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自分のやりたいゲームを楽しめばいいじゃない

ゲームっていうのはゲームそのものを楽しむより、ゲームの体験を人と話すのが楽しいんです。「1人でゲームやって、クリアして、おもしろかった」という時代は終わった

という証言から、「みんなと同じゲームをプレイし、そしてみんなと同じ感想を持つこと」が重要であり、それは自分に出来ないと打ちのめされたryouta765氏のエントリ。
ただ、ゲームに限らず、エンターテイメントはそれ自体も楽しいが、その体験を誰かに話すのも楽しい。例えば、旅行は行くのも楽しいが、その後の土産話も楽しい。ネットの無い時代なら、周りの人間にしか話せないが、今はブログに書けば誰か知らない人も反応してくれる。だから、『「1人でゲームやって、クリアして、おもしろかった」という時代は終わった』という言葉は良く分かる。
私は、小中学校時代は良くゲームの話をしましたが、高校くらいからしなくなりました。ネットを始めた頃は、コミュニティに属しゲームの話しもしましたが、最近は「1人でゲームやって、クリアして、おもしろかった」で満足してます。なぜなら、コミュニティに属するのに疲れたから。馴れ合い面倒なんですわ。確かに、誰かとゲームの話をするのは楽しいけども、それはあくまで趣味の合う人だけ。だから、みんなと違う価値観を持つゲーマーは負け組みって気持ちも分かるが、それ以前にコミュニティを探したりするのが面倒。馴れ合いたい人は、馴れ合いたい人たちで馴れ合えば良いんじゃない?
要するに、映画を一人で見に行くか、誰かと見に行くかというスタンスの違いと同じなんじゃないか。一人で見に行きたい人は、作品に没頭したい人。誰かと見に行きたい人は、映画について語らいたい人。僕は、映画によりまして、あまりにコアな映画は一人で見に行く。万人ウケ、あるいは同じ趣味を持つ人がいるならば、誰かと見に行きたいと思います。ゲームも同じ。
まぁ、やりたい作品をやりたいようにやればいいじゃんってお話でした。