読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

「質」を持続的に保てる「プロ」と爆発力のある「アマ」

プロとアマの違いは何か。プロはそれで飯食ってたらプロだろう。飯を食うというのは収入的な話でもあるし、社会的地位の話でもある。どんなに収入があっても、社会的に認知されていなければプロではない。例えば、エロサイトを運営しているけど本業はサラリーマンですと言う場合は、社会的にエロサイト運営してご飯食べてますとは言えないのでプロではなく、高収入の副業でしかない。ただ、エロサイト運営してますと堂々と宣言できる社会ならプロとして通用しますが。

「名」を担保にできる「プロ」

におけるプロとは

「プロ」とは、当該領域を収入源としている人たちだけでなく、当該領域についてそれなりの専門的教育や訓練を受け、あるいは実務経験などを備え、知識や技術を持った人たち、ぐらいに広く考えていただきたい

「プロ」を専門的な知識や技術を持ち、それを使いこなせる人と考えると、ニコニコ動画等の中にものアマに隠れて「プロ」が紛れているはずである。つまり、飯は食っていなくても技術的には、プロと肩を並べる奴がUGC(User-Generated-Content)にもいるはず。アマである素人の視聴者でも技術的な違いを明確に見分けられる作品のほうが多いだろうが、「プロ」が作ったのか「アマ」が作ったのか分からない作品もあるだろう。「プロ」なら、その違いを見抜けるかもしれない。しかし、素人の視聴者にしてみればある一定以上のレベルにあれば十分なのであって、それに対価を払うか否かは「プロ」が作ったか「アマ」が作ったかは関係ない。そして、素人がその違いを見抜けないなら、その「アマ」は「プロ」であろう。

名のある「プロ」ならば、その名が保障となって中身を見ないで対価を払う人もいるだろう。つまり、「名」で売ることができる。それは、これまでに一定レベル以上のコンテンツを生み出してきた保障があるから。ただし、その保障がずっと続くわけではない。コンテンツの質が落ちれば、「名」だけに対価を払う人が減るので「プロ」として食べていけなくなる。
「プロ」と「アマ」の違いとは、持続的にある一定の客が求めるレベルのコンテンツを作れるか否かである。持続的にコンテンツを作れないと食べていけないからである。一時の爆発力だけなら「アマ」だって勝つことがあるがそれだけだ。例えば、テレビで素人さんの方が芸人により笑いが取れる場合がある。でも、それはその時だけで、何度見ても笑えると言うものではない。一方芸人はテレビで何度見ても笑えることが求められる。ただ、稀に素人さんから芸人になる人もいる。松村邦彦がそうである。「アマ」だって持続的にコンテンツを生み出せば「プロ」になる場合だってある。そもそも、全ての「プロ」はかつては「アマ」だったはずだ。

数の多い「アマ」に喰われる「プロ」?

ネットにおいて「プロ」と「アマ」の問題が顕在化するのは「アマ」が圧倒的に多いからだ。一人一人の「アマ」のレベルは大したことが無いが、兎に角数が多い。また、「プロ」と「アマ」を比べた際に、一時の爆発力だけなら「アマ」の方が上の場合がある。そうすると、数多い「アマ」があたかも「プロ」を凌駕しているように見えなくも無い。ただし、個々の「アマ」は別々ではあるが、個別の「アマ」が「プロ」を喰うという現象もあるだろう。また、例えば「ブログ」において物書きのプロではないが、その筋の「プロ」という人もいる。例えば医者や弁護士、あるいはその他の職業の人々。物書きの「プロ」ではないし、「ブログ」でご飯食べてる分けはないが一応その筋の「プロ」だから、ジャーナリストなどよりも真に迫っている。また、「ネット全体」などの娯楽系ならネットに入り浸っているある意味廃人の方が、するどい考察をしている場合も少なくない。
瞬間的な「質」において、「プロ」と「アマ」には決定的な差は無いと言っていいだろう。「プロ」には区別がついてても、素人たる一般人に区別がつかないなら同じことである。ただし、「プロ」は「質」を持続できる。「プロ」は「質」が持続するから、その過去が担保になる。「アマ」も過去が担保になれば「プロ」になる。そもそも、「プロ」だってみんな始めは「アマ」だったはずなのに。ただし、数の多い「アマ」に喰われてお飯の食い上げになるような「プロ」は「プロ」じゃないと思いますけどね。
「質」を持続的に保てる「プロ」と爆発力のある「アマ」である。ただし、爆発力のある「アマ」ははじけて終わり。これは「プロ」の世界でも「一発屋」と呼ばれる現象ですね。