読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

100年先を見ろとは言わない。せめて、10年少なくとも5年先は見て欲しい。一年先も見ていない。

やる夫でさらっと。さらっと入り口として学ぶには丁度良い。昔は、サルでもわかるニュースなんて番組でニュースの解説を専門にする番組がありましたが最近はあまり見ないですね。ニュース番組でも一応の解説はありますが尺が短いので中々把握できません。むしろ子供向けですが、NHK 週刊こどもニュース の方がしっかり作ってあって分かり易かったり。

道路特定財源関して揮発油の暫定税率に伴う自民と民主のねじれ国会を見ていると、お前ら本当に「我」しか通さないなと。もう全然先を見て政治してないのように見える。今年度の予算を考えてるのに一年先どころか目先の洞爺湖サミット後に行われると思われる解散総選挙にしか見えてないじゃないか。いやまぁ、選挙で議席取らないと政治できないのは分かりますが、やることなすことその場その場の一時しのぎ。まさに姑息。政治家に求められるのは先を見る事。例えば、理工系の基礎研究は100年先を見て行われている。数学なんて500年先を言ってるなんて言われている。にも拘らず、今の日本の政治家は本当に先を見ているのか疑わしい。100年先を見ろとは言わない。10年いや、少なくとも5年先くらいは見据えて発言して欲しい。

100年先を見た地下鉄の父「早川徳次

シャープペンシルを開発しシャープの創業者でもある早川徳次とは違う人。

日本の地下鉄の父と言われる「早川徳次」。彼は鉄道官僚であった。欧州視察でロンドンに訪れた際に地下鉄に出会った。大正時代の東京の通勤時の交通手段は主に路面電車であったが、現在のラッシュ時以上の混雑具合であったという。そんなごった返しの状況が当たり前だった頃、早川はグラスゴーでゆったりと乗車できる地下鉄に衝撃を受け日本でも地下鉄が必要だと考えるようになった。
ちなみに、1863年1月10日にイギリスのメトロポリタン鉄道が世界で最初に開通した地下鉄。当時は蒸気機関車だったため地下鉄の路線は換気性を重視した吹き抜け構造であった。電化されたのは1905年。早川が欧州を訪問したのは1914年なので、当時は既に電化された地下鉄が走っていたものと思われる。

早川は日本に帰り公共事業として地下鉄を推し進めようとしたが、鉄道省東京市は東京は殆どが埋立地であり技術的に不可能であると判断し実現には至らなかった。公共事業を諦めた早川は自ら民営での地下鉄相鉄を目指すが事業資金は中々集まらなかった。早川は自ら交通量調査を行ったり、地下鉄が安全に掘れる地盤を探し当てることで銀行などから資金調達に至ったという。苦労のかいあって東京地下鉄道株式会社を設立、東京市より地下鉄営業の免許を取得し、1927年12月30日に浅草駅−上野駅間に開業した。その後、沿線を延ばすため三越に出資してもらい三越駅まで延長し、最終的に新橋まで延長している。これは、現在の東京地下鉄銀座線の同区間である。この区間がそのまま使われているため、銀座線の車体は他の東京メトロの車体と比べ小さい。また、集電方式も第三軌条方式と他社と異なるため他社路線との直通運転がない。

早川は非常に先見性に飛んでいた。例えば、改行当時は1両編成で運行していたにも拘らず乗客量の増加を見込んで6両分のホームを建設していた。これは、ロンドンの地下鉄が乗客量増加の度に工事を行いホームを延長していたためで、所謂先行投資みたいなものである。また先に述べたように、三越デパートへ直接出入りできる三越駅を建設する代わりに三越側に工事費を出資してもたったり、実現には至らなかったが浜電気鉄道(現・京浜急行電鉄)との乗り入れを視野に入れていた。
しかし、この先見性があだとなり早川は地下鉄から身を引く事となる。早川の地下鉄開業により多数の企業が地下鉄に参入した。その中の一つに五島慶太率いる東京高速鉄道があった。東京高速鉄道は1938年に渋谷駅−虎ノ門駅間に地下鉄を開業。その後新橋駅まで延伸し、早川徳次率いる東京地下鉄道と直通運転を目論むが、早川側が浜電気鉄道(現・京浜急行電鉄)との直通運転を計画していたこと、五島側は3両分のホーム、早川側は6両分のホームを主張し交渉が決裂。この争いは、地下鉄の国営化を狙っていた鉄道省による介入で和解するも、両社は帝都高速度交通営団に譲渡され早川は引退する事となる。五島慶太が延長した新橋駅が、劇場版パトレイバーで登場する所謂幻の新橋駅である。

日本は developed country なのか

100年先を見据えていた早川でさえ、東京の乗客量が地下鉄6両程度では賄いきれないほどに増加するとは予見できなかったわけで先を見るのは難しい。しかし、早川の作った銀座線の浅草駅−新橋間のトンネルは今でも使われている。そして、手入れをきちんと行えば今後100年使えるほどの耐久性だという。
高度経済成長期の頃は道路をバンバン作れば金が回り、流通もよくなり、結果経済が回っていた。しかし発展してしまった現在、勿論田舎にはまだまだ道路が必要な場所もあるが、これからはその作った道路を維持していかなければならない。無計画に道路を作れば国が潤うという状況ではない。これは勿論公共機関や事業に言えること。無闇やたらと公共機関や事業を減らせばいいものではないが、本当に先を考えて作っているのか。年度末に予算が余ってるから的な感覚で、とりあえず予算があるから使うか的なその場しのぎの事業は本当に止めて欲しい。政治家には先を見る事が求められている。100年先を見ろとは言わない。早川程の先見性を持てとは言わない。せめて10年、少なくとも5年先は見て欲しい。今の政治家の発言を見るととてもじゃないが1年先も見ている、あるいは見えているとは考えがたい。