読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ゲーマーはゲームをする機械 と言われないように

効率化を求めすぎると個性が無くなる。

個性の無い格闘ゲーマーの増産

僕の『 僕たちゲーマーはいつから自ら工夫することを忘れてしまったのだろうか』を受けての記事で、主にアーケードにおける対戦格闘ゲームである鉄拳に関する危惧。ゲーセンはちょっと覗く程度なので生の声は大変心に響きました。以下要約しつつ自分の意見を述べさせていただきますが、独自性は一読あれ。
ネットの台頭により、家庭用ゲーム機のゲームソフトの攻略情報をいち早く知ることが出来るようになった。ネット以前では、自分で考えるあるいは口コミか攻略本でしる必要があり、どちらにせよ時間がかかった。しかし、今は検索すれば簡単に攻略法が見つかってしまう。そんな環境で、試行錯誤することは難しい。ただ、家庭用で自分で楽しむだけならば見なければ良く、自制心の問題だろう。しかし、対戦に重きを置いたアーケードの対戦格闘ゲームではそうも言ってられない。対戦格闘ゲームは「勝つ」ためのゲームである。ネットに勝つためのある方法が掲載されいた場合、それを見たと見ないとでは大違いである。その勝つ手段を使う・使わないにしろ、それを知らなければ負けるのである。
ネットで情報が共有されること自体は悪いことではなく、むしろ公平。ただ、その先が問題で技がそこそこだ出る中級者の多くがその情報に頼り、皆が同じような方法で戦っている事が鉄拳白書のズイカクさんには楽しくないようです。効率を求めるのは悪いことじゃないですが、そこに個性が無くなり皆が画一化した戦い方をしていたら面白味は無い。効率化ばかりを求め個性が無いプレイヤー。それはさながら格闘ゲームをする機械のように思えます。機械といっても人間なのでミスをする。ミスをしたほうが負ける。機械同士の対戦じゃ見ていても面白くないだろうな。
僕の格ゲーの師匠は兎に角面白い戦い方(主にお笑い系の)を求める人で、レベルが全然釣り合わない僕との対戦も面白いものでした。また、面白さを求めるので弱い僕でも勝つことが出来た。また、順番待ちで脇で見ていても、個性的な戦い方は見ているだけでも楽しいし、自分もやってみたいと思える。個性無き対戦ってのは本当に殺伐としてそうだ。

最強は一つじゃないゲームが面白い

没個性は別に対戦格闘ゲームに限った事じゃないのかも知れない。対戦ゲームとしてのポケモンも同じことか。初代ポケモンは151種いるのだから、本来個人個人で違った組み合わせになるのだろうけど、強さを求めると結局は同じ組み合わせになりがちである。しかしそこを『他のポケモンマスターから一目置かれてた』のように皆と違うことをすることで、一目置かれる。これが個性だ。

面白いとういか飽きずに長く遊べるゲームは、組み合わせに可能性を秘めたシステムを有する。先に挙げたポケモンポケモンとその技の種類によって、性能の差のあるポケモンとも渡り合える可能性がある。また、ジョブシステムとアビリティシステムより無限の可能性を秘めたFF5は未だに制限プレイがなされているゲームだ。『[やり込み]にゅすけ的FF5攻略[低レベル]』に様々な制限プレイが紹介されていますが、FF5は未だに隠された可能性があるやもしれません。『ファイナルファンタジーⅤに新たなフリーズバグが発見される』のように、ゲーム発売から10年経って新たなバグが発見されるようなゲームですからね。
逆に面白くないというかすぐに飽きるゲームは、最強が一つなゲーム。効率化の先が直ぐに見えるゲームで、可能性も何もあったもんじゃないゲーム。ただ、あまり具体例が思いつきません。
逆に、プレイヤー側が効率化を求めるプレイをしている時点で面白くないのかもしれません。結局はプレイヤー次第か。

単純作業の繰り返しなら機械にでもやってもらいなさい

ネットで攻略情報を見てクリアする。そして、それを繰り返す。攻略法が分からずにイライラしたら、ストレス解消の意味が無いし、時間は幾らあっても足りないのも確かである。攻略サイトを見るのは効率的だ。しかし、効率的になった分だけ何かを失っているのではないだろうか。自分の力で解決した時の何事にも変えがたい高揚感を失うかわりに、一体何を得たのだろうか。
攻略サイトを見てクリアするという単純作業を繰り返すのなら機械にでもプレイさせておけば良い。
これはプレイスタイルだけでなく、ゲーム自体にも言える。ゲームは単純作業の繰り返しであり、この単純作業を如何に楽しくするかがゲームの要。つまり、単純作業がつまらなかったり、単純作業を続けるモチベーションを維持できないゲームは作り手の努力も足りない。

絶対にクリアできないゲーム

ゲームも市場主義でそれが端的に表れたのは『PS3オワタ スクエニ「FF13は当分出さない。移植とリメイクで稼ぐ」』でしょうか。それ故、クリアできないゲームを売るわけにはいかない。しかし、製作側が「これは絶対にクリアできないだろう」みたいなスーパーエクストリームなゲームもアリなんじゃないでしょうか。まぁそれを字で突き進んだ結果がたけしの挑戦状なんだろうけど。ただ、当時は子供内ネットワーク所謂口コミしかなかった。今ならネットがあるから「これは絶対にクリアできないだろう」的なゲームもいけるのではないか。バグだらけのエロゲもまさにそんな感じで、『メインヒロインのエンディングに絶対辿りつけない不具合が判明』におけるエロゲ板で攻略に勤しんでいる住民も阿鼻叫喚だけど楽しそうだし。

まとめにかえて

結局は個人個人のプレイスタイルの問題で、効率化を求めることが悪いわけじゃない。しかし、効率化を求めることは没個性的で僕はそんな殺伐とした世界は嫌だ。
例えば、RPGでどんなに性能の低いキャラであってもそのキャラへの愛があれば、何が何でも一軍で使おうとする。それは、格ゲーでも同じ。個人個人で自分の思う「最強」が違った方が面白いと思うんだ。