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「インセプション」されたのは誰か

メメントもお勧めですよ

ダークナイトの監督だから見に行こうと思っていたら、id:y2k000さんからメメントの監督と同じであることを聞き絶対に観に行くと決意した。メメントの次の作品であるインソムニアがちょっとがっかりだったので、監督名が記憶に残らなかったっぽいです。
メメントは2000年に公開された記憶障害の男の物語。公開当時は「逆回しの映画」なんてコピーで宣伝されていました。ストーリーは複雑ではないのですが、逆回しのように物語の時制がぐちゃぐちゃなため、観客は混乱させられます。難解ではなく難読な映画で、観客の混乱と主人公の記憶障害がシンクロしている。低予算ながら、編集の妙が冴える映画です。
インセプションメメントと似たようなテイストの映画だなと感じました。インセプションの構想は9年なので、2000年公開のメメントと同じ時期に考えついた「アイデア」かもしれず、双子のような作品と言えるかも知れません。
もしインセプションを見に行くならば、エンドロールで決して帰らないこと。

あまりネタバレの無い感想

各シーンの作り込みと、キャラクターも生き生きしていてワクワクさせられました。特に、コブの奥さんであるモルの怖さはホラー映画級。人間の形をした怪物って感じでした。対して、アリアドネはちっちゃくてかわいいですね。ただ、夢の魅力にとりつかれた彼女の今後がちょっと心配です。関連作品を作るなら、彼女のその後とかを見てみたい気がします。
レオナルド・ディカプリオは役者として良い感じに仕上がってきているなと感じました。タイタニック直後は大丈夫かなと心配してましたが。ところで、ディカプリオが水面から這い上がるシーンと、壁に挟まっちゃうシーンは笑うところですよね?特に壁に挟まるところは、「タイタニックの頃のレオ様なら、すっと抜けられただろうに・・・」と思っちゃいました。
渡辺謙はビギンズのように色物アジア人としての扱いではなく、重要な役回りを演じていました。そういえば、序盤に出てくるなんちゃって日本風の城は、コブたちがデザインしたから似非和風なのかなと。その後に目覚めたコンパートメントの新幹線は舞台装置とはいえ、もう存在しないよ!とちょっと突っ込みたくなりましたけども。しかし、渡辺謙演じるサイトーの権力ってどれだけあるのかと。「植え付け」作戦のために、コブたちが飛行機を貸しきろうと相談していたら、さらっと買収したほうが安いだろと切り替えしたのには思わず吹き出しました。そして、そのサイトーが恐れるターゲットたるロバートの父親の会社はどれだけすごいのだろうか。ロバートは如何にもなボンボン臭がすばらしかったのですが、バットマンシリーズではスケアクロウ役なんですよね。どちらもインテリで表と裏に対応する役柄かなと。彼の「500ドル入ってる、財布はそれ以上だ」ってセリフもお気に入りです。サイトーの飛行機買収もそうですが、セリフ回しでキャラクターの背景を表現するのも上手いなと。
インセプションではほとんどCGを使っていないそうです。インセプション / Inception によると、コブとアドリアネが見ているパリの夢における店や石畳が炸裂するシーンは、石畳に似せた素材を吹き飛ばし、その後CGで加工したのだとか。。アドリアネが街を折り曲げるシーンも後PC上で編集加工しているらしい。CGを殆ど使っていないそうですが、ホテル内の無重力のシーンはどうやって撮っているんでしょうか?このフワフワ間は見ていて楽しいです。また、夢の第二階層はコブの相棒であるアーサーの活躍の場でもあります。パラドックスを使って追手をまいたり、仲間を同時にキックするために奮闘したりといい仕事するなぁと。アーサーのビシッと決めた執事っぽいキャラクターも良かったです。生真面目すぎて想像力が足りないのが難点ですが。

映像、各シーン、さらには小ネタの作り込みが半端ないなと。もちろん、音楽も素晴らしい。サントラを買おうかなと思ってます。さて、以下はネタバレ全開です。

コマは止まったのか?

