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議論における比喩禁止条約

「論客間戦争における、比喩の開発、生産、及び使用並びに拡散の禁止に関する条約」

  1. 議論とは考えの違うもの同士が行うものである。
  2. 比喩は認識が共通するものでしか成り立たない。社会や考えた方が違えば認識も違う。
  3. A→BであるからB→Aは成り立つとは限らない。AがBに似ている。Aで成り立つ事がBでも成り立つとは限らない。
  4. 比喩は共感を増幅させると同時に反感も増幅させる。共感できなければ意味が分からない。
  5. 比喩の妥当性に議論が移行する。本論とは全く関係が無く、言いたいことは伝わらない。
  6. 比喩は言葉の定義になりがち。枝葉での話しに移行し本論から遠ざかる。
  7. 比喩が失敗に終わった場合、比喩の破綻が目に付き本論の検証がおろそかに。
  8. 比喩から比喩を生み出し不毛。

以上のことから、論客間戦争では比喩を持ち出すのを禁止。論争以外から比喩を持ち出すのも禁止。

補足 社会が違う例示

電車でご飯を食べて良いか否かなどをはじめとする電車に関するマナー問題に関するスレッドを定期的に見る。意識が人それぞれなので決着がつく事は無いがそれ以前に各個人の思い描く「電車」がそれぞれ違うので議論になってない。まぁ、議論している訳じゃないんだけど。
一口に「電車」と言っても、通勤電車に、特急電車、新幹線、寝台車、鈍行列車などなど色々なイメージが沸く。ちなみに、僕は長崎出身なので「電車」といえば路面電車を思い浮かべる。地元で「電車で行こう」と言われたら、バスではなく路面電車を利用するのだなと思う。ちなみに、旧国鉄現JRは列車と呼ぶ人は長崎以外も多いのではないでしょうか。
「電車」と言われても人それぞれの「電車」があるので、「電車でご飯を食べるのはマナー違反」とか「電車でゲームする奴何なの?」と言われても、どの「電車」を指しているのか示してくれないと話にならない。「電車」と言われ際に、毎日電車で通勤している人は「通勤電車」を思い浮かべるだろうが、普段電車を使わない人は旅客用の「特急電車」とか「新幹線」を思い浮かべるかもしれない。この両者間で話が通じるわけがない。
通勤に電車を使っている人が「電車でご飯を食べるのはマナー違反」と言う場合は通勤電車などロングシート在来線を指すことが多い。利用する時間帯も混雑する時なのでご飯を食べる人はマナー違反だろう。一方、普段電車に乗らない人が「電車でご飯を食べるのはマナー違反」と言われたら「何で、新幹線でご飯食べたらダメなの?弁当売ってるのに」と話がかみ合わない。在来線でも地域や時間帯によっては食べいても良い雰囲気もあるだろうし、新幹線でも匂いがきつすぎるものは止めたほうが良いだろう。それこそ一概には決められない。
「電車」ですら人それぞれのイメージを持ち議論にならないのだから、インターネットのマナーで比喩なんて使ったら全然だろう。

以下 はてブコメを受けての追記を随時修正中

はてブコメにことわざ、故事成語はどうなのと書かれてますが、これらは意味が辞書にも載っており多くの人が意味を認知しているから使える。孔子や釈迦をはじめとする偉人のたとえ話も、話の意図が何を意味するのか分かっている場合は使える。ただし比喩に転用しやすいので要注意。
また、A rolling stone gathers no moss.(転石苔を生ぜず)のように、本来の英国では忍耐を尊重した意味なのに、米国では活発的に活動しないとダメになるという意味に変った例もあるある。これは「苔」を肯定的に捉える英国と、否定的に捉えた米国の違いにより生じた解釈の違いだろう。
犬も歩けば棒に当るも、棒を幸運か不幸の両者の解釈があり意味がま逆である。また、誤用されまくってる言葉 もあるので注意したい。

比喩は使い方次第だけど、対立者同士が使うのはデメリットの方が多いよという話でだから「論争では」と限定している。

*冒頭をちょっと修正したよ!批准されなきゃ意味がないというネタだよ。そして、やっぱり比喩を使ってる自家中毒だよ!さらに、意図を伝えきれないのは僕のせいだよ。ごめんね!議論で比喩を使わなければいいのになぁという希望。ネタをネタと追記しなきゃいけないこんな世の中じゃ・・・