6. 現代に息づく紋章 エンブレム

紋章は何だか小難しくて、王族や貴族だけが所有する我々の生活にはなんら関係の無いものに感じられるかもしれませんが、周りを見渡してみると紋章が元になったものが数多く存在します。また、紋章院に掛け合えば自分で作ることも可能。ただし、それなりの経済力や、できれば爵位が欲しいところ。また、日本には紋章院がないのでそもそも紋章を作っても申請できないという・・・。
紋章院に掛け合って紋章を取得したのがシェイクスピアシェイクスピアの父が紋章を取得するため紋章院に嘆願を出していたが、一家の財政が傾きご破算に。シェイクスピア自身もジェントルマンの地位が欲しかったので、再度紋章院に申請することで、シシェイクスピア家の紋章 を得ることが出来た。「Shakespeare」と「spear」をかけて、槍を描いているのは面白いですね。
シェイクスピアの紋章学 によるとシェイクスピアはかなりの紋章通であったらしく、作中にも紋章用語を用いるほどだったそうです。

紋章がそのまま使われているのはワインのラベル。歴史のあるシャトーの場合、シャトーが有する、あるいはシャトーの持ち主の紋章が描かれます。例えば、ドイツワインである シュロス・シェンボルン はシェンボルン伯爵家が1349年から始めた醸造所なのでシェンボルン伯爵家の紋章が描かれます。エニーラ ブルガリアワインですが、同じくドイツの伯爵であるナイペルグ伯爵のワインなので、ナイペルグ伯爵家の紋章が描かれます。
フランスの古いシャトーのワインにも紋章が描かれます。ボルドー地方のシャトーである、ミッシェル・リンチ にはアザミの花が描かれた紋章が、シャトー・ムートン・ロートシルト には mouton を意味する羊がサポータとなっています。ロートシルトとはロスチャイルドのドイツ語読みで、ロスチャイルド一族が共同で作った ラフィット×ムートン、ロスチャイルド家夢のシャンパーニュ には ロスチャイルド家の紋章 が描かれました。

自動車メーカーのエンブレム

プジョーのエンブレムはブルグント伯の紋章を参考にしているのではないかと紹介しましたが、プジョー以外にも紋章を参考にしたエンブレムを用いている自動車メーカーがあります。例えば、円に十字で4分割され水色と白に塗り分けられたBMWのエンブレム。円と十字はBMWが航空機のエンジンメーカーであったことから飛行機のプロペラを意味しますが、配色は本社のあるバイエルン州旗にちなみます。バイエルン州旗はバイエルン王国の国旗が元で、バイエルンを治めた ヴィッテルスバッハ家の紋章 に用いられています。BMWが「Bayerische Motoren Werke」とバイエルンのエンジン工場という意味なので、エンブレムがバイエルンにかかかわりが深いのも納得。プジョーがフランシュ・コンテ地方のシンボルであるライオンを用いたのと同じでしょう。

フェラーリとポルシェの跳ね馬

フェラーリとポルシャは共に跳ね馬がエンブレムとして使用されています。フェラーリの跳ね馬は、第一次世界大戦時におけるイタリアのエースパイロットであった、フランチェスコ・バラッカ のパーソナルマークが元。ポルシェの跳ね馬は シュトゥットガルト の紋章が元です。
ポルシェとフェラーリなぜ同じ跳ね馬がエンブレムに使われているでしょうか!? で紹介されるように、「フランチェスコ・バラッカが敵であるドイツ空軍のパイロットがつけていたシュトゥットガルの市章を撃墜マークにした」とする説が有名ですが、残念ながら誤りらしい。確かに、ドイツ空軍がシュトゥットガルトの市章を使った理由が分かりませんし、フランチェスコ・バラッカが撃墜したのは主に偵察機で、偵察機にエンブレムが付いているのはおかしな話。フランチェスコ・バラッカのパーソナルマークの由来も諸説ありますが、バラッカが所属していた Piemonte Reale龍騎兵連隊のエンブレム が元であるというのがもっともらしいのではないでしょうか。(参考:真っ赤なスカーフ:・MONOMONO・:So-netブログ のコメント欄。Capitano さんの 2007-08-02 01:31 付けコメント)。
フェラーリの跳ね馬の由来には謎が多い。バラッカがイタリア空軍第91飛行隊に所属した際に、彼のパーソナルマークが部隊のエンブレムとして使われ、エンツォ・フェラーリの兄がその部隊に所属した縁でバラッカの父、あるいは母から使用の許可を得たとする説。あるいはエンツォがバラッカ夫妻から譲り受けた説。前者は、軍のエンブエムを母親だからといって勝手に使用許可を出すことは出来ないでしょう。そのため、エンツォの創作ではないかと言われていますが、エンツォがバラッカ夫妻から譲り受けた説の真偽も怪しいもです。説は不明ですが、どの逸話にもバラッカが絡んでくることから、エンツォがバラッカのパーソナルマークを元にフェラーリのエンブレムにしたのは間違いないでしょう。
ちなみに、ランボルギーニのエンブレムは猛牛。紋章由来ではありませんが、創設者のフェルッチオ・ランボルギーニの星座が牡牛座だったから説が有力です。また、農耕用のトラクターを製造していたので農耕用の馬よりも力強い猛牛にあやかったという説や、フェラーリの跳ね馬のエンブレムに対抗したという説があります。

