渦巻とらせんの話

空間の軸としての左右以外にも、回転方向としての左右もある。ここでは、回転や渦、らせんの左右を見ていこう。

陸上競技のトラックは左回りである。ただし、アテネで開催された第一回オリンピックでは右回りであったらしい。右回りが左回りになった理由は不明だが、一般に左足を軸足をする人が多いから左回りとなったと言われる。このトラックが左回りであることに着目したのが、アキレスが販売する瞬足である。瞬足とは | 瞬足クラブ | アキレスシューズ公式サイト を見て分かるように瞬足の靴底は左右非対称である。瞬足を履いて右回りに走ったら遅くなるのだろうか?
人間の走るトラックは左回りと決まっているが、競馬は左右どちら回りも存在する。馬にも利き足があるようで、右回りが得意な馬もいれば、左回りが得意な馬も存在する。モータースポーツもどちら回りも存在する。ただし、インディカーシリーズは左回りでぐるぐる回る。F1は右回りが主流で、かつてアメリカGPが開かれたインディアナポリス・モーター・スピードウェイはF1では右回りとして使用していたが、MotoGPインディアナポリスGPでは左回りとして使用されている。
人間の作った機器は右利き用に作られる。例えば石臼やミルは右回しで使うように刃が切ってある。飛行機のプロペラはどちら回りも存在するが、右回りならば逆ネジを使用しないとプロペラが外れる。飛行機といえば、Togetter - 「鳥人間で本当にあった怖い話」 によるとププロペラを逆に作ったり、両翼とも左翼に作ったりと左右の取り違いはしばしば起こる問題らしい。
右回りと左回りは設計者の思想による所も大きい。コルトSAA は狙撃者から見てシリンダーは右回りで左にスイングアウトする。S&Wはシリンダーが左回りである。?コルトと S&W は、シリンダーの回転方向、ロック解除、分解方向と全部逆に作ってある。バレルが右に切ってあるか左に切ってあるかは判らないが、サプレッサーがが右ねじなら、左に切らないと外れるだろう。
モーターに関しては右回りが多い。例えばレコードやCDは右回りである。天然のモーターとして知られる F1-ATPase はどちらに回転するのだろうか。F1-ATPase は生体内でエネルギーを生み出す役割を担うアデノシン三リン酸(ATP)を合成、分解する酵素である。アデノシン二リン酸(ADP)とリン酸からATPを合成する際は、モーターが右回りに回転しながら水素イオンを取り込みながらATPを合成し、分解する際は左回りに回ることが予測されていた。そこで、 F1-ATPase に蛍光物質をくっつけて回転している様子を実際に見たのが、ATP合成酵素の触媒反応に伴う分子の動きの実時間観察と回転の解析 である。F1-ATPase はATPを消費しながら左回りに回転していることを実際に観察することができた。さて、それではこのF1-ATPase を右回しに回転させたらATPが合成されるのであろうか。そこで、磁石にくっつく磁性ビーズをF1-ATPase に貼りつけて外部磁場でこのF1-ATPaseを右回しに回転させるとATPが合成されることが分かったのです。力づくな感じもしますが、面白い研究ですね。
ちなみに、細菌は鞭毛をモーターのように回転させながら進む。この回転は種によって右、左回りのどちらも存在しているようだ。また、受精卵の鞭毛の動きによって内臓の位置が決まっているかもしれないとの研究報告もある。これにより、内臓逆位の原因が明らかになるかもしれない。

蚊取り線香は右巻き?左巻き?

