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FFの転換期を考えてみる。

ゲーム批評なんかでは7がフルボッコだったイメージがありますが、今のFFになった最大のいきさつは、野村氏がキャラクターデザインを手がけた7からではないでしょうか。8はしばしドローシステムが叩かれますが、システムを知るとゲーム性も高く、またゲームストーリーの根幹とも関わっており、よくよく知ると大変意欲的で面白いシステムです。

最初の転換期は4 (1991)

別のおっさん 2008/08/18 00:08
「ストーリー再生装置におちいった」という感覚が強いので4かなあ
(5、6はプレイせず、7〜9まで復帰、あとはなし)
4〜6が好きそうな連中が「7より後がダメという感覚」に近いと思う

4あたりを楽しめる感受性は、多分(当時の)ジャンプを面白く読める世代だと思う

「4あたりを楽しめる感受性は、多分(当時の)ジャンプを面白く読める世代だと思う」。この言説はかなり興味深く、非常に的確な一文なのではないかと思う。『FF』の生みの親、坂口博信氏が語る「『ファイナルファンタジー』との20年」ファミ通の浜村さんと現ミストウォーカーでFF生みの親である坂口さん対談で、以下のような件があります。

坂口:『3』のときに、少年ジャンプの鳥嶋さん(鳥嶋和彦氏。元週刊少年ジャンプ編集長で、『ドラゴンボール』などの編集担当も努めた。現集英社取締役)と初めてお会いしたとき、当時の『FF』の何がいけないのか、という話をされました。何でこんなこと言われなきゃいけないんだろうと思ったのですが(笑)、でもそれがひとつのきっかけで、『4』からまた大きく変わりましたね。マンガやアニメの世界で培われてきた表現方法を、スーパーファミコンというハードの性能のおかげで取り込めるようになり、よりキャラクターを立てる演出を使っていくようにしたんです。『4』は逆にキャラを立てすぎて自由度がない、とも言われましたが(苦笑)。そのおかげでハードの進化に合わせて、自分たちの意識も変えていかなくてはという想いが芽生えましたね。

FFは1の頃より、サイドビュー戦闘などグラフィックに力を入れている面があり、そこがドラクエとの違いとなり二大和製RPGと呼ばれるまでに成長できたのではないだろうか。FFシリーズはゲームシステムへの挑戦も意欲的であり、2の経験値もレベルも無い熟練度システムは後のサガシリーズへと継承される。
実験的で荒削りだった二作だったが、3は大変完成度の高いできであり、ファミコン世代のFFファンはFFシリーズで一番面白いと評価する者も多い。ジョブシステムもさることながら、世界観なども評価が高い。シリーズを通して、8,9,10では物語の基盤となる召還魔法も3で誕生する。また、うなずくなどドット絵のキャラクターが演技を行うのも3からである。

4からはSFCと言うこともあり、グラフィック能力が向上し、キャラクターの演技プログラムも向上する。そこへ来て少年ジャンプの鳥嶋さんこと、マシリトのダメ出しである。元々グラフィックに力を入れていただけに、後のFFが映画的な方向へ向かうのもマシリトのダメ出しあってのことかもしれない。その後、FFとジャンプ(というかVジャンプ)はしばらく蜜月の関係を築く。もしかしたら、これが無かったらクロノトリガーは無かったのかなぁ。
FFが4で漫画的、アニメ的手法を手に入れた。そして、そのきっかけがジャンプのマシリトのダメ出しである。と当時のジャンプの影響を受けない筈が無い。ゴルベーザなんてまさに当時のジャンプシステム=倒した敵は改心して主人公の味方に、ですものね。いいですとも!
というわけで、FFは4で一旦転換期を迎えたといっても良いでしょう。
ちなみに、FF4発売の1991年にジャンプ連載されたいた漫画は、ドランゴール、聖闘士星矢など。JOJOは第3部です。

次の転換期は7 (1997)

ストーリー重視だった4の後には、3のジョブシステムをさらに進化させた5が発売される。アビリティシステムによる自由度の高いシステムにより、数々のやりこみプレイがなされ、それは現在でも行われている。その後ドット絵の極みともいえるグラフィックを備えた6が発売される。キャラが無個性だった5のアビリティシステムを引き継いだ4の進化系とも言える作品か。SFC世代は6をFF史上至高とする人が多いように思える。また、6の大きな特徴はこれまで物語の根幹であったクリスタルがなくなった事であろうか。その代わり、パワーソースとして魔石が登場する。6以降、FFはパワーソースを悪用する敵と対峙するという物語へとなっていく。

