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英語論文と日本語論文のジレンマ

かつては、アメリカの魚類学者は日本の魚類学の成果を読みたくて仕方がなく翻訳していたという話。英語で論文を書かないと誰にも読まれない風潮がありますが、本当にスゴイ論文は翻訳されてでも読まれるという一例。
そんなの昔の話だろと思っていたら、エントリは垂直磁気記録方式の話へと続く。何でも、垂直磁気記録方式は30年前位に発見され2004年に製品化されるまで日本の独走状態だったらしい。その理由は論文の殆どが日本語で書かれていたため欧米の研究者に知られなかったからという。近年でも似たような話があるのですね。
さて、エントリの最後に京大の山中教授によるヒトの胚を利用しない幹細胞であるiPS細胞で締められる。iPS細胞の論文は2006年に 荒木飛呂彦先生のイラストが、米生物学誌「Cell(セル)」の表紙に!! とオタク界隈でも有名でもちろん生物学でも有名な Cell にて掲載された。有名学術誌に掲載されたので、山中教授の名前は世界中にとどろきましたがその代わり、iPS細胞の研究については欧米の方が日本よりも先に行ってしまった。京都大、iPS細胞研究センターを設置 など日本にしては軽いフットワークを見せていますが、ちょっと遅いかなという印象。
英語論文を書くことで名が知られた反面、研究成果を先に行かれる危険もある。だからといって、幹細胞の研究を日本語で書き国内で独自に進めるのも危うい面がある。幹細胞は韓国の黄教授による捏造に見られるように医学、生物で非常にホットな分野である。日本語でも書いても世界的には読まれない。英語で論文を書かなかったばっかりに、他国の研究者がiPS細胞の作成法を見つけて主要学術雑誌を押さえてしまう危険性もある。英語で書いて世界に知らしめるか、日本語で書いて国内で独自に進めるかはどちらも一長一短である。

査読でアイデアを盗まれる

学術雑誌に投稿し、論文が雑誌に掲載されるまでには査読という審査が行われる。査読では投稿された論文が、学術的に正しいか、その雑誌にと達するレベルであるか審査される。査読者の多くは、論文著者と同じ研究分野の中から選ばれる。著者には誰が査読したのか分からないようになっており、査読者は匿名性が保たれていることが多い。査読により、研究成果が客観的に評価されるのだが、若干の問題もある。その一つが査読者が個人的な理由で論文の出版の可否をコントロールできてしまう点。気に食わない相手の論文ならば、難癖をつけることも可能。逆に、自身の派閥の論文が回ってきたらほとんど名前パスの場合も。その一つの結果が、ベル研のシェーンによる論文捏造。ベル研自体の審査も問題があるが、NatureやScienceなどの査読がうまく機能しなかったことによる、史上最大の論文捏造であった。

さて、査読のもう一つの問題が査読者にアイデアを盗用されるというもの。査読者は速報性のある論文をいち早く読める立場にある。さらに、その論文の出版時期をコントロールできる立場にもある。そして、多くの場合査読者は論文の著者と同じ研究分野、つまりライバルである。流石に、論文を読むだけ読み、アイデアだけ盗んで不採用にしたというあからさまな事例はあまり聞いたことが無いが、査読中に同じ実験を開始し、論文が出版されていた頃には査読者が、さらに新しい研究を進めていたというのは良くある話。その一つの例が、ホウ化マグネシウム。日本の科学者によりホウ化マグネシウム超伝導になることが発見され、その成果が権威ある Nature に投稿された。査読に時間がかかるなーと思ってようやく出版された頃には、日本で発見されたのに何故か海外のほうが研究が進展していたという話。

参考:日本物理学会 MgB_2
先のiPS細胞の論文がどうなのかは知らないが、ホットな研究分野ほど査読者がアイデアを盗むのは良くある話。
1986年に、後にノーベル物理学賞を受賞するベドノルツとミューラーにより銅酸化物系の超伝導体が発見される。論文発表当時は超伝導体と認めれらなかったものの、その後世界中の研究所の追試により証明され、高温超電導体の探索がフィーバーする。そんな最中、アメリカのチューは、イットリウムを含む、Y-Ba-Cu-Oなるセラミックが液体窒素温度以上でも超伝導体になることを発見した。まさしく大発見である。さて、論文を投稿することにしたのだが高温超電導体は非常にホットな話題である。製法もそれほど難しいわけでもない。恐らく、査読者がアイデアを盗用するであろうとチューは考えた。そこで、チューは論文中で本来Y-Ba-Cu-Oと書くべきところを全てYb-Ba-Cu-Oと書いて投稿した。投稿後、チューの予想通りに世界中ではYb-Ba-Cu-Oが液体窒素い温度以上で超伝導体になるという噂が飛び交い、皆がこぞって他を出し抜こうとした。チューは校正段階に入った原稿のYb-Ba-Cu-Oの部分を何食わぬ顔でY-Ba-Cu-Oへと書き直し、こうしてチューは自身の研究成果を守ることができたという逸話。

英語論文と日本語論文のジレンマ

先の二つの超伝導体であるホウ化マグネシウムイットリウム超伝導体は共に査読に翻弄された。この二つは極端な例だけども、査読により研究成果が先に知られてしまうことに変りはない。権威がある、あるいはよく読まれる学術雑誌の多くは欧米だ。そのため編集者は欧米人であり、自ずと査読者も欧米人になる。ネイティブ以外の英語がつたないというのもあるけど、そんな人間関係なので日本人よりも欧米人の研究者が書いた論文の方がと通り易い側面がある。また、先に書いたように欧米の学術雑誌に投稿すると同じ日本人よりも先に欧米の研究者が研究成果を知る所になる。研究成果を計る一つの客観的指標として論文があり、世界的に認められるならばよく読まれる雑誌=英語の雑誌に投稿しなければならない。しかし、そうすると日本人よりも先に欧米人の知る所になる。それでは、日本語で論文書けば良いのかというとそうでもなくて、するとその研究は世界的に認められない。世界的には、ビタミンの発見者は1911年にポーランド人のカシミール・フンクがビタミンB1を抽出したことになっているが、1910年に鈴木梅太郎オリザニンを発見している。しかし、鈴木梅太の論文は日本語で書かれていたので世界的に認められなかった。

英語で書けば世界中で知られることになるし、だからと言って日本語で書いてら世界に認められない。ほんとうにスゴイ論文は日本語で書いても外国で読まれる における事例は非常に特殊なケースであってまかり間違うと日本の成果として認められない危険を伴う。だからと言って、英語でバカスカ書いていると日本のアドバンテージを失う危険も伴う。難しいところです。