回転運動には円周運動以外も、円軌道が大きくなったり小さくなったりする渦も存在する。自然現象の渦といえば台風や渦潮であろう。渦潮は潮流が速い場所で発生する。日本では鳴門海峡に発生する渦潮が有名であろう。渦潮は潮流の両脇に発生するカルマン渦であり、本来左右どちら回りも観察されるはずであるが、鳴門の渦潮は南流時には鳴門側、北流時にはその反対の淡路島側に多く発生するため、ほとんどが右巻きとなる。台風も大きな渦である。台風の渦はコリオリの力によって生じているため、北半球でできた台風は左巻きであり、南半球でできると右回りとなる。しばし言われる、洗面台などに水を張り栓を抜くと北半球では左回りで、南半球で右回りに吸い込まれるというが、コリオリの力はそこまで大きくないので、ほとんど影響がないはずである。台風と渦潮は中心部に吸い込んでいく渦である。それとは逆に吹き出す渦も存在する。例えば、つむじは中心部から吹き出すように巻いているし、アンモナイトも中心部から徐々に成長していく。さて、蚊取り線香のように動きのない渦はどのように定義すればよいのだろうか。蚊取り線香は外側に火をつけるから外側から、つまり吸い込む方向に定義すればよいだろうか。しかし、蚊取り線香以外の動かない渦巻は何を基準にすればよいのだろうか。台風などの動きのある渦は、その回転方向によって右巻きや左巻きを決定すればよいが、蚊取り線香のように止まっている渦に関して吹き出す方向か、吸い込む方向のどちらを巻き向きとするかの取り決めはない。数学的に考えれば、原点、つまり中心から見たつまり吹き出す方向を渦の巻きとするのが良いのではないか。
さて、止まった渦であるペロペロキャンディはどちら巻きであろうか。グーグルで画像検索してみると、ペロペロキャンディ - Google 検索 どちらの巻きも存在するようだが・・・。
ペロペロキャンディはアメを渦状に巻き、食べやすいように串に刺されている。ペロペロキャンディには表裏はないが、一方から見て右巻きだった時それを裏から見ると左巻きになっているだろう。このペロペロキャンディはどちら巻きだろうか?答えはどちら巻とも言えないである。ペロペロキャンディは渦であるが、表と裏どちらから見ても合同な渦だから、左右の区別をつけることはできない。これは地球の自転や交点と同じで、北極から見れば左回りだが、南極から見ると右回りと、見る方向によって回転方向が異なるので、一意的に決めることはできない。このように平面上の表裏のない円周運動や渦巻は左右を区別することができない。つまり鏡像がない。陸上競技のトラックや蚊取り線香には、表と裏があるので左右の巻きが生じる。回転運動や渦巻を扱う場合は、それをひっくり返すことができるか否かを注意深く観察し、巻き方向を決定できるか否かを見極めなければならない。

アサガオのつるは右巻き?左巻き?

回転や渦に鏡像はないが、らせんの場合はどうだろうか。右らせんと左らせんは重ねあわせることはできない。それぞれが鏡像体である。世の中には様々ならせんがある。例えば植物であるアサガオのつるは同じ巻のらせんを形成することが知られている。アサガオの巻きの向きをインターネットや書物で調べてみると、右巻きだったり左巻きだったりで、どちらが正しいのか判らなくなってくる。この違いは何から生じたのか。もしかしたら、アサガオの巻き方向はバラバラなのではないか・・・と思っていると、どうやら、らせんの定義によるらしい。歴史的にらせんの巻きの定義は様々あり、それが混乱の元となっているのだ。
らせんの巻きの取り決めに混乱が生じる理由は、らせんをどこから見るかで回転方向が異なるからである。現在では、右ねじの方向、つまりネジを右にまわして進むらせんを右らせんとするのが一般的である。この時右らせんの矢印を想像してみて欲しい。右らせんの矢印において、矢印が手前に来る方向から見ると左回りで、奥から見ると右回りに見える。これも右ねじを考えると解りやすい。ネジを右に回すと奥に進み締まっていく。一方、ネジを外す際は左に回せは緩み、ネジは手前に出てくる。右ねじの方向では、右に回すと締まるねじを右らせんと定義している。歴史的に、電波を扱う電気工学と、光を扱う光学は別々に発展したため、らせんの定義がそれぞれ逆になっていた。電気工学では、電波を発信する方向から見てつまり、奥から見た回転方向を、一方光学は光を受信する方向から見た回転方向をらせんの巻きとした。それぞれ、らせんの裏と表から見ているためらせんの巻きは逆となってしまった。ただし、現在では右ねじの方向を右らせんとする定義が一般的である。
植物のつるの巻き方向の定義も右ねじとは逆であった。アサガオのつるは、上から見ると反時計回り、つまり左回りに大きく回転しながら巻きつく軸を探し、軸を見つけるとそのまま左に回りながらつるが上へと伸びていく。植物学においては、らせんが進む方向をから見た回転法をらせんの巻きとしていた。つまり、植物学では右ねじにより右らせんと定義されるらせんが、左らせんと定義されていたわけだ。現在では、右ねじによりらせんを定義することになっている。そのため、昔の教科書ではアサガオのつるは左巻き、現在だと右巻きと、文献によって定義が異なるためらせんの方向に混乱をきたしている。
植物のつるの巻きは遺伝的に決まっており、アサガオインゲンマメは右巻き、フジやホップは左巻きである。カボチャやヘチマ、ブドウもつるを巻くが左右どちらも混在している。

