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オリジナルな部分が無いから「影響を受けた」ではなく「パクリ」と認定される

気になった点にツッコミ

  • 手塚治虫とディズニーの“パクりあい” について
    • 先ず、手塚治虫ウォルト・ディズニーを尊敬していたことと、ディズニー絵本の模写を頻繁に行っていた事を挙げておきたい。
    • 1949年に発表された漫画「メトロポリス」に登場するネズミの怪物「ミキマウス・ウォルトディズニーニ」はパロディである。ミキマウスの方が面白いのは確かだが、ミキマウスでなくても話は成り立つ。
    • 一方、「ライオンキング」は「ジャングル大帝」、「アトランティス」は「ナディア」のパクリ疑惑がある。
    • 「ライオンキング」に関しては、話の根幹が似ているか否かという問題でありパロディの問題ではない。
    • よって、パロディの「メトロポリスのミキマウス」とストーリーの相違が問題視された「ライオンキング」を同列に並べるのはおかしい。
    • 「ライオンキング」に関しては、手塚治虫がディズニーのファンだったからということで終結してるけど、こればかりは本人が亡くなっているのでなんともいえない。
    • もちろん、ディズニーが申し出ればメトロポリスは絶版にできるだろう。そして、絶版にされれば文化的損失である。
  • トレースは漫画の技巧問題
    • NBAの写真をトレースしたスラムダンクと、そのスラムダンクをトレースしたエデンの花
    • スラムダンクNBA写真トレースに関しては、著作権的にはアウトっぽいが、模写ではないか。
    • 構図を無から考える事はできないので、写真を模写する事は多い
    • エデンの花に限らず、漫画からトレースした漫画も多い。元絵と重ねるとほぼ重なる場合もある。
    • また、エデンの花はコマ割までスラムダンクとそっくりだ。
    • 写真→漫画へは、漫画化変換の工程が必要だが、漫画→漫画の場合はその必要が無い。
    • スラムダンクNBAの写真をトレースしているが、バスケのスピード感を漫画のコマ割で表現した作品。
    • スラムダンクのコマ割などをパクっている、エデンの花が問題視されるのは当然ではないか。
    • 故に、NBAの写真をトレースしたスラムダンクと、そのスラムダンクをトレースしたエデンの花を並べるのもおかしい。
    • 人間は無から創出できないし、模倣から新たな文化が生まれると僕は思っているけど、この例示はおかしい。

人間は全くのオリジナルなど作れず、過去に影響を受けた作品からしか新たな作品を創出できないという竹熊氏の主張は全くその通り。ただ、過去に影響を受けた作品を下地にして自身のオリジナル部分を作らなければ新しい作品として認められない。
ある文化を他の文化に持ち込む際は、確かに模倣だが変換が必要なので、その変換がオリジナルになるだろう。手塚治虫は漫画のコマ割に映画のカメラワーク的手法を取り入れた。映画のパクリかもしれないが、映画の手法を取り入れようと発想した事と、それを実現した事は手塚のオリジナルだろう。
一方、同文化内でも技術を向上させるために模写する場合も多い。画家は有名な絵を模写して絵を勉強する。日本画も模写された作品が多い。その代表的な例が風神雷神図だろう。原画は俵屋宗達の屏風画であり、国宝。代表的な模写は尾形光琳の屏風画は重文として残されている。

先の、メトロポリスの場合はミキマウスがいなくてもオリジナルの話だし、スラムダンクもバスケのスピード感を漫画で表現した事が評価されたのだろう。一方、ライオンキングに関してはライオンだからパクリだと騒がれたのではなく、話の展開が似ているから騒がれたわけだ。どっちもアニメだし。エデンの花にしても、バスケを描写を作者オリジナルではなくスラムダンクから拝借してるからパクリだと騒がれたのだろう。漫画の練習をするために、構図やコマ割を参考にするのは大変ためになるだろう。プロであっても、他人の作品を実験的に参考にする場合もあるだろう。しかし、かなり多くの部分を他人の作品を参考にしたプロにオリジナルがあるといえるだろうか。