悪口言うのは当たり前だけど悪口を残すのは危ない 「学校裏サイト」

学校裏サイト」の9割はスレッド型掲示板のスレッド

産経の記事によると、「学校裏サイト」のほとんどはスレッド型掲示板に掲載された内容であるらしい。つまり、ほとんどがサイトという体をなしていない。「学校裏サイト」にスレッドまで含めたら、全国の中学・高校の総数の2倍以上に膨れ上がって当たり前だろう。産経の記事で「学校裏サイト」として紹介されたスクリーンショット裏2ちゃんねる- 学校裏サイト【2ch2】 だろうし。
学校裏サイト」の利用に関しては、PCかケータイ経由かでも見える世界が異なるので、その点も加味して調査考察して欲しい所である。

ネットに悪口を書き込むのは悪口ノートをつけるよりも陰険だ

学校裏サイトは中傷が半数との調査結果である。調査方法などは別にしても、中傷が書かれるのは当たり前の事だろう。
最近の女子中学生の携帯の使い方 がどこまで一般的なのかは分からない。しかし、コメント欄を見ると「普通」だと言う書き込みも見られるので、当たり前だと思う人も多いだろう。ネットが存在する事が当たり前に育ったなら、ネットで悪口言うのも当たり前なのかもしれない。
ネットがなくても、日常的に悪口は言うものだ。学校なら、いけ好かないクラスメイトの悪口や、先生への文句も言うだろう。会社でも、使えない上司、困った同僚、扱いに困る後輩の悪口を言うだろう。学校や会社以外でも、ご近所で、サークルで、友達間で、親戚間でネガティブな話題は尽きない。人間関係が無くなれば、人間の悩みのほとんどは無くなるといわれるほどだ。しかし、人は関係性の仲で生活する生き物だから、人間関係の悩みが生じない方がおかしいのだけど。
悪口を言うのは確かに悪い事で、「悪口を言ってはいけません」という教育は必要。ただ、「悪口は言ってはいけません」と教育すれば悪口がなくなるわけでもない。人間関係の軋轢が発生するのも仕方が無い。人間関係のガス抜きという意味で悪口も必要で、言えばすっきする面もある。怒りなんて溜め込まない限り持続しないものだ。
悪口を仲間内の中だけで言うのは仕方がない面もあるが、悪口をネットなどに書き込むのは問題だ。ネットに書き込む場合は、先ず悪口を書いた事が残るし、さらに不特定多数が知る所になる。悪口が書かれたサイトや掲示板は、悪口をノートに書き溜めた悪口ノートみたいなものだ。悪口ノートは漫画などなら「陰険だー」というツッコミでネタで済むが、実際に書き溜めていたら本当に陰険でネタではすまない。邪気眼などの黒歴史ノートはネタですみますが。また、悪口ノートの場合は漏らさなければ自分ひとりの問題なんだけど、ネットの場合はそれが誰でも読めるわけで、陰険を超えているかもしれない。

教育の必要性と現行法で対処できる問題

ネットが当たり前の状態で成長した場合、ネットで悪口を言うのは当たり前なのかもしれない。しかし、リアルで悪口を言うのと違ってネットに書き込む場合はそれが残り、公衆の面前であることの意識が足りないように思う。この辺の情報リテラシーに関しては、親や先生など子供と接する機会の多い人による教育が必要なんだろう。ただ、意外と手っ取り早いかもしれないのは「夜に口笛を吹いたら蛇がくる」とか「スイカの種を食べると虫垂炎になる」とか、躾、教育、教訓的な迷信を用いること。躾的迷信をネットに応用すれば結構効果があるのではないかと思う。例えば、「学校裏サイトを利用している友人が消えてしまった」的な内容で、消えた理由は悪口を書き残したからみたいな都市伝説が実しやかに広めれば面白いかもしれない。

悪口言うのは当たり前というスタンスに立てば、中傷や個人情報などはスレッド型掲示板を管理する側の問題。中傷や個人情報などならば現行法でも十分に対応できる。プロフィールサイトの騙りに関しても現行の法律や規約などで対処できるだろう。フィルタリングにしても政府主導よりも、市場原理に任せた方が対応が早いと個人的には思う。ネットは発展途上で、これからもドンドン変化していくだろうから政府では迅速な対応が取れない。また、政府が規制する場合は新たな利権の温床になりかねない。
インターネットに関する政府の認識の「おかしさ」はダウンロード違法化を見ても明らかだしなぁ。

ちなみに、子供の情報リテラシーに関して、「夜に口笛を吹けば蛇が来る」みたいな躾的迷信をネットに応用するという考えはわりと本気。子供ってのは理屈じゃない。理屈じゃないとは言ってもこれは大人の理屈であって、子供には子供なりの理屈がある。その子供の理屈に則った情報リテラシーが必要なんじゃないかなと思う。

追記

はてブコメ読んで、「王様の耳はロバの耳」を完全に失念していたことに気が付いた。悪口も言えば絶対に当人伝わらないとも限らない訳で。