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4. 紋章の図柄

長々と紋章のルールについて述べてきましたが、ようやく本題です。以降からは、紋章でよく見られる図柄や有名な紋章の紹介に、紋章が元となっている企業のエンブレムなどを解説していきます。先ずは、よく使われるライオン、百合、鷲について解説していきます

人気のライオン

ライオンは古くから強さのシンボルであり、紋章が成立する以前から王権の象徴でした。かつてライオンはアフリカのサバンナから、地中海沿岸、インドにまで広く生息しており、そのため世界的に強さの象徴として用いられてきました。例えば古代エジプトスフィンクスはライオンの体と人の頭を有する神聖な存在です。キリストや仏陀もライオンが象徴です。インドのヒンドゥー教においては、ヴィシュヌ神の化身の一つであるナラシンハが半人半獅子。シンハはヒンドゥー後でライオンを意味しますが、元となったサンスクリット語ではシンガ。シンガポールとはサンスクリット語でライオンの街であり、シンガポールの象徴といえばマーライオンです。ちなみに、シヴァ神もシャルベーシャ(有翼の獅子)の異名を持ちます。ライオンが生息していない中国や日本も、インドから獅子として伝わっており、神域を守る狛犬もライオンが元です。沖縄のシーサーも同じ源流でしょう。獅子舞も起源は定かではありませんが、インドに由来するのでしょう。
イスラム圏でもやはり王の象徴であり、イランの国旗 にあるようにアフシャール朝からガージャール朝まで国旗にライオンが描かれています。ヨーロッパでもライオンは王の象徴であり、多くの王がしるしとして用いていきました。もちろんそれは紋章でも例外ではありません。先に紹介した、イギリス国王もライオンを象徴としています。

ライオンは大変な人気なので、ライオンの姿勢や顔の向きを変えることで数を増やしています。例えば、先のイングランドのライオンは、「lion passant guardant」と呼ばれ歩き姿で正面を向いたライオン。スコットランドのライオンは、「lion rampant」で後ろ足で立ったライオンです。四足で立った場合は「Statant」、後ろ足だけで立ったものを「Salient」、狛犬のように据わった状態は「Sejant」、スフィンクスのように寝そべっていると「Couchant」と呼びます。ライオンの頭が正面を向いていれば「guardant」、後ろ向きなら「regardant」、また尻尾の形の呼称まで細かく取り決められており、ライオンの人気の高さがうかがい知れます。
特に、後ろ足で立つライオンである「lion rampant」は特に人気が高く、スコットランドをはじめ、オランダやスペイン、ハプスブルグ家やルクセンブルク大公国の紋章にも使用されています。ユダのライオンとしてユダ族のエンブレムにも使用されています。

おまけ プジョーのライオンの起源を探る

後ろ足で立ったライオンといえば、自動車メーカーであるプジョーのエンブレムです。プジョー発祥の地はフランシュ・コンテ地方で、当地を治めていたブルグント伯の紋章も後ろ足で立った「lion rampant」で、口から舌が出ているのが特徴です。プジョーのエンブエムも後ろ足で立ったライオンで舌が出ているので、恐らく現在のプジョーのエンブレムはブルグント伯の紋章が基だと考えれれます。ただし、あごか?舌か?・・・プジョーライオンロゴのルーツを探れ! でそのエンブレムの変遷を見ると、1850年〜1932年は四足で立ったライオンで、1932年にライオンの横顔、1939年に左向きのライオン、1980年に現在のエンブレムになっています。
プジョーのエンブレムはベルフォールのライオンとも呼ばれます。ベルフォールはフランシュ・コンテ地方の都市で、普仏戦争プロイセン支配に、 最後まで抵抗した町でもあります。ベルフォールのライオン とは、自由の女神の作者であるフレデリク・バルトルディが、ベルフォールの勇気ある行動を吠えるライオンの姿として具現化した巨大獅子の彫刻のこと。ただし、普仏戦争は1870年で、プジョーのエンブレムが定まった後…。
調べてみると、プジョーは創設時はペッパーミルやコーヒーミルを作る会社で、ミルの頑丈な刃を ライオンの歯 にあやかったようです。それが、プジョー・ライオンPeugeot Fans Club, Peugeot Logo - The Lion and Its History で見られる矢の上に四足で立ったライオン。その後、1927年の岩の上に立ったライオンはまさにベルフォールのライオンを元にリデザインされたものでしょう。また、フランシュ・コンテ地方のシンボルがライオンであることを元にデザインされ、最終的にブルグント伯の紋章を参考にしたのが現在のプジョー・ライオンということでしょう。

フラダリといえばフランス

フランス語で「fleur-de-lis」で読みは「フルール・ド・リス」。英語読みすると「フラ・ダ・リ」。
アイリス(あやめ)の花、あるいは百合の花を模したものだとされます。フラダリはメソポタミアにエジプトやインドネシアなど世界中で見られることから起源は非常に古いと考えられます。その形から三叉矛であるトライデントや、矢じりが元であるという説や、ハトあるいはカエルを模しているのだという珍説もあります。起源が古く、オリジナルがどこで作られたのか明らかではないため本当は何を模したものかは不明です。ただし、キリスト教圏では受胎告知における大天使ガブリエルの象徴とされ、聖母マリアとも関連するので「百合」として見られることが多く、また古くからライオンと同様に王権の象徴でもありました。