ケーブルは何故ねじれるのか

自然界のらせんといえば、DNAの二重らせん。DNAの二重らせんは右らせんである。ただし、何事にも例外があるようにZ-DNAは左らせんである。DNAより作られるタンパク質のα-ヘリックスも右らせん。ただし、短い領域で左巻きも取りうる。糖鎖であるアミロースも右巻きである。
ネジは右巻きだが、プロペラや自転車の左ペダルなどに逆トルクでネジが緩まないように、逆ネジが使われる。また、水素ボンベは注意喚起のため左ねじである。ロープやワイヤは糸が左らせんならば、糸のねじれとは逆の右らせんで編む。これは、編んだロープが簡単に解けないようにするためだ。またロープではその見た目から、左らせんをS巻き、右らせんをZ巻と言ったりする。ちなみに、三つ編みに巻き方向はない。
受話器のコードもらせんを巻いている。これは、コードが絡まらないようにするためだ。絡まらないようにするためなのに、ねじれが発生するとお怒りの方もいるだろう。しかし、それは貴方がコードにねじれを加えているからだ。電話をする際に受話器を右手で取ったとしよう。思いのほか長電話になり、メモも取る必要が出てきたので受話器を左に持ち替えた。そしてそのまま電話を切った場合を考える。右手で受話器をとって耳に当てると、受話器は左回りで90度回転する。その後、左手に持ち変えると、さらに180度回転する。そのまま受話器を置くと、もう180度回転し、結果受話器が左回りに一回転する結果となる。最初に左手で取り、右手で持ち替えた場合は右回りに一回転することとなる。右手で取り、左手で受話器を置く動作を繰り返すと、どんどんコードにねじれが加わっていくことになる。右手で受話器を取り、左手で置くことが癖になっている人ほど無意識のうちにコードがねじれていくわけだ。

受話器のねじれは解消したが、むしろケーブル類の絡まり具合を何とかして欲しい人が多いのではないか。ケーブルの絡まりの一因は受話器の場合と同じく、ねじれが関係している。紐あるいはリボンを用意していただきたい。ティッシュを細長く裂いたものでもよい。この紐に、ねじれを加えていくと自然とらせんができるはずだ。右利きならば左手で紐を固定して、右手で奥にねじる、つまり右ねじの定義からすると紐に左のねじれを加えると、ねじれと同じ方向の左らせんができる。ねじれを加えるとらせんができるのは自然の摂理で、逆もまた真なり。らせんを巻くと、自然とねじれが加わっている。我々はケーブルを片付ける際に、くるくると同じ方向に巻いている。つまり、無意識のうちにケーブルにねじれを加えている。すると、ケーブルに癖がついてしまう。これを何度も繰り返すうちに、ケーブルに自然と巻く癖がつき、結果絡まりやすくなってしまう。余りにねじれが加わり過ぎると、断線の元となる。安いイヤホンならいいが、高価な音響ケーブルだとシールドがズダズダになる可能性がある。そこで音響機器を扱う人は、ケーブルに一方向のねじれを加えない工夫をして巻いている。ケーブルねじれを加えない巻き方は8の字巻きと呼ばれる。8の字のように巻けば、上部と下部の円ではそれぞれ逆巻きとなるため、ケーブル全体としてはねじれが相殺される。ただし、八の字に巻いてはいけない。また、解き方を失敗すると大量の固結びができるのでご注意を。

