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読書感想文は小学生のやる課題としては難し過ぎないか?

読書感想文は嫌いでした。本を読むのは嫌いではありませんでしたが、何を書いていいのかさっぱり分かりませんでした。そもそも、学校で作文の型をきちんと習った覚えがありません。もちろん作文の書き方の授業はありましたが、精々、【Z会】小学生のための読書感想文おうえんサイト文章を書くコツ大公開! 程度の内容で、振り返ってみても当時の僕が国語の授業だけで読書感想文が書けるようになったとは思えません。身についたのは原稿用紙の書き方くらいです。それも、今はあまり役には立ちませんが…。読書感想文をどのように書けばよいのか分からないのは僕だけではないようで、ウェブ上で検索すると「読書感想文の書き方」なるページが結構見つかります。やはり、多くの人が読書感想文の書き方がわからなくて困っているのでしょう。読書感想文の書き方に関するページとしては、逆説的ですが 悩める青少年に朗報!読書感想文は1行読めば書ける! が面白いですね。

読書感想文は、本を読ませつつ、作文も書かせることのできる一石二鳥な課題なので出題する方としても人気が高いのでしょう。しかし、文章作成の型をきちんと教えずに適当に書かせているのが現状ではないかなと感じます。作文を提出すると「てにをは」を始めとする間違いは指摘されますが、文章構成や構造をどのようにしたら良いかまで指導された覚えがありません。文章構造などまで指摘しだしたら、先生の負担が大きすぎるのでしょう。だから、多くの人が読書感想文の書き方が分からないまま成長する。
そもそも、読書感想文ってかなり高度なことを要求してるんじゃないかな?と感じます。小中学生に自由に書かせて書けるような代物ではないんじゃないでしょうか?適当に書けるなら、そんな多くの人が読書感想文に困るはずもありません。
読書感想文に限らず、作文は結構難しいので小学生に自由に書かせるよりは、中学か高校くらいで、きちんと序論、本論、結論という文章の型を教え込んだ方が良いんじゃないかな?と思います。

読書感想文って複雑

読書感想文は、「感想文」なのに感想を書いてはいけない罠があります。本を読んで、自分なりの主題を探し、それを自分の体験とリンクさせ、自分がどのような人間であるかを内省し、本から学び今後の人生で活かせる点を述べるのが読書感想文で求められていることなのでしょう。登場人物の行動と自分の行動を比較すると書きやすい。
本の主題はやっかいで、本には正しい主題があると思い込み、それを探そうとするとドツボにはまってしまいます。

文章構造も単純ではありません。一般に、序論、本論、結論の順に書くのが基本の型です。
序論は文章全体の予告です。本論で書く内容や、結論の予告をします。本論は、結論を導くために色々な論拠を示します。結論は、本論をまとめ自分の考えを述べます。
読書感想文ならば以下のように構成すると書きやすいでしょう。

  1. 序論
    • どのような感想文なのかを提示します。
    • 読めば感想文全体の流れを予測できるのが良い序論です。文末に結論を書きましょう。
    • 本から読み取った主題と、それと比較できる自分の体験を書き、そこから学んだ点を簡単に述べる。
    • 本を読んだ経緯から主題に触れて、学んだことを結論として書くと良いでしょう。
  2. 本論
    • 本の主題を説明します。あらすじが必要なら、主題となる部分を中心に手短に述べましょう。
    • 登場人物の行動と比較し、自分だったらどう思うか、どうするかを書くと主題を明確にしやすいです。
    • 具体例として、自分の体験と比較しします。他の本の引用なども有効です。
    • 自身の失敗談の方が反省点をまとめることがき、主題から学び、改善できる点を明確にしやすいでしょう。
  3. 結論
    • 本論を簡単にまとめます。
    • 本の主題、そこから自分が学んが事を書きます。
    • 学んだことから、今後の抱負へつなげると良いでしょう。

子供時代のめ以子が桃太郎を読んで読書感想文を書いたら

上記を元に、例として簡単な読書感想文を書いてみます。お題はなんでも良いです。桃太郎でだって読書感想文は書けるのです。
NHKの朝の連ドラ「ごちそうさん」で、子供時代のめ以子がジャムをあげないで友達と喧嘩になりますが、そのめ以子が桃太郎を読んで読書感想文を書くととしたら、以下のような感じにすると良いのではないでしょうか。

「きび団子をあげよう」
卯野め以子

(序論)私は食べることが大好きです。この前、お見せに来たおじさんからいちごジャムをもらいました。友達が分けろと言いましたが、私は自分の食べる分が減るのが嫌で断ったら友達と喧嘩にになってしまいました。おばあちゃんに喧嘩のことを話したら、ジャムを友達にあげたらジャムは減るけど他にもらえるものがあるよと言いました。ジャムを友達にあげたって、何ももらえないと思います。でも、この前おばあちゃんが弟にしていた桃太郎の話を一緒に聞いたら、友達にジャムをあげたらもらえるものがわかりました。
(本論)桃から生まれた桃太郎は、おばあさんに作ってもらったきび団子を持って鬼退治に行きました。鬼ヶ島へ行く途中、桃太郎はお腹をすかせた犬と猿とキジにきび団子をあげました。犬と猿とキジは、桃太郎に感謝して一緒に鬼退治に行きました。桃太郎は犬と猿とキジと協力して鬼を退治しました。
私が桃太郎だったら、おばあさんが作って食えたきび団子を自分だけで食べてしまうと思います。きっと犬とさるとキジも仲間になってくれません。私だけで鬼退治はできないと思います。桃太郎はおいしいきび団子を上げたから仲間ができました。でも私は友達にジャムを上げなかったから、友達と喧嘩をして友達を失くしてしまいました。ジャムを上げていたら喧嘩もしなかったし、もっと仲良くなれたと思います。これが、おばあちゃんの言いたかったことなのだと思います。
(結論)私は桃太郎のように美味しいものを分けることができませんでした。そして友達と喧嘩になってしまいました。私も桃太郎のようにみんなで分ければ、友達ともっと仲良くなれたでしょう。みんなに美味しいものを食べさせて、たくさんの「ごちそうさま」を貰えるようになりたいです。

型を知らなければ型は破れない

短い文章ですが、構造を考えて書くのはなかなか難しいです。しかし、文章構造を知っていれば設計図を手がかりとして文章を構成できます。何も知らないで書き出すよりは簡単です。
何事も基本となる型があります。型を知らなければ、文字通り型破りになることもできません。落語などは古典を型として学びます。そうして、自分の芸として発展させて行くのです。ピカソだって絵画の基本をしっているからこそ、逸脱することができたのです。
型を教えずに自由にやらせても何をやって良いのか分かりません。自由とは時に、指針が立たないのでなにをやって良いのか分からなくなります。ドラクエ1は開発時にはフィールドからスタートしていたそうですが、多くのプレイヤが城に入らずフィールドをさまよったそうです。そこで王の間からはじめ、鍵を開けるなどのチュートリアル的なスタートに変えたそうです。
読書感想文の型を教えずに自由に書かせるのは、一見すると子どもの自由発想に任せて書かせているようですが、何の指針も示さないため教育の放棄と言っても過言ではありません。もちろん、教えずとも書ける人はいますが、できないことをできるようにするのが教育です。しかし、これまでに示したように読書感想文を書くことは割合高度なことです。つまり、初等教育で作文を教えるのは無理なんじゃないの?ってことです。少なくとも中学、できれば高校で教えるのが良いのでは?と。