6でクリスタルが無くなったことは大きな変化だが、4の次に大きな変化を迎えたのはやはりPSで発売された7であろう。PSになったことで、グラフィックはドット絵からポリゴンへと変化した。またキャラクターデザインも天野氏から野村氏へ変った。一応天野氏はイメージイラストとしては参加してますが、6までは世界観を形成するのに一役買っているもの、あくまで7では参考イメージ止まりである。また、ポリゴン化にともない渋谷員子のデフォルメキャラも見られなくなった。イベントシーンにプリレンダムービーを用いるなど、後のゲームに与えた影響も大きい。ビジネス面においても、PS、セガサターンなどの次世代機戦争の最中、FF7がPSで発売されるという発表によりPSの売上が伸び、ユーザーが任天堂からSCEへ移行したと見る向きも多い(実際は、任天堂ロムのロイヤリティとか色々あるのだが)。また、ゲームソフトのコンビニでの発売の確立へも大きな役割を果たした。

さて、FFファンの間では8でFFがダメになり、9で原点回帰したというのが通説なように感じます。FFはいつから崩れ始めたのか|2008-08-16 - EXAPON Becky! も大体そんな論調。
先にも述べましたが、8で槍玉に挙げられるのはドローシステムとリノア。リノアはまぁ痛い子としても、ドローシステムを始め、8の戦闘システムはきちんと知れば面白いシステムである。先ず主人公のレベルが上がると敵のレベルも上がるので、レベルを上げる必要は無い。むしろレベルを上げた方が敵が強くなるので上げない方が良い。魔法のドローに関しても、戦闘でなくてもアイテムを変換した方が効率的である。まぁ、僕はストーリーそっちのけでカードゲームやってましたけど。モンスターをカード化すると経験値が手に入らずレベルも上がらず、カードが手に入り、カードでをアイテム化でアイテムや魔法をゲットと良いこと尽くめなんですよ。
ストーリーに関しても、戦闘システムの根幹である召還獣を装備するジャンクションシステムがストーリーの要となっている。僕はゲームシステムをゲームのストーリーと絡めるゲームが好きなので、8のストーリーは好きだ。
9は原点回帰で、旧作をプレイしているとニヤっとさせされる部分も多い。ストーリーも主人公であるジタンとビビの共に作られたものであるという対比。ジタンとダガーとビビの強大な力をもうという対比が上手く描かれているものの、最後のペプシマンはどうなんですかね。まぁ、最後の敵が唐突過ぎるってのもFFっぽいですけどね。

そして、11、12、13へ (2000年代)

原点回帰でクリスタルが復活した9の後ではPS2で10が発表される。フィールドマップの廃止は残念で、ほぼ一本道ではあるものの、ゲームシステムの一つである召還獣とストーリーとの絡め具合はゲームでしかできない表現ではないかなと思います。その後、オンラインの11が発売される。11はやってません。7から徐々に変化してきたFFですが、完全に変ったのは坂口氏が抜け、音楽も植松氏が関与しなくなった12かなと。7の次の大きな変革は、脱坂口氏の12ではないかなと思います。ゲームシステム的には楽しく遊びました。世界観も決して貧弱と言う訳ではなく、大変濃密なのですが、これまでのFFが世界規模だったのに対し、12は二台国家間と小規模に感じられる点に違和感。なんか、新しいドラえもん見た違和感と言うか。恐らく13も世界観的な何かをこれまでのFFを踏襲しつつも、完全に別ものになるんじゃないかなーと。

まとめ

  • FF1:最後のファンタジー。当初からグラフィック重視であった。
  • FF2:異端の熟練度システム。パーティーの4人目が入れ替わることによるストーリー展開。
  • FF3:ジョブチェンジステム。広大なフィールドと世界観。
  • FF4:最初の大きな転換期。ジャンプの影響が大きいか。
  • FF5:アビリティシステムの完成。
  • FF6:クリスタルとの決別。SFC至高のドット絵。機械と蒸気の世界観。
  • FF7:PSによりポリゴン化。キャラデザに野村氏の起用。2回目の大きな転換期。
  • FF8:酷評されることが多いが、ジャンクションシステムは戦闘的にストーリー的にも練りこまれている
  • FF9:原点回帰でクリスタルの復活。
  • FF10PS2で発売。一本道。召還獣との絡めは面白い。FF12で再評価?
  • FF11:コンシューマ初のオンラインゲーム。
  • FF12:脱坂口氏。主人公が主人公じゃないとも。

3回目の転換期としては、映画FFの失敗→プレイオンラインの縮小が大きく関わっていると思うので、FF10〜12にまたがっているように思う。