いろいろな解釈ができるのはインセプションの魅力かなと思います。下記に参考リンクを。

疑問に思ったことや矛盾点の考察も楽しいですが、インセプションで最も物議を醸し出すのはコマの映るラストシーンでしょう。あのコマは止まったのか回り続けたのか。虚無(imbo=辺獄)に落ちたサイトーを救い出し自身の家に帰り着いたコブ。ノーマンなのに、ハッピエンドなのかなと思っていたら、スタッフロールと共に最後の最後に観客へ毒を盛る演出を仕込んでいたなと感心しました。
さて、コマは止まったのか、回り続けたのか。つまり、コブは現実に帰ってきたのか、夢のままなのか。コマ以外にも、子どもの見た目やコブの結婚指輪などの判断材料はありますが、どれも決定打にかけるのではないかなと。現実ならば素直にハッピーエンドですが、夢のままだったらバッドエンドでしょうか?インセプション感想・考察まとめ ネタバレ注意 ではインセプションはサイコセラピーの映画であると。インセプションは誰が主人公でも、再構築可能な映画だと思います。それぞれの視点にたった映画を作ることができるでしょう。その中で、コブを主人公を選んだということはコブを救う物語であったと言えるのではないでしょうか。コブが夢の世界から抜け出せていなくても、その夢のなかにはモルが出てこないのでモルへのトラウマは解消されているし、以前の夢では決して見ることのできなかった子供の顔も見ることができている。コブが夢を選んだとしても、コブ自身は癒されているのだからある意味ハッピーエンドだろう。

そもそもコマなど問題ではなく、インセプションっていうかノーラン監督 (長文&スポイラー) のように「モルが正しい」、つまり劇中の出来事はすべて夢であるという解釈もあります。意地悪な解釈で面白いなとは思うのですけど、腑に落ちない点も多い。先ず、コブが現実だと思っている世界が広すぎる点。夢のルールによると構築できる世界の大きさは街程度で、後はフラクタルを利用しないと広げることができない。夢の有限性を考えるとコブは世界各地に飛び過ぎである*1。また、主要人物のキャラクター性が富みすぎているように感じます。モルのような投影は本来ありえないでしょう。コブの中でモルが自在に動くのは、夢の中で50年一緒に暮らしたから。夢の中の時間ですが長い時を共有したことでコブの心にネガのように焼き付けられた特別な投影である。まさに、コブの心の中に巣食う魔物のような存在。あるいは、コブが心の中に閉じ込めたミノタウロスか。つまり、モル程に時を共有し心を許した存在でなければ自立した投影は生まれないはず。まぁ、彼らがモルに協力している可能性もあるかもしれませんけども。

結局、ディカプリオは現実に戻れたの? 『インセプション』の感想&考察まとめ - はてなブックマークニュース とネタバレ全開の記事タイトルになっているはてブニュースに紹介されている  クリストファー・ノーラン“インセプション” - three million cheers. において指摘されるように、コブは夢かどうかを確認するためにコマを回したが、コマの停止を確認すること無く子どものもとに向かっているので、夢か現実かは本質的な問題ではないってのはその通りかなと。個人的には、アリアドネという名の暗喩からも、モルというコブの中の怪物を倒して現実に戻ってきていて欲しいですね。

インセプションされたのは何か?

色々な解釈が可能なのがインセプションの魅力ですが、解釈を求めることこそがノーマンが観客に「インセプション」したものではないでしょうか。ノーマンが観客に施した「インセプション」の過程は、映画内における「植え付け」作戦の階層に一致している。先ず冒頭部分である第一階層では、夢に関する説明をしないことで、見ているシーンが夢なのか現実なのかを混乱させる。第二階層で夢のルールを説明しトーテムであるコマを意識させ、夢と現実の違いを認識させる。第三階層である「植え付け」作戦で夢の実践を見せる。さらに、ラストシーンが第四階層で、再度夢と現実を混乱させ、コマの映像でインセプション完了。『インセプション』の音楽に「植えつけられた」秘密 で語られるように、音楽から考察するにスタッフロールは「キック」に当たるだろう。つまり、解釈を求めることが「インセプション」。果たして観客が自分なりに考えた解釈=アイデアは本当に自分で考え出したものなのか?誰かに「インセプション」されたものではないのか?それが冒頭のアイデアこそが最強のパラサイトだなる説明につながるのかなと。ちょっとこじつけっぽいですけどね。

荘子の「胡蝶の夢」ではないですが、現実と夢の境は曖昧なもので、最終的には自分で選択するしか無い。つまり、ラストは自分で選択しろ、ひいては現実に帰れってのがノーマンが観客にインセプションしたかった事じゃないかな。

*1:夢のシーンを飛ばしているとも解釈できるが・・・