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炎上や祭りは確信犯(2重の意)のせい

ここでの確信犯は元来の意味と現代の用法のどちらの意味も含むので2重の意です。

  • 確信犯
    • 道徳的・宗教的・政治的な信念に基づき、自らの行為を正しいと信じてなされる犯罪。思想犯・政治犯・国事犯など。
    • ただし、昨今では「トラブルなるとわかっていて,何事かを行うこと。またその人。」を指す事が多い。

毎日新聞の新年企画であるネット君臨:MSN毎日インタラクティブ及び、2ちゃんねる閉鎖騒動により匿名論及び炎上や祭りに関する論が盛り上がっているので一言。また、爆笑問題太田さんが2ちゃんねらーにコメントしてます。

2007年2ちゃんねる閉鎖騒動

2ちゃんねる、閉鎖かなどと言われてますが実際どうなんですかね?ITmedia News:2chドメイン差し押さえ「現実的でない」と専門家 過去に例もなしとの報告もあるので、難しいのではないかなと思うわけです。また。404 Blog Not Found:2ch.netは差し押さえ可能か?では、この手の問題は根気次第らしいので、賠償命令を無視し続けてきたひろゆきの勝ちかなーとも思う。
2ちゃんねるの閉鎖騒動と言えば、ある騒動の記録にある2001年の8月危機が思い出されます。前回はUNIX板で助けられましたが、今回はどのような顛末になるのか。

2ちゃんねらーの定義

2ちゃんねらー」の定義は様々あります。例えば「2ちゃんねらー」ってのは誰なのか では、「2ちゃんねらー」とは、2ちゃんねるによって生じる「ある現象」の名称となんともメタな定義が成されてます。
私の定義は、2ちゃんねる型「正義感」のいやらしさにおける、「2ちゃんねるに帰属意識を持つ人」=「2ちゃんねらー」と似てます。特に、今回の件を参考にすれば分かり易いと思うのですが、「2ちゃんねるがつぶれて欲しくない人」=「2ちゃんねらー」で良いんじゃないか。2ちゃんねるが無くなって困らない人は少なくとも2ちゃんねらーじゃない。常に2ちゃんねるにいて、つぶれれば居場所がなくなるのは重度の2ちゃんねらーまとめサイトなどを中心に閲覧し、それらの情報源が無くなると困るのは軽度の2ちゃんねらーで、その間が中度となる。これにあてはめると、私はまとめサイトが無くなると困るので軽度の2ちゃんねらーに当てはまります。

匿名と炎上

実名・匿名論争が行われる場合、特にマスコミが報道する場合は必ずと言って良いほど2ちゃんねるが例に挙げられます。そして、しばし「匿名」=「2ちゃんねる」という図式になっています。間違っては無いが、ネットの匿名の中に2ちゃんねるが存在するのであって、匿名なのは2ちゃんねるだけではない。ただし、圧倒的に数は多いが。そして、ブログの炎上には多くの匿名、そして2ちぇんねらーが関っている事が多い。それ故匿名、2ちゃんねらーは批判される。ただし、これらの現象はあまり一般的ではないが、ネットイナゴの方がしっくり来ます。
さて、なぜブログは炎上するのか。【磨】毎日新聞「ネット君臨」考-ITニュース:イザ!では、悪意がブログの炎上や祭りをおこすと考察されています。また、2ちゃんねる型「正義感」のいやらしさでは、悪意ではなく善意が突き動かしていると考察されています。
ブログの炎上や祭りの要因には、ブログ主や祭りの対象者にもあります。ただし、昨今は行き過ぎており、また対象者側に非がほとんど無い場合も見受けられます。例えば、前者の行き過ぎは、昨年のVIPブログの壊滅やmixiコミュニティ荒らしなど、後者は「めでたいの?」発言で 乙武ブログ炎上などの、有名人のちょっとした発言で炎上など。このほとんどは騒ぎたいだけのネットイナゴによってもたらされたのではないでしょうか。
では、ブログが炎上したり祭りがおこるのは、善意によるものか悪意によるものか。私はその両方だと思うわけで、だからこそタイトルに「確信犯」しかも正しい意味と間違った意味の2重の意で用いたのです。正しい意味での確信犯なら「自らの行為を正しいと信じてなされる」によるもので、つまり善意、あるいは正義に基づくものです。彼らを突き動かすのは、ブログや祭りの対象が「悪」だから。構図としては宗教戦争と同じで、攻撃側は自分が悪いと思っていないので性質が悪い。自分は正しいと言う大義名分で動いているわけです。
誤用の「確信犯」の場合は「トラブルなるとわかっていて,何事かを行う」、つまり炎上や祭りをおこすために参加する。これはこれで性質が悪いです。この場合はまさに悪意、ただし非常に希薄な悪意によるもので、バカ騒ぎした方が楽しいから圧倒的多数の匿名側に周り、炎上や祭りを支援します。
そして、ネットイナゴの多くは「善意」と「悪意」の両方を持っているのではないでしょうか。つまり、炎上したブログやめ釣りの対象者が悪いので「善意」に基づき行動しますが、炎上させてやろうとか祭りにしようというのは「悪意」に基づく。だからこその「確信犯」なのですよ。まぁ、この善意はしばし欺瞞で、正当化するための理由みたいなもので、本当に「善意」があるならもっと他の行動をするだろう。
ブログの炎上や祭りってのは結局根は「いじめ問題」と同じなんだーと思うわけで。いじめの主犯格はいるけど、主にグループでいじめるので罪の意識が分散される。率先していじめず主に傍観している人も、多くは止めない。それは、いじめられるのが怖かったり、楽しんでいたり。そして、「いじめられる側にも問題がある」と言う発言も一理あり、それは「炎上するブログにも問題がある」と同じだろう。

まとめ

炎上や祭りを引き起こすのは確信犯(2重の意)
それは、対象を「悪」とし「善意」や「正義」の名の元に対象に制裁を下す、つまり「自らの行為を正しいと信じておこうなう」場合と、騒ぎたいので騒ぐ、「悪いと思いながらもおこうなう」場合があるということである。また、多くはその二つを内包している。ただし、「善意」や「正義」は「悪意」の正当化するためにあり、「悪い奴がいるから制裁しよう」という気持ちがほとんどでしょう。そして、数が多い故に「悪意」が薄れる。