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「音と映像だけがゲームと他の娯楽の決定的差でないことを、教えてやる!!」

先日の「ストーリーを楽しみたいなら小説を読めばいいじゃない」の補足記事。id:ryouta765さんをはじめその他ニュースサイトのコメントに対する弁明。

「ストーリーを楽しみたければ小説を読めばいい」とは言ったものの、ゲームにはゲームならではの利点があるはず。だって、私ゲーム好きですから。多くの方はゲームの利点は「音や映像」と書かれていますが、音と映像を楽しむならば映画の右に出るものはいないだろう。音と映像はゲームだけが持つ特色ではない。同様に同じ記号で論じることが出来るという点もゲームだけが持つものではない。では、多くの視聴覚に訴える娯楽とゲームが一線を画すものは何かというと、当然ながら操作すること、つまり能動的な部分でしょう。操作とはノベルゲームならば選択肢を選択するだけでなく、自分で読み進めていくことも操作に当たるでしょう。そして、能動的に操作することでより物語に感情移入し易くなるのは皆さんの知るところです。
映画を初めとした動画は、視聴覚に訴えますが、自分のペースで見ることは出来ません。あらかじめ作り手側の決めた時間を束縛されてしまいます。そのため、一回通してみて理解できない部分があった場合はもう一度同じ時間束縛される羽目になります。このように、映像と音を伴った娯楽はしばしば受身になりがちです。しかしゲームならば、視聴覚も楽しみながら自分のペースで能動的に進めることが出来ます。そこが、ゲームの特権ではないでしょうか。映画は自分のペースで見れませんが、ゲームならば自分のペースで進める。さらに、小説にはない音と映像がある。まさに両方の良い所取りです。
しかし、視聴覚に訴えるが故に絵柄が気に入らないなどの理由で折角素晴らしいストーリーなのに食わず嫌いされてしまう可能性もあります。*1そして、能動的であるが故にゲーム部分が面倒になるとストーリーだけ知りたいのは本末転倒。ゲームはあくまでゲームなのだから、ゲームをゲームとして楽しめないならばゲームをする意味は無い。ゲームのストーリーだけを知りたいというのはナンセンスである*2。つまり、純粋にストーリーを楽しみたいのなら小説を読めばいいじゃないってことです*3

私の考えとしては、繰り返しになりますがゲームでしかできないストーリーを追って欲しいです。例えば、小説で使われる一人称トリックは小説向き、金田一少年の事件簿のように、何気ない一コマが推理の鍵になるのは漫画向き、刑事コロンボや古畑はテレビ向きと言ったように、ゲームだからこそ出来た!というストーリーは本当に素晴らしいと思います。

つーか、ゲームに関する話は結局、操作性と受動的・能動的、そしてそこにどのようにストーリーをのっけるかという昔から繰り返されてきた議論に帰着するので不毛。寿司のシャリが多すぎてもいけないし、ネタが多すぎてもいけない。いわんやワサビをや。つまりバランス。本来は最近のゲームを上げて論じるべきだと思うのですが、ノベルゲームをほとんどやらない&ほぼ全ての人間が網羅しているゲームというのが少ないですし。

*1:映画ではあまり無いが、漫画は絵柄が嫌いだからと敬遠されることは多い

*2:プレイヤー側だけでなく、製作側の問題でもある

*3:映画、ドラマ、アニメ、漫画とあるが、映画やドラマは人を見るものだし、アニメや漫画は絵を見るものだから