそが界面活性剤が油汚れを落とすメカニズムになります。
界面活性剤が油分を包み、ミセルを作ることで油分を水に溶けるようにしています。これが乳化で、ミセルのサイズが可視光サイズよりも大きくなると白く濁って見えます。つまり、目玉焼きのように火を通した卵白が白くなるタンパク質の変性によるものではありません。

合成石けんは硬水でも使えて、洗浄力は普通の石けんよりも高いです。洗浄力が高いと言うことは、刺激も強いということです。美容師さんのように一日に何度もシャンプーを使っていると、皮膚の皮脂や油分を過剰に落としてしまい、肌が荒れます。美容師さんの手は目立つので、荒れない方が好ましいです。そのため、美容師さんは低刺激のシャンプーの使用が望ましいでしょう。
また、肌が弱い人も洗浄力の高い石けんやシャンプー、洗剤を使わない方が良いです。ただし、多くの人は石けんを多く使いすぎています。界面活性剤の濃度が高すぎると洗浄力が低下します。また、多く使うとすすぎで十分に界面活性剤を落とせす、それが肌に刺激を与える原因となることもあります。界面活性剤は少し薄めて使いましょう。

*1:正確には、必ずしも、還元剤≡アルカリ性、ではありません