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ブログ補完計画 ブログ論が再燃する意義

ブログ論というか、ネット論なんですけどね。

ネットは開かれた場なのにね

無断リンク禁止派と無断リンク容認派 にて両者が相容れることは無いと語られ、ekkenさんは 無断リンク禁止派のための棲み分け方法 を提案している。丸くなったなーと思いつつ、誰でも閲覧できる場所に書いているくせに、無断リンク禁止派な人はSNSにでも書いとけよ、と思う。
個人はSNSで囲えばいい。しかし、新聞社やその他の商用・公的機関系などは未だにディープリンク禁止との賜っている所があり始末に終えない。
無断リンク禁止論に関しては何度も何度も繰り返されている。 相手が「無断リンク禁止」って言ってるんだから、それに従えばいいんです と相手の嫌なことをするなよ的な話も結構上がっているように思う。ただ、それは 「無断リンク禁止」が教えてくれること で語られるようにお互い様だ。そもそも誰でも閲覧できるのだから、無断リンク禁止というのは勝手だが、それを他人まで強要することはやめて欲しいし、ディープリンクを嫌う新聞社も諦めていただきたいし、商用・公用機関にはネットは開かれた場であるこをしていただきたい。
今でこそ「無断リンク容認派」が多数派だが、ありえないことが常識になりそうだから主張する にあるように、「無断リンク禁止派」が多数派になる可能性も否めない。そして、「無断リンク禁止派」が多数派になれば、ネットは無断リンク禁止の「空気」になるだろう。そんな住み難い世界は嫌だ。

議論が再燃する意義

無断リンク禁止論が再燃する理由は、常に新しい人々がネットに流入するからだろう。自分の周りだけで楽しみたいから「無断リンク禁止」をかかげるのだろう。「無断リンク禁止」を掲げることに対して、RinRin王国さんは2007年09月 の挨拶

「無断リンク禁止」には初心者に「リンクには断りが必要」という印象を与えることで犯罪自慢する輩を創出する効果が

と揶揄しているが、さもありなん。誰にでも閲覧可能な場所に書いておきながら、「無断リンク禁止」を掲げることであたかも閉じた世界で書いているような錯覚を起こす。だから、犯罪自慢をするということか。
「無断リンク禁止」とは、要するに割れ窓 である。ほっておけば、無断リンク禁止がはびこる住み難いネット社会が生み出されるだろう。だから、何度も何度もしつこいほどに繰り返して話題に上げるべきだ。

ネットには新しい人々が流入してくる。そのため、その度に同じ議論が繰り返される。無断リンク禁止論だって実名・匿名論のように何度も何度も繰り返されてきた。同じ議論を繰り返すことは無駄ではなくて、初心者にとっては新鮮だし、何度も繰り返した人々にとっては再認識する機会になる。場合によっては、自身の状況や心境の変化により違う新しい考えが思い浮かぶこともあるだろう。また、その時に応じて場の状況や、議論の起こった界隈も違うので、異なる視点で語ることが可能。そして、何度も同じことを繰り返す頃で、足りない部分を補完していけば良いのではないかな。何度も同じ話題をすることで、互いが互いのエントリを補完しあえばいい。それこそが ループする世界 の意義。まさに、ヱヴァ?そして、ブログ補完計画?

というわけで、ループする世界 ブログ論編 で、どらみそらさんは同じネタを繰り返すのは新鮮味が無いから書かないとはおっしゃらずに是非"リメイク"して下さい!