フラダリはフランス王権の紋章として利用されてきました。伝説では493年、メロヴィング朝のクロヴィス1世がキリスト教に改宗した際に印として利用したのが始まりだと言われていますがまぁ眉唾でしょう。ただ少なくとも1376年以前のフランスの紋章が青地に金色のフラダリが敷き詰められたものだったことは明らかで、先の聖母マリアとの関係からもキリスト教徒であるフランス王の象徴としてフラダリが使われていたのは確かなのでしょう。シャルル5世の頃散りばめられたフラダリから3つのフラダリの紋章に変更。その後、ルイ9世の頃に3つのフラダリは信頼、知恵、騎士道精神を意味するものとされ、三位一体を象徴するものへとなっていきました。フラダリが敷き詰められた紋章は「France Ancient」(古フランス)、3つの紋章は「France Modern」(近代フランス)と呼ばれています。
フランス以外では、三度目になりますがスコットランドにもフラダリが用いられています。これはイングランドと敵対していたことからイングランドの敵であるフランスと同盟関係を結んだことから。イタリアのフィレンツェの紋章もフラダリです。フィレンツェのフラダリは葉っぱが描かれえているのが特長です。フィレンツェの語源は花の女神フローラの町という意味なので、フラダリが使われるのも納得。

百年戦争と百合

フラダリといえばフランス王国なのですが、1340年のイングランド王の紋章 をみるとイングランドのスリーライオンとフランスのフラダリがマーシャリングされています。これはどういうことでしょうか。これは1328年にエドワード3世がフランスの王位継承権を主張したことに始まります。所謂100年戦争の始まりで、フランスはイングランド王の領土なんだから紋章にも描いちゃうよと。紋章に取り込むことで王権や領有権を主張しているわけです。結局100年戦争でイングランドはフランスの領土を失ってしまいますが、フランスが三つのフラダリである「France Modern」に変更してからも、イングランドは「France Modern」をマーシャリングし続け、それは、1811年にジョージ3世がフランス王位に対する正式な要求をあきらめるまで続きました。

さて、このスリーライオンとフラダリがマーシャリングされた紋章は、100年戦争を舞台にした漫画である「純潔のマリア」にも出てきます。「純潔のマリア」はもやしもんで知られる石川雅之good!アフタヌーンで連載している漫画ですが、漫画を描く際にきっちりと下調べする人だけあって、紋章に関してもしっかりと描かれています。

イーグルといえば帝国

イーグルこと鷲も紋章にしばし利用される具象図形です。鳥の王である鷲は帝国の象徴であります。
古くは紀元前に存在したアケメネス朝からも王の象徴として使用されていました。ローマ帝国の象徴でもあり、218年 〜222年までセウェルス朝で皇帝を務めたヘリオガバルスことマルクス・アウレリウス・アントニウスの硬貨にも描かれています。カール大帝もシンボルとして用いていたようです。その後13世紀ごろに金地に黒鷲が神聖ローマ帝国の紋章となりました。その意匠は ドイツの国章 に受け継がれています。
13世紀に神聖ローマ帝国の紋章となった黒鷲ですが、15世紀には双頭の鷲が用いられるようになります。この双頭の鷲は古くは紀元前6000年のトルコにも存在した象徴で、東西を見渡すという意味があったようです。15世紀といえば既に帝国末期で既に東西の支配権を失った頃で、双頭の鷲にはローマ帝国復権の願いが込められていたのかもしれません。
鷲はローマ帝国の象徴なので、帝国にかかわりの深い家系は鷲を使用することが多い。逆に反帝国は鷲を使いません。そして反帝国の王権の象徴としてライオンが使われた側面もあるようです。そのような背景もありライオンが人気なのかもしれません。
ローマ帝国にかかわりのあるとされる家系といえばユリウスを一門を自称したハプスブルク家。ユリウス一門は皇帝の語源にもなったカエサルを輩出した家系。中世では皇帝位を保持していたこともあり、ハプスブルク家の紋章 には双頭の鷲が用いられています。同じくローマ帝国の後継を自称するロシア帝国の国章も双頭の鷲でした。。モスクワ大公国ツァーリであるイヴァン3世が定めたとされます。ロシア帝国を踏襲し、ロシアの国章 は赤地に金の双頭の鷲となっています。ちなみに鷲の中に描かれえいるのは龍殺しとして知られるキリスト教の聖人 ゲオルギウス。モスクワの市章で、モスクワ以外にも、イングランドグルジアなどの守護聖人とされています。ちなみに、イングランドの国旗であるセント・ジョージ・クロスは聖ゲオルギウスの十字という意味です。

フランス皇帝ナポレオンの鷲は右向き

帝国と鷲といえば、ナポレオンが樹立したフランス帝国の皇帝の紋章もやはり鷲。ただし、Napoleon - THE SYMBOLS OF EMPIRE を見れば分かるように、鷲が右を向いています。通常の鷲はというか、紋章に描く際の動物等は左向きに書くのが普通。これはマーシャリングなどにおいて、左が上位であること(西洋は右上位だが、紋章である盾を構えた側としては右)と右利きの人が描きやすいからでしょうか。つまり、右を向いた鷲は異端となります。ナポレオンの鷲が右向きである理由は明らかではありませんが、彼が左利きだったからでしょうか。ナポレオンはローマ法王が定めたとされる左側通行とは逆の右側通行にしたりと既成概念を打ち破るのが好きだったようです。遠征の際に道路を整備したので、地続きのヨーロッパはイギリスを除き右側通行になったとか。
ちなみに、マントには蜂が描かれていますが、これは元々ナポレオンの家系の紋章に使用されていたものだとか。

5. 架空の紋章考察