左ヒラメに右カレイとnodal遺伝子

ヒラメやカレイは両目が左右どちらか一方に偏った左右非対称な生物である。その他に左右非対称な生物といえば、シオマネキのオスは片腕のハサミだけが大きい。左右どちらの個体も存在する。巻貝は右巻きの種が圧倒的に多いが、そのためヤドカリは左手のハサミが大きい。ヤドカリが貝殻に入った際に、左手のハサミをフタや武器にするためだ。カダヤシ目はグッピーなど熱帯魚の多い種であるが、その中のヨツメウオ科の魚は。オスの交接器は左のみに動く左利きと、右にのみ動く左利きのオスがいる。メスも同様に、生殖孔が左だけに拓くものと、右だけに開くものがいる。左利きのオスは右利きのメス、つまり互いに逆利きの異性としか交尾ができない。フクロウは一見すると左右対称だが、耳の位置の高さが左右で異なっている。これは音をより立体的に聞くためだと考えられている。


ヒラメとカレイの見分け方は左ヒラメに右カレイと言われる。一般に体の右側に眼があるのがカレイであり、左にあるのがヒラメではあるが、例外もある。生物学的には視神経の交差の仕方で見分けるようだ。ヒラメとカレイは生まれた時から左右非対称なわけではない。稚魚の頃は普通に左右対称な魚だが、その後徐々に左右非対称で平べったい形へと変化していく。また、ヒラメとカレイは完全な鏡像というわけでもなく、内臓の位置は同じである。

ヒラメとカレイは何故左右非対称になったのかは、進化の過程を見ると分かってくる。ヒラメもカレイもカレイ目の仲間で、カレイ科やヒラメ科などに分かれている。その中でもボウズガレイは原始的なカレイの仲間で、カレイやヒラメの起源になったと考えられる。他のカレイに比べ、通常の魚に近い形をしている。このボウズガレイはヒラメのように眼が左にある個体と、カレイのように右にある個体が混在している。つまり、カレイヤヒラメは一旦左右非対称性となり、その後左側に眼のある個体がヒラメに、右側にある個体がカレイへと進化していったのだと考えられる。
それでは、ヒラメやカレイの左右非対称性はどのように制御されるのだろうか。一旦は左右対称で生まれるヒラメやカレイは、ある時期を経ると眼の位置が移動していき左右非対称になる。この過程を詳しく観察すると眼の移動の前に脳、特に視神経の交差部が非対称になることが分かってきた。さらに詳しく解析すると、胚の時期に内臓の左右を決定する遺伝子が、ヒラメやカレイでは再発現することが分かってきた。(参考:『左ヒラメに右カレイ』目の偏り 脳のねじれが左右…東北大教授ら解明

ヒラメとカレイを左右非対称にする遺伝子は、Pitx2 と呼ばれる遺伝子で脊椎動物の内臓の左右を決定する。脊椎動物のの左右は、Nodal、Lefty1, 2、Pitx2 などの遺伝子から制御されている。とまぁ、専門ではないので間違っているかもしれないけれども、胚の段階で Nodal と Lefty 遺伝子が相互に関わり合いながら、脊椎動物の左を決めるようだ。受精後に前後軸が決定されるが、その際に Lefty が Nodal の働きを抑えている。前後軸が決定した後に背と腹が決まる。その後 Lefty が左のみに働き、脊椎動物の左が決まる。それでは、Leftyは 何によって生物の左を判断しているのか。スイス連邦工科大学、石川尚グループが精子などの鞭毛の屈曲運動を解明。 - swissinfo によると、受精卵のせん毛が一定方向に回転しており、その回転方向が生物の左を決定しているとのことだ。もし、この回転方向に乱れがあると内臓の位置が逆なることもある。
脊椎動物は Lefty によって左が決まり、その後 Pitx2 の働きによって最終的な内臓の位置が定まる。通常の脊椎動物は、胚の段階でしか Pitx2 は作用しない。しかし、ヒラメやカレイは誕生後にも作用し、それがヒラメやカレイを左右非対称に制御している。ヒラメやカレイの稚魚の脳内で Pitx2 が再発現し、それが脳や視神経を非対称させ最終的に、眼が左あるいは右による。Pitx2 が正常に働かなければ左に眼のある正常なヒラメ、右に眼のあるヒラメ、左右対称なままのヒラメが生まれてくる。養殖のカレイでは眼の位置が逆の個体が自然界よりも多く見られるそうで、何らかの理由で Pitx2 の再発現が抑制されているのだと考えられている。
Nodal、Lefty1, 2、Pitx2 遺伝子の働きは、人間の左脳や右脳の使い分けや、右利き左利きに関わっている可能性もあり、左右相称動物の非対称性は興味の尽きない研究である。