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やらせをするのは技術力がない証拠

やらせをブログで告発

buzztter で「大家族」がバズワードになっていたので、何事かと思ったら、信子かあさんの大家族日記 ≫ 演出は、初めから決まっていたんだね が RT されまくっていたみたい。このブログ主である信子かあさんは熊本に住む、息子さんが7人、娘さんが3人もいる大家族。テレビのちょっとしたコーナーや、地元のくまもと県民テレビにはちょくちょく出ているけれども、一つの大家族にスポットを当てたドキュメンタリー風番組はお断りしているらしい。何でも、一度オファーして取材を受けてみたものの、ディレクターがああしろ、こうしろと普段やらないようなことまで求めてきた苦痛だったからお断りしたのだとか。
そんな経験もあり、所謂スペシャル番組はお断りしていたのだが、中国雑技団の16歳の一人っ子の女の子をホームステイを受け入れてもらって、その生活を密着取材させて欲しいと。何度か留学生を受け入れたこともあり、面白そうだったのでOKしてみたようだ。取材が始まってみると、以前密着取材を受けたようなディレクターからの指図も無く、雑技団の女の子とも初日から打ち解けられて楽しい日々を過ごした。楽しい日々はあっという間で、一ヶ月のホームステイの期間が過ぎ、互いに別れを惜しみながら女の子は中国へ帰っていった。
さてさて、取材が終わって掃除をしてみるとスタッフが忘れた台本が。その中には、すでに決められた内容が書かれていた。当然あらかじめ決められたことで、事実とは異なる。まぁ、台本だからこれがこのまま放送されるわけないよねと思っていたら、実際に放送されたのは自分達が経験したこととは全く異なる物語。雑技団の女の子はなぜか、家族と打ち解けられないみたいな内容。困惑する子ども達。しかし、学校の友達の見た感想は「感動した」というものだった。

ディレクターからの直接の指示はなかったものの、結局はあらかじめ決まった台本の通りに編集され、演出された物語が出来上がっていたと。色々指図するディレクターよりは腕が立つのかもしれませんが、取材を受けた側としては結局は同じこと。そういえば、漫画家の唐沢なをきが、NHKマンガノゲンバの取材を受けたけれども、ディレクターが色々指図するので途中で断った旨が からまんブログ:『マンガノゲンバ』の件 にて書かれていました。信子かあさんの件も、唐沢なをきの件もテレビ局の行き過ぎた演出、いわゆる「やらせ」があったことをブログで告発していて似たような事案だと思います。テレビだけでなくでも、新聞や雑誌で取材を受けた人々が自分の意図した発言とは違うなどとブログで告発できる時代です。なのに、既存のマスメディアはそれをやめない。唐沢なをきの件は結局、からまんブログ:『マンガノゲンバ』スタッフの人が謝罪に来ることになりました で語られたようにNHK側が謝罪したようですが、信子かあさんの件はどうなるのでしょうか。

やらせは何故おきるのか

やらせは何故起こるのかは、その方が演出の都合上良いから。その方が面白くなると、やらせを行う側が考えているからだろう。普通に取材したって、必ずしも何かが起こるわけではない。例えばオリンピック選手の取材をやる場合、お金があるなら選手全員を取材して、優勝した人、負けたけれどもドラマのあった人のドキュメンタリーを作ればいい。あるいは、自然物ならば時間さえかかれば面白い画が撮れるだろう。しかし、そんなお金も時間ない。だから、やらせが発生する。
ただ、昨今のブログなどで告発されるやらせは程度が低いと思う。取材を銘打っておきながら、あらかじめ台本が決まっている。編集のやり方が決まっているので撮る画も決まっている。腕の立たないディレクターならば、取材される人にあれこれ指図するだろうが、これは人によっては不快に感じるだろう。これは唐沢なをきの取材をした人。上手いディレクターなら直接指示はしないけれども、誘導したりする。こちらは、大家族である信子かあさんの方。取材を受けた側は取材中不快にならないが、出来上がったものを見たときにびっくりするだろう。
台本が既に出来上がっているのは、普通にカメラを回して撮った画を編集できる技術がないからだろう。現場で自分で考えて画を撮れない。素のままの画を編集する技術もないし、狙った画が撮れなかった事が発覚しても、編集で繕う技術もない。だから、あらかじめどのように演出するか決め、それに伴い編集方法が決められ、必要な画が撮られる。でもそれはドラマの作り方であった、取材のやり方ではない。もちろん、ある程度の大枠は決めるだろうが、初めに演出ありきは取材ではない。技術も度胸もないので、わざわざリスクを追って決められた台本以外の画を撮りたくもないし、撮れない。撮っても編集できない。マスメディアを預かるものとしてどうなのかな。