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大学入試を「人物評価」重視にって日本のブラック化を促進したいとしか思えない

人物評価とはなんぞや

二次試験を行わず、面接などの「人物評価」を重視するとの報道がありました。具体的に「人物評価」とは何を評価するか分かりません。二次試験が暗記や記憶中心の試験かと問われれば疑問なのです。また、人物を客観的に判断することはできない以上、ペーパー試験の方が私見を排除できる点でマシな制度ではないでしょうか。

国立大学でも、センター試験だけで評価し二次試験なし、あるいは小論文か面接を行う大学あります。大学受験パスナビ:旺文社 にて 「国立 / 二次試験なし」 で検索してみると、22校ほどヒットします(2013年10月11日現在)。国公立を含めると38校となります。

後に、下村文科相は学力試験を否定したわけではないと主張していますが、「高校時代のリーダーシップを発揮した活動やボランティア活動など、学力以外でも総合的に判断する必要がある」と語る当たり、具体的にはアメリカの大学入学制度を真似したいのでしょう。しかし、自分の限界を超えて無理をするのが素晴らしいという価値観=ブラックに耐えられる人が生き残れない現状のある日本がこれを真似た場合、大学入試がますます過酷なブラックな環境に強い人しか残らないものになると思えてなりません。日本としてはブラックに強い人が欲しいので間違ってないのかもしれませんけど。

アメリカの大学入学制度

大学入学の合否は、大学進学適正試験の結果のほか、出身高校の成績、担当の教師及び有識者からの推薦状、スポーツや芸術の分野での活動及び特技才能、社会奉仕活動などを行っていたかどうかなど重視して決定される。

アメリカの大学入学制度が具体的にどのようなものか経験したことがないのでよく分かりませんが、大学進学適性試験の他、出身校での成績、推薦状、得意技能、社会奉仕活動などが加味されるようです。一応それらが加点方式で評価されるようです。引用した記事によると、アメリカ人は自分のレベルに合った大学に進学するので日本ほど大学入学競争は熾烈ではないようです。ただし、ウチが貧乏だから大学に行けない 深刻化するアメリカの格差問題 - Market Hack などを読むと、良い大学へ行くのはかなり大変なようで、勉強はもちろん、ボランティア活動に、入試担当者に受ける課外活動を熱心にやらなければならないようです。

日本でアメリカ式大学入学制度を実施すると・・・?

日本でも、部活動や課外活動を行う場合には親の協力が必要不可欠です。野球などは遠征の送り迎えはもちろん、食事や道具の管理、他校の試合のビデオ撮影などなど、やらないければならないことがたくさんあります。仮に、「人物評価」がアメリカのような基準で判定されるならば、その負担は大変なものになるでしょう。
部活動や課外活動にボランティア活動をやって当たり前。勉強もできて当たり前。これら全てができて当たり前なんて人間はそうそういないでしょう。日本での大学入試の加熱っぷりを見るに、程々に自分のできる程度で済ませる人がどれだけいるのか疑問です。自身の許容量を超えて無理する人、させる人が多いでしょう。そうなると、過酷な状況でも耐えられる、今風に言うとブラックな環境でも耐えられる人が生き残るだけではないでしょうか。

勉強だけしかしなくても良い状況ってのはおかしいとは思うので、他の評価軸を導入する点には賛成です。しかし、自分のキャパシティを超えて無理するのが素晴らしいという価値観が無くならない限り、「人物評価」を導入しても無理することに耐えられる人ばかりが評価され、ますますマッチョな人しか生き残れない社会ができると思うんですけどね。