ポルシェのエンブレムの中央に描かれるのは、シュトゥットガルト市の紋章。本社がシュトゥットガルトにあるからで、先のBMWと同じ理屈でしょう。シュトゥットガルトの紋章に跳ね馬が用いられるのは、その名に由来します。"Stuttgart"は古いドイツ語で"stuotgarten"。"stuot"は馬で、"garten"は庭で馬の庭という意味になります。また、跳ね馬のバックはシュトゥットガルトのある バーデン=ヴュルテンベルク州 にあった ヴュルテンベルク王国 の紋章です。畑のような図案は鹿の角、赤と黒のラインはヴュルテンベルク王国旗に由来します。

ミラノのアルファロメオ

アルファ・ロメオも本社のあるミラノをゆかりとするエンブレムです。左の赤十字ミラノ市の紋章、左の子どもを飲みこむ蛇はミラノ公であった ヴィスコンティ家 の紋章です。
赤十字は十字軍遠征の際にイスラエルの城に十字架を立てたミラノの英雄ジョバンニ・ダ・ローに由来するとか、セント・ジョージ・クロスであるなどとされますが、少なくとも11世紀ごろに同市に自治都市が形成された際にシンボルとして用いられていたようです。子どもを飲みこむ蛇は、ヴィスコンティ家のウンベルトが森の中で蛇に食べられそうになっていた子どもを助けたことに由来する説と、ミラノ公・ヴィスコンティ家が十字軍遠征の際にサラセン人(イスラム教徒を指す言葉)を討ったこと由来する説があります。ミラノには人を飲み込む竜の話があるので、どちらにせよヴィスコンティ家が箔をつけるためにこの逸話を利用したのではないでしょうか。個人的には、子どものを飲み込む蛇の逸話があり、それがセラセン人に代わったのではないかと考えています。セラセン人が由来ならば、「蛇」がどこから来たか不明瞭ですから。
アルファロメオに使われるミラノ赤十字は、サッカーチームであるACミランも使用しています。ACミラン のエンブレムは左側は4分割され悪魔の異名を持つチームカラーである赤と黒が交互に並び、その右にミラノ市の紋章が配されています。ヨーロッパのサッカークラブチームは都市と密着している。また歴史的背景から都市と紋章も非常にかかわりが深い。そのため、多くのクラブチームがその都市に由来する紋章を元にエンブレムを作っている。次の項ではサッカークラブのエンブレムを簡単に紹介したい。

サッカークラブのエンブレム

サッカーエンブレムについては上記が詳しいそうです(読んでない)。
ACミランの他に、本拠地の市章を元にしたサッカークラブは多いです。ドイツのサッカークラブである、バイエルン・ミュンヘン は白と水色のひし形からなりますが、これは先のBMWと同じくバイエルンの市章が元です。

パルマに本拠地を置く パルマFC のエンブレムは左が白地に黒十字で、右はチームカラーである青と黄色のストライプで、パルマの市章が元。パルマ の市章は青地に黄色十字。パルマFCのホームユニフォームは白地に黒十字、アウェイが黄地に青十字と、エンブレムを再現したものになっています。その他イタリアのチームでは、トリノに本拠地を置く ユヴェントス のエンブレムには牛が描かれますが、これは トリノ の紋章。トリノの語源が「タウリーニ(牛の人々)」あることから牛が紋章になっているようです。

バルサの愛称で知られる、FCバルセロナ のエンブレムの上部は、バルセロナ の市章が元です。白地に赤十字はセント・ジョージ・クロスです(参考:「ヨーロッパの歴史風景(先史・古代)」西暦303年、セント・ジョージ(聖ジョージ)がニコメディアで処刑された。)。8世紀にイスラム教徒に征服されたスペインでは、ドラゴンスレイヤーである聖ゲオルギウス、つまりセント・ジョージに対する崇拝が強い。黄色時に赤い縦線4本はアラゴン王ウルヘル家の紋章。ウルヘル家の祖先が戦いで傷を負った際に金の盾の上に指で血の線を書いたという伝承に由来します。バルセロナに使用されるのは、アラゴン王国 の君主がバルセロナ伯も兼ねたことから。FCバルセロナのエンブレムの下部は、チームカラーである青とえんじによるものです。

また、紋章そのものが使われていなくても配色を市の紋章などから拝借している場合もあります。例えば、フランスのオランピック・ドゥ・マルセイユは白丸に青いMをあしらったエンブレムですが、青と白は マルセイユ の市章である白地に青十字から来ています。この白地に青十字はギリシャの国旗である青地に白十字を逆にしたものです。

ナショナルチームと日本のサッカークラブ

ナショナルチームのエンブレムが国章を元に作られた国も多いです。先に紹介したイングランド代表も、イングランドの紋章を元にしたものです。スコットランド代表 はそのままスコットランドの国章を用いています。ロシア代表 は国章である双頭の鷲を意匠化したものになっています。ちなみに、紋章由来ではないですが、日本サッカー協会 は三本足の烏である八咫烏がシンボルとなっています。
日本のサッカークラブのエンブレムはヨーロッパのクラブチームを参考にしたのか、紋章っぽいものが多いです。しかし、紋章の伝統が無かったせいかヨーロッパの見よう見まねになっておりちょっとチグハグな感じ。下記に一部のリンクをはっておきますが、市のシンボルを利用するなどの工夫を凝らして欲しいなと。

7. 終わりに変えて日本の紋章と家紋