読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ゲームハード間紛争を考えてみた

ゲームハード間紛争を寓話風に

注1:主観なので史実としては正しくない点を含む

かつてもゲームのハードは三つ巴だった。「ファミコンスーファミ」「PCエンジン」「メガドライブ」で任天堂NECセガが争っていた。しかし、この争いが行われていた頃の世界は狭かった。インターネットなんて無かった。抗争が表面に出ても、PS3版塊魂発売中止の話から、ハード間紛争の話を懐古してみる。 で語られるように小中学生のグループ間の抗争ゴッコ止まりだ。 ゲーム業界自体もそんなに大きくなかった。大人でゲームやってる人なんて物好きな人達だけだった。確かに、異なるゲームハード同士は互いに敵だった。しかし対して大きな争いにはなりえなかった。

PSとサターンとN64は、次世代ゲーム業界の派遣を握る争いだった。しかし、それでもユーザー間の争いは高校生や大学生のグループ間抗争どまりで小さなものだった。彼らは互いに敵同士だったかもしれない。しかし、精々「お前そんな変な形のコントローラーのゲーム機買ったのかよ!」、「うるせーお前だってカブトガニじゃないか」、「任天堂なんてガキ向けだよ」、「うるせー何大人ぶってんだ」、「これからはヴァーチャの時代だぜ!」、「次こそはセガの時代だ!」と子供のけんかどまりだ。インターネットもあったけど、今ほどの広がりは見せていなかった。それそれのユーザーは互いのコミュニティであまり接触することも無かった。

やはり、現在のようなハード間宗教戦争が始まったのはDCが倒れた後からだろうか。DCの崩落によりセガ信者は敗れ去った。そして、世界も広がっていった。インターネットが広まっていった。ユーザーが互いに接触するようになっていった。
セガを信奉するものたちはゼガ信者といわれた。かつては任天堂ユーザーから、次世代機になってからはソニーユーザーから虐げられてきたものの、セガを信じぬいた彼らは本当の意味での信者だった。しかし、彼らの信じたセガはDCを最期にハードとして潰えた。セガ信者は殉教した。(PCエンジンも負けてましたけど、セガほど宗教性が高くなかった気がする)。
セガは自ら滅びた。セガ信者達もセガと共に殉教した。しかしこれが残念なことに前例となった。弾圧すれば潰せると。しかしこの後、ソニーの天下になれば現在のような紛争は起きなかっただろう。しかし、黒船が現れた。XBOXは日本では奮わなかったが、北米では善戦した。
任天堂GCこそ奮わなかったものの、GBから脈々と続く携帯ゲーム機では圧勝だった。そこにソニーが目をつけた。ソニー任天堂の間隙を縫ったつもりでPSPで殴り込みをかけた。しかし、任天堂のDSという切り札。勝敗は圧倒的だった。
マイクロソフトの参入と、任天堂の復活でソニーも磐石ではなくなった。

そして、さらなる次代の戦いが始まった。ソニーが大きく揺れた。ユーザーはセガの失墜を思い出した。このままでは自分達の信じるモノが亡くなる。この戦いに生き残ったものが勝者になる。そうして、互いを潰しあうユーザー間の宗教戦争がネットで始まった。自分を信じるモノのために相手を罵った。自分の信じるモノを罵る相手を許さなかった。自分の信じるモノを信じない人間が許せなかった。そこに「理解」という言葉は無かった。

ゲームハード間宗教戦争の行き着く先

◆めっつぉ:スクウェア&デジタルニュース のゲーム機に関する記事のコメント欄が凍結された。有意義な議論がなされず、お互いに建設的な意見も述べず荒れるからということだろう。

例えばPS3について語る。中立的なつもりで、PS3の批判というか、ダメだなと思うところを書く。すると、任天堂信者とか妊娠と罵られる。果ては、任天堂工作員とか言われる。逆に、PS3って凄いなって書く。すると、ソニー信者とかGKとか、ソニー工作員といわれる。そこには、レッテル貼りという行為で相手を貶める言葉しかなく、何一つ建設的な言葉は無い。
PS3に関してダメだと思っていることが、実はこうすればカバーできるとか、それは客層が違い企業の芳香性として違うからとか。あるいは、PS3の凄い点に関しても、他のハードにはもっとこんな凄い所あるんだよ!的な話なら全然建設的で素晴らしく楽しい。相手をレッテル貼りして印象操作して一体どんな意義があるのか。むしろ、レッテル貼りしてるほうが工作員っぽい。また、レッテル貼りしない場合も嫌いなハードを徹底的に貶めるだけの奴もいる。相手を「理解」しようとしない。本当に宗教戦争だと思う。

もちろん有意義な議論がなされている場所だってある。しかし、世界が広がれば色んな人な考えを持った人同士が接触することになる。その際に、相手を理解しようという考えが無ければ争いばかりが増えていく。建設的でないゲームハード間宗教戦争の行き着く先は終末しかない。そんな殺伐としすぎた世界は嫌だ。