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「若者の○○離れ」って結局は「個」への分散化でしょ

「若者の○○離れ」を語る時に考慮しなければならないこと - 空気を読まない中杜カズサ にて一年ほど前に書いた 「若者の○○離れ」ってもうやめませんか - 最終防衛ライン2 が関連としてリンクされていた。実にいろんなものから離れているのだが、日刊スレッドガイド : 若者の○○離れのガイドライン にも多くの「若者の○○離れ」が紹介されている。

実に色々な「若者の○○離れ」があるが、データを実際のデータを見ると以下の場合に分かれる。

  1. 若者を中心に人気がなくなったもの
  2. 少子化などで若者の絶対数が減ったもの
  3. 若者だけでなく、全年齢的に人気がなくなったもの
  4. とりあえず、若者の○○離れにしておけば言い訳にになるもの

1. の若者を中心に人気がなくなったものが本当の意味での若者離れで、多くはライフスタイルの変化に伴なうことがほとんどで、新聞などはまさにそうだろう。結婚できないし、子どもも簡単には産めないから車離れが起きやすいなど。2. の少子化の影響で若者の数が減り、全体における若者の割合が減ったものや、3. のように全年齢的に人気が無くなっているのに若者だけをピックアップする場合もある。特に3. はアルコール離れとか、車離れに見られる。また、最近はデータとかないけど、とりあえず「若者の○○離れ」って言っとけばいいやという場合もある。これは正直ひどい。

1961年(昭和36)の流行語として「巨人・大鵬・玉子焼き」と子どもの好きなものを並べた言葉があります。昔は、テレビで観戦出来るスポーツといえば、野球と相撲とプロレスくらいしか無かったので、みんなでそれらを楽しんだわけですが、今は、野球や相撲意外にもサッカーやゴルフにフィギアスケートとテレビで放送するスポーツ番組は多種多様です。食べ物にしたって多彩です。いわんや娯楽をや。例えば、皆が知ってる、歌える歌って殆どない。皆が見てる番組もしかり。ライフスタイルの変化もあるだろうけど、多くの若者の○○離れの多くは理由は多様化で人が分散してるからじゃないでしょうか。流行の先端を担う若者の興味が分散してるから、「みんな」が知ってるものが生まれない。もちろん、「みんな」を惹きつけるだけの魅力を持った娯楽を生み出す力がないってのもあるのでしょうが。その中でも、ポニョの人気っぷりを見ていると、ジブリアニメは割合「みんな」が知ってる娯楽なんじゃないかなって感じます。

などということを、ニコマスは本当に衰退しているのか - 未来私考ファウスト編集長の太田克史が「空の境界 限定愛蔵版」に関する以下のつぶやき

「コスト? 何それ日本語!? 俺は俺の作るべきものを作るぜっ!」で僕が突っ走った結果、結局、講談社はこの『空の境界 限定愛蔵版』で5000万円近い売上げがあったにもかかわらず、帳簿上では20万円しか利益が出ていないのであった(苦笑)。これはきみとぼくだけの秘密だぜ!

を読んで考えふけりました。以前は「みんな」だったものが、今は「きみとぼく」という擬似的な個と個の関係になっている。個と個の方が特別だと感じられる。若者の数が減ったのならば、「みんな」から少しづつ利益を得るよりも、「個」の単価を上げた方が良いし、そうしなければ企業はやっていけないだろう。その辺を見ずに、あるいは旧来のやり方を変えずにとりあえず「若者の○○離れ」と叫んでいるのを見るのは非常に残念だなと。