左巻きのカタツムリと右利きの蛇

動物界のらせんといえば、軟体動物門腹足綱に属する巻貝。巻貝のらせんは、円錐に紐を巻きつけてできるので円錐らせんと呼ばれる。DNAのようならせんは、円柱に紐を巻きつけてできるので円柱らせん、あるいは常らせんと呼ばれる。巻貝のらせんは上から見ると、一回転ごとに一定倍で大きくなっていく渦巻状になっている。このような渦巻を対数らせんという。自然界に見られる渦巻の多くは対数らせんである。先に挙げた台風や、銀河なども対数らせんに近い。黄金比の長方形の短辺を正方形として切り取ると、残りの部分が黄金比の長方形になるが、これを繰り返しながら頂点を結びとできる対数らせんは黄金らせんと呼ばれる。
対数らせんは、進行方向を基準にしてある1点が同じ方向に見えるように運動する物体が描く軌跡である。ハヤブサが獲物へ、蜂が花に近づく軌跡も、対象物を一定の角度で見るため対数らせんに近くなる。対数らせんは、多角形を等比的に、拡大あるいは縮小することで得られる。そのため、徐々に大きくなる生物の器官、牛や羊の角や象牙、ヒマワリの種の配置、そして巻貝なども対数らせんとなる。また、対数らせんは拡大縮小しても自分自身と同じらせんとなる。
一方、等間隔の渦巻はアルキメデスのらせんとよばれる。ロープなどを一点で固定し巻きつけていけばアルキメデスのらせんとなる。対数らせんは自然物に多いが、アルキメデスのらせんは人工物によく見られ、例えばレコードの溝や蚊取り線香などがそれである。

さて巻貝である。巻貝には右巻き、左巻きの種が存在するが、9割近くが右巻きである。カタツムリもほとんどが右巻きで、左巻きは稀である。左右の巻が逆だと内臓の位置も逆となっている。右巻きが多い理由は明らかになっていないが、一方の巻に偏る理由は巻が同じでなければ生殖行為ができないからだ。
カタツムリばかりを食べる蛇がいるのだが、この種の蛇は右巻きのカタツムリを食べやすいように歯の本数が左右非対称になっている。右の歯が多いので右利きの蛇といえよう。この右利きの蛇の多い東南アジアでは、右利きのカタツムリばかり食べられるせいか、他の地域よりも左巻きのカタツムリが多く見つかるという。蛇以外にも右利き、左利きのある動物はいるようだ。人間は右利きが多い。現在では、右利きに矯正されるために右利きが多いのだろう。200〜250万年前の原人類では石器を調べた結果、右利きが59%とやや多い結果となっている。大脳皮質連合野:頭頂連合野 によるとニホンザルは左利きの方が多いらしい。現在では、右脳と左脳の役割分担により人間は右利きが多くなったとする説が有力です。ただ、右脳と左脳が役割分担をした理由はわかりませんから、右利きの理由は巻貝に右巻きが多いのと同じく謎のままでしょう。
魚の右利き左利き によると、魚にも右利きと左利きがいるそうだ。右利き、左利きで口の形も異なれば、体の反りも異なる。上から見て右に反っていたら右利き、その逆が左利きだ。右利きの魚が逃げる、あるいは獲物を追う際は左に泳ぎ、左利きだと右に泳ぐ。右利きの捕食者が獲物を見つけたら、左に泳ぐ。この際右利きの魚は左に逃げ、左利きの魚は右に逃げる。そのため、右利きの魚は右と左の交錯する左利きの魚の方を食べやすいと考えられる。実際に右利きの魚の胃の中からは左利きの魚が見つかるそうだ。右利きの捕食者が多いと、左利きの被捕食者が減るため、次の代は右利きの被捕食者が有利になり、逆に右利きの捕食者不利となる。このように、右利きと左利き魚が減ったり増えたりする。今度、魚を料理したり、食べたりする際に魚が右利きか左利きかを調べてみてはいかが?
その他にも、鶏は右足だけで立って眠り、起きている際は左足を主に使うため、右足はやや固く、左足の方が発達して美味しいそうだ。フラミンゴも右足だけで立つ。また、牛は餌を食べた後に右を下にして寝る。人間も右を下に寝た方が消化が促されるそうで、それは牛も同じ。そのため、牛の右の肉は固くなるそうだ。
左利き、右利きは遺伝によって決まる。巻貝も遺伝によってその方向が決まると考えられているが、遺伝子を上書きし逆巻きの巻貝を作成(生物の左右性を決定する新たなメカニズムの解明) によると胚の段階で加わる力によっても巻きが変わってしまうそうだ。遺伝子よりも、胚の段階で加わった力のほうが左右巻きを決定する因子として影響力が大きいわけで、人間の体内が左右非対称な理由などにも関わっているかもしれません。
胚の段階で巻きを逆転できる?